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第5章

 手番は、安室、武坂、秀一の順に回る。

初手の安室は黙って賽子を投げた。

出目は5。マスの効果は、“2マス進む”。

彼は速やかに駒を動かし、無駄なく番を終えた。

「いけ好かねぇ餓鬼だな。テキパキとこなしてよぉ。

 もっとこの場を楽しまなきゃ勿体ねぇぞ」

武坂が挑発するも、安室はまるで相手にしない。

「けっ」


 一進一退の攻防は数周にわたって繰り広げられた。

現時点での駒の進み具合は安室が先頭、

その後ろに結構な距離を空けて、武坂、秀一と続く。


「ここらでどうにかしねぇとな」

次は武坂の手番。瞬時に目つきの変わった彼は2の目を出した。

そして、駒を進ませるやいなや、不気味に笑い出す。

「ヘヘヘヘ、さてどっちを選ぼうかね?」


『おっと、チョイスマスだ!

 これは、そこに止まった者が二つの効果から一つ選択して適用するというもの。

 武坂が選ぶのは、“5マス進む”か“他の誰かを3マス戻す”、どちらだ?』


「この日のためにわざわざ、あり金(はた)いてスーツを新調したんだ。

 何が何でも勝たねぇと話にならねぇよ。元より他人を蹴落としてでもな」

武坂はシワ一つないスーツの襟を正し、野太い声で告げた。


「大和田、3マス戻れ」


『武坂は“他の誰かを3マス戻す”を選択!

 大和田の駒が不服そうに引き返していく。しかも、戻った先は──』


「“1回休み”は痛い……」

エンジンが掛かる前に勢いを削がれた秀一は、頭を悩ませる。

その様子を見て、武坂がほくそ笑んだ。

「前に進むより、まずは近くの奴を蹴散らした方が手っ取り早い。

 安室には後から追いつけばいい話だ」

彼は赤黒く長い舌を出して、秀一を煽る。

「あばよ」


 1回だけでも手番が飛ばされるのは辛く、

秀一と二人との間には、随分と大きな差が開いてしまった。

だが、秀一はまだ闘う意志を捨ててはいない。


諦めるのは試合に負けてから。試合が終わらない限り、賽子を振り続ける。


それが彼の信条であった。



 “1回休み”が解け、賽子は再び秀一の手に握られた。


『大和田はそろそろこの苦しい状況を打開したいところ!

 今度こそ良い目を出せるか?』


思うままに転がった秀一の賽子は1の目を見せる。

「貧弱な出目だ。勝利の女神にも見放されたな、ハハハハ」

武坂の高笑いの奥で、秀一もニヤリと笑っていた。


 異変を察知した武坂の口角が、次第に下がっていく。

「何がおかしい?」

秀一は武坂を左手で指差した。

「あんたがあくまで人を蹴落としてのし上がるのなら、

 俺は皆で一緒に進んでいく」

「あ?」

「俺が止まったマスは“全員3マス進む”。さっきの3マス戻しのお返しだ」

「へっ、俺にも恩恵があるじゃねぇか」

「まだ分からないようだな。あんたの目的地は」

秀一の左手は盤上に陰りをつくる。


「ここだぜ」


人差し指が突き刺したマスを見て、武坂は血の気が引いた。

そこには、はっきりと“スタートに戻る”の7文字が。


「さぁ、3歩分の死への行進(デス・マーチ)だ」



 秀一は見事2位につけたが、安室との差は歴然だった。

翻って、安室は堂々としても構わない位置にいるはずだが、

彼の表情はなぜだか引き攣っているように見える。


 安室が賽子を振ると、それは盤面を飛び出し、床に落ちた。

秀一が足元まで転がってきたそれを拾い、

無意識に回して見たところ、驚愕のあまり声が出た。

「え……?」

その瞬間、安室は一切口も利かずに、賽子を秀一の手からぶんどった。

「おい、礼ぐらい言えよ」

秀一の呼び掛けにも応じず、安室は無言で賽子を振り直した。


 一周を終え、今しがた絶望を味わったばかりの武坂は、

スタートからたった2マスしか離れていなかった。

「くそがっ! だけどな、4を出せば位置交換マスに止まれる。

 そこに行けば、まだ勝負は分からねぇぞ」

位置交換マスとは、最も近くにいる人と場所を入れ替える効果があり、

逆転に一役買うことの多いマスである。

それを目論んで勇み立つ彼であったが、無情にも出目は5。

「通り過ぎたかっ!」


 怒りを露わにする武坂を余所に、秀一は賽子を振る。

出目に従って駒をずらすと、見慣れないマスに止まった。


『ここで大和田が止まったのは呪いマス!

 他の誰かに“次の手番では1マスしか進めない”という呪いを

 かけることができます』


秀一はしばらく思案した後、予想外の答えを出した。


「武坂さん、あんたを呪う」


これには武坂もすかさず異議を唱える。

「お前は人を蹴落とさないんじゃなかったのか?

 安室の進撃を食い止めるならまだしも、

 不利な状況にある俺を潰すのは納得いかねぇ」

正直なところ、彼の言い分は真っ当に思える。

が、それでもなお秀一は、

「あんたは物事の表面しか見ていないようだな」

と言って、頑なに主張を曲げなかった。

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