02 上司ヘボイストス、クロガネに嫉妬する
『ストロングホール帝国』は軍事国家であり、他国に戦争を仕掛けることでその領土を大きく拡大。
今や世界有数の軍事大国へと昇り詰めていた。
その屋台骨を支えていたのは、宮廷鍛冶屋のトップ『ヘボイストス』。
この国における伝説の鍛冶屋とされており、彼が作り出した刀剣を手にした者は、ただの新兵ですら一騎当千の活躍ができるという。
このストロングホールの帝王はかつて、魔王と戦って退けたことがある。
そのときに王が手にしていた剣も、やはりヘボイストスが作ったものであった。
今では汗水たらして大槌を振るうこともなくなり、大臣のひとりとして多くの鍛冶屋たちを召し抱える立場となった。
もっぱら着飾って、執務室で書類を眺めるだけの優雅な毎日。
もはや悩みなどなにひとつないかに見えたヘボイストスであったが、ひとつだけ目の上のタンコブがあった。
「う~む……やっぱり今月も、クロガネ工房の納品数だけが飛び抜けて少ないストス。
回収係を通じてあれほど注意しているというのに、あやつはまったく反省する様子がないストス。
まったく……。軍事費をより多くモノにするためには、大量生産の実績が無くてはならぬというのに……」
ふとそこに、各国に展開している将軍たちがどやどやと訪ねてきた。
彼らは執務室に入ってくるなり、ヘボイストスを賞賛する。
「だだいま出兵から戻りましたぞ、ヘボイストス様!」
「あなた様のお作りになられた剣のおかげで、今回も大勝できましたぞ!」
「いやぁ、ヘボイストス様の剣は本当に素晴らしい!」
「まったくだ! たったひと薙ぎで敵兵を10人も倒してくれるうえに、いくら斬っても刃こぼれしないだなんて!」
将軍たちは、連れ添っていた少年騎士たちの頭をぽんぽん叩く。
少年たちの左の二の腕には銘があり、右の二の腕には『ヘボイストス作』とお札のようなものが張り付いていた。
「敵兵は、この『ヘボイストス作』の印を見ただけで震えあがるほどになりましたぞ!
今やヘボイストス様の名は、世界いちの鍛冶屋として轟いておりますなぁ!」
「それに比べて、他の鍛冶屋どもときたら……。
ほんの数人斬っただけで刃こぼれするような剣ばっかり作りおって!」
「おかげで兵士たちは出兵ともなると、何本も剣を持って行かねばならずに不便しておるようですなぁ!」
「まったく、ヘボイストス様のお作りになる剣にはどれも遠く及ばん! まるでゴミのようだ!」
「これは、出兵のついでに襲った街で得た金品です! どうか、お納めください!
お望みとあらば、その街で捕まえた奴隷のほうも持ってこさせましょう!」
「どうかこれからもよい剣を我らに回してくださいますよう、ひとつお願いしますよ!」
戦果は上々だったようで、将軍たちは上機嫌。
「あっはっはっはっ!」と笑いながら執務室をあとにする。
その立役者であるヘボイストスは、本来なら鼻高々なはずなのだが……。
彼は額に青筋をいくつも浮かべながら、書類を握り潰していた。
「くそっ……! なぜ、クロガネの剣ばかりがあんなにもてはやされるストス!?」
ヘボイストスがクロガネの剣の強さに気付いたのは、ヘボイストスがまだ一介の宮廷鍛冶屋だった頃。
ある兵士がたったひとりで1000人斬りを成し遂げ、勲章を授かった事が端を発する。
まだ幼き帝王は言った。
「この剣を作ったのは、納品台帳によるとヘボイストス工房のようだな!
よし、ヘボイストスやらにも褒美を取らそう!」
ヘボイストスにとってそれは、寝耳に洪水が押し寄せたような衝撃であった。
――まさか、遊び半分で弟子に作らせた剣が、こんなことになるだなんて……!
当時、クロガネはヘボイストスの下で働いていた。
その頃のクロガネはまだ助手だったので、銘を入れることを許されていなかった。
そのため剣は『無銘』として配備され、一介の兵士の手に渡ることとなる。
そしてヘボイストスが、クロガネのかわりに褒賞を得ることとなった。
そう。
これがヘボイストスがクロガネの手柄を横取りするようになった、事の発端である。
ヘボイストスはそれからもクロガネが作った刀剣を、自分のものとして偽って納品。
それらはどれも素晴らしい戦果を挙げたので、ヘボイストスはどんどん出世していった。
そしてクロガネは工房主となって、自分の作った刀剣に『銘』を入れるようになる。
『銘』があると誰が作ったのかバレてしまうので、ヘボイストスは部下に刀剣を回収させたあと、こっそり『ヘボイストス作』のお札を上から貼った。
このお札は魔法練成が施されており、刀剣自身の口封じもするという効果があった。
さらにクロガネの刀剣だけは兵士への配備に回さず、秘密の倉庫にすべて保管。
王族や貴族、そして将軍や勇者などの、ここぞという作成依頼の時のみに取り出すようにしたのだ。
権力者の手に渡ったクロガネの剣の凄さはますます世間に知れ渡るようになり、それはそのままヘボイストスの評価となった。
ヘボイストスは他人の作った剣で、大臣の地位にまで登りつめる。
しかし彼はいまだに、自分自身の作る剣こそがナンバーワンだと思い込んでいた。
彼は大臣になってからもときたま刀剣を作り上げていたが、それらはぜんぶゴミ呼ばわり……。
人知れず、彼は荒れた。
「ヘボの作った剣は魔法練成を施しているうえに、金細工やダイヤなどを埋め込んでいるストス!
ヘボの剣のほうがずっと立派で、ずっとずっと金をかけて作っているというのにっ……!?
なぜどいつもこいつも、クロガネの剣ばかりを求めるストス!?」
執務室で暴れるヘボイストスの前に、新たなる客人が訪ねてくる。
「どうもっす、ヘボイストス様」
「お前は、クロガネ工房の……」
「ええ、助手をやってるっす。今日はししょーのことで、ヘボイストス様に提案を持ってきたっす」
「提案だと?」
「ええ。俺っちはもうししょーの技は全部覚えてるっす。
っていうか、ししょーの技は古くさいっすね。どーも異国の鍛冶技術らしいっすけど。
まあ、そんなことはどうでもいいとして……俺っちを、工房主にしてくれないっすか?」
「なんだと?」
「ししょーは技だけじゃなくて、考え方も古くさいっす。
王宮鍛冶屋は量産こそが評価されるってのに、いつまで経ってもノンビリ作ってるっす。
でもこの俺なら、ししょーの技だけじゃなくて、量産するための最新鍛冶の知識もあるっす。
それに……」
「それに?」
「もし、ヘボイストス様がお望みとあらば……。
俺っちの作った刀剣の銘をすべて、『ヘボイストス作』にしてもいいっすよぉ……?」
「なっ……!?」と息を呑むヘボイストス。
しかしそのタヌキのような丸顔は、やがて嫌らしく歪んだ。
……ニタァ……!
その対面にいたのは、キツネのような顔の若者。
彼もまた細い目を吊り上げて笑っていた。
「取引成立……っすね」