シャザードの逆襲
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この【最終章】は下記の続きになります。
【第一章:共通ルート】
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【第二章:パラレル・ルート(アレクシス編)】
https://ncode.syosetu.com/n2927ha/
まだお読みでない方は、ぜひ先にそちらをお読みください!
よろしくお願いいたします。
私とセシルの婚約式は予定通りに進行し、いよいよ婚約宣言となる。それが無事が終われば、この同盟は契約として有効化され、魔法で全世界へと発信される。
来賓全員が定位置に戻った後、私はセシルの手を取って、壇上の中央にある玉座の前に移動した。
そのとき、私は微かな魔力の発動を感じた。
来る!
そう思った瞬間に、会場のいたるところから、いくつもの稲妻のような光の帯が、ドーム状の天井へと駆け上がった。
そして、内側から爆発したかのようにドームのガラスを突き破り、天井全体が会場に落ちてくる。
会場には爆発音と人々の悲鳴が轟いた。
私を含め、会場にいた魔術師は、とっさに会場全体にシールドを施し、降り注ぐガラスの破片と天井を防いだ。長くは持たない。天井の崩壊によって上空の結界が破られたのだ。
そしてすぐに、私の身に攻撃魔法の照準が合わせられるのを感知した。
「みなをここから逃がせ!王宮から出ろ!狙いは私だ!離れろ!」
私はシールド魔法を維持したまま、衛兵や騎士たちに叫んだ。
すでに、ほとんどのものが会場出口に向かって逃げていた。魔法でシールドが貼ってあるとはいえ、頭上にガラスや天井が迫っている状況では、冷静になることは無理だろう。
衛兵や騎士の避難指示は的確だったが、それでも人々はパニックになり、会場の状況はつかみにくかった。
会場に散っていた側近と円卓の騎士、王女の部下も私たちを守るために集まっていた。その中にはローランドとヘザーもいる。
「女性を避難させろ!ローランド、警護してやってくれ!」
「承知しました。すぐに!」
セシルを守って取り囲む侍女たちを、ローランドと数名の騎士が避難へと誘導する。
彼女たちはターゲットに入っていない。今なら逃げられる。
「セシル。君は残ってくれ。ここを離れるのは、逆に危険だ」
「分かっているわ。ローランド、私の部下たちを頼んだわよ。侍女長も一緒に行きなさい。これは命令です」
セシルを守っていた侍女長は、私たちの思惑に気がついたようだ。避難を渋る女性たちを叱咤して、気丈にセシルの言葉に従った。
「私たちは足手まといです。自分の命を守ることだけを考えなさい。すぐに避難を。ローランド様、誘導をお願いいたします」
涙を流して王女の無事を祈る侍女たちを、ローランドと騎士たちが引きはがずように避難させていく。
セシルはそれをほっとしたように見守っていた。
周囲を守っているのは騎士たちで、魔術師たちは会場内外に散っている。人的な攻撃に備えたために、会場の魔法師の数が少ない。
セシルにはレイの施した結界が貼ってあるし、自分でも防御魔法は使える。魔法で攻撃されても、セシル一人なら、私が守りきれる。
だが、侍女たちまでは難しかった。
「セシル!私の陣へ!」
セシルが私の防御魔法陣へ入ったとき、私はこちらに向かってゆっくりと歩いてくる男の姿を見つけた。
黒いローブを着た男は、フードで顔を隠していた。そして、私を囲む騎士たちの円陣を前にして、ピタリと歩を止めた。
「手を出すな!」
剣で攻撃しようとする騎士たちを、私は命令で制した。
「シャザードか」
私がそう問うと、男は口元を不敵な笑みで歪め、ゆっくりとフォードを脱いだ。そして、視線を少しだけ頭上に動かした。
その瞬間、頭上に留まっていた落下物が左右の壁に打ち付けられ、壁にかけられた絵画ごとすべてがガラガラとなだれ落ちた。
貼っていたシールドが内側から破壊された。魔術師たちは自らの魔法が跳ね返り、その場に次々と倒れていく。
私はかろうじて、反転魔法の衝撃をかわした。自分が攻撃対象になったことを察知したため、予め自分の周囲に防御魔法陣を引いていたからだ。
その陣の中にいるセシルも、もちろん無事だった。
「殿下、ご拝謁を賜り恐悦至極に存じ上げます」
シャザードは膝を折って、私にうやうやしく挨拶をした。
「北方の望みは、何だ」
「貴方様のお命です」
「それは、渡せない」
「では、奪うのみです」
それは、北方の宣戦布告だった。だが、実際は、シャザードとの魔法戦の開始の合図に過ぎなかった。
北方の兵士たちが、周囲から襲いかかってきた。円卓や近衛の騎士たちがそれに応戦する。
私とシャザードの前で、彼らの激しい戦闘が繰り広げられている。
『なぜこんなことをする。お前なら魔法で彼らを排除できるだろう』
私はセシルを後ろにかばいなら、魔法でシャザードに問いかけた。
『私の部下も、手柄がほしいのさ。いつも私が独り占めというのは、気の毒だろう』
私は黙って手のひらをかざし、魔法を発動させた。
その瞬間、辺りは金色の光に包まれ、戦っていた騎士や兵士たち全員が弾き飛ばされて、床に叩きつけられた。
しばらく気を失うように力を加減したが、怪我を負ってしまったものもいるかもしれない。
だが、それでも死ぬよりはマシだ。
「ほう?面白いことをするな。自分の部下もろともか」
「お前の狙いは私だろう?私を殺せば済む話だ。余計な時間をかける必要はない」
「ふん、まあいいだろう。いかにも王族らしい自己犠牲の精神は悪くない」
シャザードはニヤリと笑った。
私が北方だけを攻撃すれば、こちら側はシャザードの魔法に攻撃される。こうして敵味方の全員を排除すれば、シャザードは魔法を、無駄には使ってこない。
結局、魔法というのは耐久戦だ。先に魔力が切れたほうが、負ける。
もちろん、負けるつもりはない。だが、どういう結果になっても犠牲は少ないほうがいい。
私の一人の命と、何十人という騎士たちの命。どの命も同じ重さなら、失う数は少ないほうがいいに決まっている。
「レイは、レイはどうなったの?生きているの?教えて!」
私の後ろにいたセシルが叫んだ。シャザードは少し驚いたように目を見開き、そして、さも面白そうにくくっと笑った。
「おやおや。自分の命が危ういというときに、男の心配か。王女様も所詮は女だな」
「お願い!教えて!レイのことを知っているんでしょう?」
シャザードに向かって歩きだそうとするセシルを、私は左腕で止めた。セシルはそれで我に返ったのか、私の後ろに引っ込んだ。
シャザードはセシルを、ゴミを見るような目で眺めていた。
「あいつは愚かな男だ。素直に投降すれば、いい駒になったものを。たかだか女のために」
私の後ろで、セシルが悲鳴を押し殺したのが分かった。ローブを掴む手が小刻みにふるえている。
絶望という感情が理性を支配して、魔力が集まっていくのを感じた。
「セシル、落ち着け。今はレイのことは考えるな」
怒りに任せてシャザードを攻撃すれば、セシルは簡単に反転魔法を受ける。
敵の陽動作戦だ。誘いに乗ってはいけない。
私たちは、二人の魔力を合わせてもシャザードと互角にはならない。力ではなく、隙きを突いて戦うしか勝ち目はない。
セシルは僕の指示を聞いて、すぐに精神の揺らぎをおさめた。
彼女は優秀な魔術師だ。私がある程度までシャザードを抑えられれば、最悪でも逃げることはできる。そのためにも魔力は温存しておくべきだ。
そして、セシルは私のその意図を、きちんと読み取った。
セシルが後ろに下がったところで、私は前に進み出た。
「来い!私が相手だ!」
そう言うか言わないかのうちに、シャザードから攻撃魔法が展開された。こちらからも迎撃魔法は発動している。
だが、圧倒的な魔力の差なのか、防御するだけしかできない。
このままでは、やがて魔力を使い切ってしまう。どうすれば切り抜けられる?
絶望の影が差し始めたとき、遠くに微かな光を感じた。それが何かは分かっていたが、私には信じられなかった。
運命が動き、新しい扉が開く。その光はたぶん、その瞬間の瞬きだった。