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03 仕事をクビになったけど、家に伝説の聖剣がやって来た

 月はじめとなり、俺はまた新たなる刀剣を作るための準備に入る。

 原材料である鋼のストックが尽きかけていたので、まずは鋼作りからスタートしないといけない。


 俺の手作り鋼は、『真砂砂鉄(まささてつ)』と呼ばれる純度の高い砂鉄を、低温でじっくりと溶かす。

 寝ずの番で温度管理をし、都度スープのアクを取り除くように、不純物を取り除かなくてはいけない。


 今日は徹夜だな、なんて思いながら俺は登城した。

 宮廷鍛冶屋の工房は、『ストロングホール帝国城』の片隅にあり、ちょっとした集落のようになっている。


 その入口には連絡用の掲示板があるのだが、そこに大勢の職人たちが集まっていた。

 なにか新しい発表でもあったのかと、覗き込んでみると、そこには……。


『今月よりすべての王宮鍛冶屋は、月200本の納品を最低ノルマとする。

 このノルマを守れなかった者は、即刻クビとする』


 俺はすぐさま踵を返し、ヘボイストスの執務室に向かう。

 ヘボイストスは俺の殴り込みを予想していたようで、「来たか」とだけ言った。


「ヘボイストス様! なんだあの掲示は!?

 月に200本だなんて、粗製濫造を通り越してるぞ!」


「クロガネよ、口を慎むストス。

 我がストロングホール帝国は世界一の軍事大国となり、年々、武器の需要が急増しているストス。

 宮廷鍛冶屋としては、武器不足による敗戦などあってはならないストス」


「だからといって鉄クズのような剣を作るのか!?

 そんな鉄クズとして生まれた剣の気持ちを、そしてその鉄クズを与えられた兵士の気持ちを考えたことはあるのか!?」


「鉄クズでも、武器にはなるストス。

 それに剣や兵士の気持ちなど、どうでもいいストス。

 そんなことよりも、これからはノルマ厳守ストス。

 かつてヘボの弟子だったお前でも、例外はないストス。

 1本でも足りなかったら即刻クビにしてやるストス」


「なら、今すぐクビにしろっ! 俺は自分の意思じゃ辞めることができねぇって知ってるだろ!?」


「ああ、そういえばクロガネは奴隷だったストス。

 だったらヘボの大臣の権限で、奴隷としての登録を取り消しておくストス。

 それがヘボからの、退職金がわりストス

 もはやお前のかわりなど、いくらでもいるストス」


「俺のかわり、だと……!?」


 「うぃーっす」と背後から声が近づいてきて、俺の肩の上に馴れ馴れしく手を置く。


「ししょー、今までお疲れ様っす。

 ししょーの後はこの俺っちが引き継ぐっす」


 それで俺はすべてを理解する。

 やけに話ができあがっていると思ったら、そういうことか……。


 その瞬間、俺に取り憑いていた亡霊のような感情が、成仏するかのようにキレイさっぱり消え去っていた。

 俺は、ケダリオンに向かって言う。


「そうか……。俺の下でずっと働いてたお前なら、もう工房主としてやっていけるだろう。

 俺の教えた技術で、いい剣を作ってくれよな」


 しかしケダリオンは、ヘボイストスと顔を見合わせバカにしたように笑う。


「ははっ、いやっすよそんなの。

 いい剣を作るなんて面倒くさいだけっす。そこそこの剣をたくさん作るっす。

 そんなにいい剣が作りたいんだったら、民間の鍛冶屋でやったらどうっすかぁ?」


「ケダリオン君、彼にはそれすらも無理ストス。

 だって、帝国内の工房はどこも雇ってくれないストス」


「ああ、そういえばヘボイストス様が根回ししてたんっすよね。

 それじゃあどこか遠くのド田舎の国でやるしかないっすね! あはははっ!」


 爆笑するふたりをよそに、俺は執務室を出る。

 外の廊下には、メダリオンが立っていた。


 彼女は俺の顔を見るなり、思いつめた表情で切り出す。


「あの、お師匠様……! 私、宮廷鍛冶屋を辞めます!」


「なんだ、お前まで」


「私、お師匠様みたいになりたくて鍛冶屋になったんです!

 お師匠様のいない工房なんて、いる意味がありません!

 どこまでもお師匠様についていきます!

 ですから、これからもお師匠様のもとで、鍛冶を学ばせてください!」


「いや……。お前はもう、『鍛錬』を終えた刀剣だ」


「えっ?」


「必要なことはすべて教えた。あとは教えられたことを、自分なりに高めていく時期に入ったんだ。

 それに俺は、鍛冶をやめちまうかもしれん」


「ええっ!? 鍛冶をやめる!?」


「俺は奴隷として幼少の頃からこの国に連れてこられて、ずっと自由もなく、鍛冶だけを生きがいにしてきた。

 そんな俺に与えられた、初めての自由ってやつさ。だから少し鍛冶から離れてみるのもいいかと思ってな」


「そ、そんな……!」


「だからお前も自分だけの道を行き、自分だけの刀剣を作るんだ。

 ……じゃあな、元気でやれよ」


 俺は手を上げて、メダリオンに背を向ける。

 背後から、今にも泣きそうな声が追いすがってきた。


「私……待ってます! お師匠様が再び鍛冶屋に復帰されるのを!

 そのときは、私も一緒に働かせてください! 約束ですよっ!?」


 俺は振り返りもせず答える「考えとくよ」と。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺は城を出て、城下町を歩く。

 いつもは城のすぐそばにある寮から、仕事場である工房に直行し、夜遅くまで働いてからそのまま寮に逆戻りする生活を何十年も送ってきた。


 こうやって、通勤ルート以外を歩くのは何年ぶりだろう。

 まだ陽は昇ったばかりだというのに、立ち並ぶ酒場のテラス席は多くの冒険者たちが宴会をしている。


 俺は酒は飲んだことがないし、タバコも吸ったことがない。

 ギャンブルや女遊びは言うまでもないだろう。


 なにせ他の宮廷鍛冶屋と違って、ずっとタダ働きだったんだからな。

 それどころか、世間では今どんな出来事が起こっているのか、知るヒマすらも与えられなかった。


 何十年も帝国に尽して得られたものが、お払い箱という名の自由……。

 それも、こんなオッサンになって……。


 俺は宮廷鍛冶屋をクビになったのだから、いま住んでいる寮からも出て行かなくてはならない。

 しかし俺は寮に戻って引っ越し準備する気にもなれず、街をブラついたり、河原で川を眺めたりしてボーッとした。


 それから夕方になってようやく、寮に足を向ける。


 城勤めの人間というのは上流階級で、高級住宅に住んでいるのが普通。

 しかし俺は奴隷の身分なので、住まいは馬小屋同然の長屋。


 そして今日にかぎって、俺の小屋の前にはマントを深く被った人影が佇んでいた。

 もしかして、城のヤツがもう俺を追い出しに来たのか?


 俺がおそるおそる近づいていくと、ソイツは振り向く。

 マントのフードの下にあったのは、死人も目覚めさせそうなほどの美貌の少女だった。


 それだけで誰もがひれ伏しそうなほどの高貴なオーラを感じる。

 かくいう俺も、反射的に膝を折っていた。


 すると少女は、「まあっ!?」と息を吞む。

 あろうことか彼女もしゃがみこんで、俺の顔を覗き込んでいた。


「クロガネ様! どうか、お顔をあげてください!」


 なんで、俺なんかの名前を知ってるんだ?

 言われたとおりに顔をあげると、彼女はなにか言いたげにしていて、しかし言い出せないような、もどかしい顔をしていた。


 その儚げな面影に、俺はふとある『銘』を思い出す。


「お前、もしかして……『エクスカリバー』か?」

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[気になる点] マンとのフードの下にあったのは ↓ マントのフードの下にあったのは ではないですか( ,,`・ ω´・)?
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