プロポーズ大作戦
クララとの朝食は、室内庭園でとることにした。
ここは、王宮のちょうど真ん中にある庭園で、ドーム状のガラス張りの天井で覆われている。
温室ほど草花で溢れているわけではないが、それなりに植物も置いてある。
何よりも、高い天井が開放的だ。
沈んだ気持ちを高揚させるには、やはり太陽の光に当たることだ。
ここなら、それに最適だろう。
この一ヶ月ほど、私は忙しさにかまけて、クララを放ったらかしにしてしまった。
帰ってこない私を、寝室で待つばかりの日々など、どれだけ退屈で窮屈だったことか。
部屋には確か、『真実の愛』というシリーズものらしき本が置かれていた。ずっと、読書をして過ごしていたのだろうか。
本当に、申し訳なかった。
明日からは、外に出るときは、いつもクララを連れて行こう。
公務というものに慣れるのも、王太子妃教育に役立つだろう。
それは建前であって、本当はクララが私のものだと、みなに見せびらかしたい。
王族が恋愛結婚したとなれば、貴族たちからも政略結婚が廃れていくかもしれない。
閨閥などというばかばかしいものは、この際なくなればいい。
昨夜、クララはぐっすり眠っていた。あの調子だと、起きるのももう少し遅いかもしれない。
それでも、私は気が急いてしまって、クララが来る三十分以上前には、すでに室内庭園をウロウロとしていた。
そんな姿を、護衛や給仕の者たちには、変な目で見られているような気がする。
私の格好が、どこかおかしいのだろうか。
そうしているうちに、クララが現れた。
私を待たせていると思ったのか、急いで来たらしく、頬が高揚している。可愛い。
オフショルダーのドレスは、ハイウェストで切り替えられていて、まるで神殿の女神のようだ。すごく可愛い。
私のつけたキスマークを目立たないようにしているのか、ハーフアップにした髪があどけなさを醸し出している。凄まじく可愛い。
「殿下、おまたせして申し訳ありません」
クララは、ドレスをつまんで淑女の礼を取った。可愛いすぎる。
「ちょうど今、来たところだった。よく眠れたようだね?」
「はい。おかげさまで。昨夜は、恥ずかしい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」
私は、赤く染まるクララの頬を、指でそっと撫でた。なんて柔らかいんだ。可愛い。
「いや、とても可愛かった。こちらこそ、いきなりで驚いたろう。勝手なことをして、すまなかった」
「そ、そんなことは!あの、とても嬉しかったです」
クララが、私の指に自分の手を添えた。
白くて小さな手が、少し震えている。緊張しているのだろうか。可愛い。
なぜかそのとき、バタバタっと数人の侍女が鼻血を出して倒れた。
急いで救護にかけよる護衛たちも、顔が真っ赤だ。
一体、どうしたことだろうか。ここは、のぼせるほどの気温設定には、なっていないのに。
不思議に思ったが、彼らはそのまま救護室に行くということで、代わりに控えの侍女たちが来てくれた。
だが、なぜかみな、鼻に綿を詰めている。最近の流行なのだろうか?
「とにかく、座ろうか。もし暑かったら言って」
「はい。気持ちがいいところですね」
「そうだろう。気に入った?」
「はい。とっても!」
クララが私のほうを見て、ニコニコと微笑んでくれている。
これはなんだ?天使の微笑か?信じられないくらい可愛い。
テーブルのところまでエスコートすると、クララは戸惑ったように私を見上げた。
上目遣いのクララは、小悪魔みたいに蠱惑的に可愛いかった。
「あの、殿下、椅子が……」
椅子は、一つしか用意していない。
私は有無を言わさずにクララを抱き上げて、そのまま椅子に座った。
クララはちょうど、僕の膝に横座りするような形だ。
予期しない動きだったのか、抱き上げた瞬間に『きゃあ』と悲鳴をあげて、クララが僕の首に抱きついてきた。非常に可愛い。
「殿下、これは、恥ずかしいです」
真っ赤になったクララが、両手で顔を覆ってしまった。
そんな風に恥じらわれると、こちらまでいけないことをしている気になってくるだろう。
罪作りなお姫様だ。本当に可愛い。
「君の温かさを知ってしまったら、もう離せないよ。諦めて」
メイドたちが言ったとおり、人の体温というのは癒やしになる。
私にとってはもう癖になってしまったと言ってもいい。
お膝抱っこは必須だ!一緒にいるのに離れて座るなんてとんでもない!
不思議なことに、真っ赤になったのはクララだけでなく、侍女や護衛など、その場にいるものたちみなだった。
ハンカチで、鼻をつまんでいるものまでいた。
この時期、まだ花粉症には早いと思うのだが。王宮内の健康管理は、大丈夫なのだろうか。
とにかく、気を取り直して、私たちは朝食をとることにした。
侍女たちの奇行については、後でそれとなく侍女長に注意しておけばいい。
「お腹は空いている?」
「はい」
「疲れたんだね。よく食べないと、これから体が持たないよ」
昨日、クララは、一ヶ月ぶりで外へ出た。ずっと王宮に引きこもっていたのなら、体力も落ちて疲れやすくなっているはずだ。
よく寝てよく食べて、早く公務に出られるくらいに元気になってほしい。
元気なクララは、いつだってキラキラしていて、可愛いのだ。
そう思って、オレンジジュースを手に取ったところで、またもや侍女たちがフラフラっと倒れてしまった。
私は護衛に命じて、侍女長を呼びよせた。
何かの悪い病気だったら、クララに感染してはいけない。注意しておかなくては。
クララは喉が乾いていたのか、私の膝の上でコクコクとオレンジジュースを飲んでいる。
その必死な姿が、異様に可愛い。
「侍女長。侍女たちに、何か悪い病気でも流行っているのか?」
「いえ、そんなことはございません。みな若い娘ですから、色々と修業不足なのだと」
「そうか。それならいいが。変な病気がクララに感染しては困る」
「心得ております。殿下のお子をお産みになる大切な御体。細心の注意を払っておりますので」
「ああ、頼む」
まだ婚約も成立していないというのに、侍女長もすいぶんと気の早いことを言う。
案の定、クララは私たちの会話を聞いて、盛大に咽ていた。
それはそうだろう。いきなり子を産めと言われたら、乙女はみな驚くはずだ。
だが、世継ぎの誕生を求められるのは、私の立場では避けられない。
私はクララ以外に妃は取らないのだから、クララに産んでもらうしかない。
息子は三人くらいほしいが、クララに似た娘なら何人でも産んでほしい。
そうだ。すっかり忘れていた。まずは、プロポーズをしなくては!
私はクララの手を取って、その甲に口づけた。クララを抱えたまま立ち上がって、彼女を椅子にそっとおろした。
そして、その場に片膝を付いて、クララの左手を取った。
「クララ。私と結婚してくれないか。私の唯一の妻として、王太子妃になり王妃となり、ゆくゆくは国母として、一生、私の側でこの国と国民を支えてほしい」
なぜか周囲から、『わあっ』と声が上がった。
全く気が付かなかったのだが、いつのまにか、植物や柱の影にメイドや護衛騎士たちが潜んでいて、私達の警護をしてくれていたようだ。
未来の国王と王妃。みな、私たちのことを大事に思ってくれているのだ。
私は、クララの返事を待った。
ふと握っている手を見ると、かすかに震えていた。そして、なぜかとても冷たくなっている。
具合が悪いのかとクララの顔を見ると、案の定、顔色が悪かった。真っ青だ。
「……無理です」
クララは震える声でそう言った。何が無理だと言ったんだ?
「私には、務まりません」
私の妻が務まらないと、そう言ったのか?それはどういう……。
「ごめんなさい!お断りします!」
何を断ると言っているんだ?まさか私と結婚したくないと?つまり、そういうことなのか?
クララは怯えたように席を立って、そのまま走り去ってしまった。
私はその場で跪いたまま、思考が停止してしまっていた。
よく考えてみれば、私はクララの気持ちを確かめていなかった。
もしや、クララは他に、想う男がいるのか?
カイルとローランドは蹴散らしたが、他にも伏兵がいたということなのか?
いや、ただ単に、私と結婚したくない、ということなのかもしれない。
私のことが、好きじゃないということなのか?そんなことがあるのか。
もう立ち直れない……。
しばらくして、私がフラフラと立ち上がると、護衛の騎士が手を貸してくれた。
いつのまにか、大勢いたギャラリーはいなくなっていて、侍女長だけが残っていた。
「クララには、きちんと言って聞かせますので。ただ、今夜の閨へのお渡りは、ご遠慮ください」
「いや、無理強いしないでほしい。私が、少し急ぎ過ぎた」
私は王太子だ。命令すればクララを手に入れられる。だが、それでは意味がない。
クララが幸せになれないなら、そんな結婚に価値はないのだから。
侍女長はふーっと大きなため息をついて、そのまま下がっていった。
私は失意のままに、執務室に向かった。
とりあえず仕事をしよう。仕事があってよかった。そうじゃなかったら、潰れていたかもしれない。
私は執務室で、いつものように仕事を片付けた。そしてその後、なぜか側近たちと国王のサロンで朝まで飲み明かすことになった。
話題は、女性の口説き方や正しい閨の手ほどきだった。
なぜか、ローランドが一番楽しそうに語っていたのが、印象的だった。
どうやら、ヘザーとうまく行っているようだ。本当にうらやましい限りだ。