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01 クロガネの仕事

 ……カーン! カーン! カーン!


 鋼を、小槌で打ち据える音が響き渡る。

 太陽のように赤くなった鋼からは陽炎が立ち上り、そばにいるだけで額に汗が浮かぶほどに熱い。


 これから生まれる、ひとつの生命(いのち)が放つ、無限のエネルギー。

 俺にとってそれは、赤子の産声であった。


 俺は語りかける。


「もっと熱くなれ、もっと熱くなれ。そうすればお前は、もっともっと強くなれる」


 隣で、ふたりがかりで鉄を鍛えていた弟子たちが言う。


 「がんばれ、がんばれ! がんばって、強くなってね!」と鉄に向かって声援を送る、二番弟子のメダリオン。

 一番弟子のケダリオンは、やれやれと肩をすくめていた。


「まぁたふたりして、鉄に話しかけてる。

 ししょー、そんなことして鉄が強くなるんだったら誰も苦労しないっすよ。

 妹のメダリオンも、すっかりししょーの真似するようになっちまったじゃないっすか」


 俺は顔を左右に振って、汗を振り落とす。


「いいや、鉄は聞いてるんだ。俺たち鍛冶屋の声を。母親のお腹にいる赤ん坊みたいにな」


 俺は、全身が炎に包まれた鉄……いいや、すでに生き物としての形をなしているそれを、水槽に浸した。


 ……ジュゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


「さぁ、生まれるぞっ……!」


 皆から待ち望まれていた赤子を母体から取り上げるように、俺はそれを天に掲げる。

 そこには、冬の夜空にかかる銀色の月のような、美しい半月があった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 刀剣の鍛冶というのは、刀身を作っただけでは終わらない。

 鍔や柄、鞘なども作るのはもちろんのことだが、それでもまだ終わりではない。


 刀剣は生まれてしばらくすると、『精霊』が出現する。

 それは人間ソックリの見目で、最初は赤ん坊の姿なのだが、数時間後にはもう立って歩けるようになる。


 1日置くと2歳児くらいの大きさになるので、ここからいよいよ刀剣鍛冶における最終工程に入る。

 昨日、俺たちが作った刀剣たちは、工房の別室に集められていた。


 今はまだ俺の膝下くらいしか身長のない『刀剣の子供』たち。

 自分よりもずっと大きい刀剣を、やっとのことで支えている。


 つい手助けをしたくなってしまうが、それをしてはならない。

 そうすると『弱い刀剣』になってしまうからだ。


 俺は心を鬼にして、子供たちに言う。


「よーし、それじゃあこれから1週間、お前たちに剣術の基礎を教えるぞ。まずは構え方からだ」


 刀剣というのは、自らがその剣を持ち、持ち主のために戦う存在。

 だから剣術は必須項目であり、ここで手を抜くと強い刀剣にはなれない。


 そう、これは刀剣たちの人生の方向性を決める、大切な『鍛錬』なんだ。


 もちろん刀剣というのは個体差があるので、得意な分野も違う。

 突くのが得意な刀剣、斬るのが得意な刀剣、素早く振れる刀剣、力強く振れる刀剣……。


 俺はひとりひとりの個性を重んじ、その刀剣に合わせた指導を行なっていた。

 3日目ほど経つと、彼らは小学校低学年くらいの大きさになり、しっかりと刀剣が振れるようになる。


 ここから本格的な『鍛錬』に入るのだが、このあたりで邪魔なのがやって来る。

 俺は城に勤める宮廷鍛冶屋なのだが、いつも週に2回ほどコイツに邪魔されていた。


「おー、クロガネ君。もう出来上がってるじゃないか。んじゃ、納品ってことで。

 おいガキども、訓練は終わりだ。ご主人様のところに連れてってやるぞ」


 コイツは各工房を覗いては、刀剣を回収していく『回収係』。

 回収された刀剣は、この『ストロングホール帝国』の軍備となる。


 回収自体は別に構わないのだが、コイツらは鍛錬途中の刀剣でも構わず持って行こうとするからタチが悪い。

 刀剣たちを引っ張っていこうとするヤツの手を、俺は掴んで止める。


「待て、この刀剣たちはまだ鍛錬の途中だ。あと3日は待ってもらおう」


 すると回収係は、心底迷惑そうな顔をした。


「クロガネ君……キミだけだよ、刀剣作りにこんなに時間をかけるのは……。

 他の工房は、1日で製造も鍛錬も終えて、納品までしてるんだよ?

 キミの場合は製造だけでも3日、鍛錬に至っては1週間もかけてるんだ。

 そろそろヘボイストス様も……」


「うるさいっ! たった1日で仕上げた刀剣なんぞ使い物になるか! 実戦投入したらすぐ折れちまうだろうが!」


「いいんだよ、それで。兵士にはまた新しい刀剣を配備すればいいんだから」


「戦いの真っ最中に折れたりしたらどうするんだ!? それに、折れたら精霊も死んじまうんだぞ!?

 俺は刀鍛冶として、兵士と刀剣の命を粗末にするようなものを、世に送り出すことはしない!

 わかったら消えろ! もし鍛錬が終わる前に俺の刀剣たちを連れだしたら、たたじゃおかんからな!」


 俺の剣幕に、チッと舌打ちをして去っていく回収係。

 刀剣たちに剣術指導をしていた弟子のメダリオンは、プリプリ怒っていた。


「まったく、あの人なんにもわかってないですよね!

 刀剣はしっかり鍛錬しないと、実戦でも役に立たないのに!

 そうしたら持ち主もこの子たちも不幸になるのがわからないんだから!」


 しかしもうひとりの弟子のケダリオンはそうではなかった。


「でもいいんっすかぁ? 他の工房は少ないところでも、月に100本は納品してるそうっすよ。

 それなのにうちの工房は、月に10本も納品できればいいほうじゃないっすか。

 だいいち、材料の鋼から作ってる鍛冶屋なんて、ししょーくらいのもんでしょう?

 せめて、鋼くらいはよそから仕入れたものを……」


「仕入れた鋼は不純物が多くて使い物にならないんだ。

 あんなので刀剣を作るくらいだったら、飴でも使ったほうがマシだ」


「はぁ、もっと効率重視しないと、いつか御役御免になっちゃうと思うんですけどねぇ……」


「もう無駄話は終わりだ。鍛錬の続きをやるぞ。

 刀剣たちをしっかり鍛えて送り出してやるのが、俺たち鍛冶屋のつとめなんだからな」


 刀剣というのは、納品されたあとも自己鍛錬を行ない、成長を続ける。

 その自己鍛錬というのは、工房にいた頃に刀鍛冶から教えられた内容がベースとなっている。


 まさに『三つ子の魂百まで』ってやつで、ここで手を抜いたりしたら、そのあとの自己鍛錬もおろそかになってしまう。

 そうなると、ナマクラなうえに折れやすくなってしまい、刀剣としての寿命も短くなってしまうんだ。


 俺は、俺の手で生み出した刀剣たちに、少しでも長生きしてもらいたいと思っている。

 使い手に愛され、使い手の未来を『斬り拓く』相棒のような、刀剣として最高の人生を歩んでもらいたいと願っている。


 それが、刀剣たちの生みの親である俺に課せられた、使命だと思っているから。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから3日後、刀剣たちの巣立ちの時がやってくる。

 刀剣たちは、小学校中学年くらいの大きさになった。


 まだ頼りなさはあるものの、もうひとりでもやっていけるだろう。

 そして俺は鍛冶屋として、最後の仕上げをする。


 刀剣たちを順番に並ばせて、ひとりひとり、頭を撫でてやった。


「お前はいつも元気いっぱいで、まわりを明るくしてくれたよな。

 その明るさを、いつまでも忘れるんじゃないぞ」


 褐色の肌の少女は、真夏のヒマワリのような笑顔で笑う。


「はい、創造主様!」


「よし、それじゃ、最後に俺からの贈り物だ。お前に『銘』を与えよう」


 「めい……?」と小首をかしげる少女。


「名前みたいなものだな。お前の名前は『ソレイユ』だ」


「ソレイユ?」


「ああ、『太陽』っていう意味だ」


 すると褐色の少女の右側の二の腕に、『クロガネ・スミス作』と俺の名前が。

 そして左側の二の腕には、『ソレイユ』と彼女の名前が浮かび上がる。


 それを見たソレイユの笑顔もさらにパワーアップ、まさに太陽のようにパアッと顔を輝かせていた。


「うわぁーっ! 創造主様の名前と、私の名前がっ!?

 ステキステキステキっ! 最高のプレゼントですっ! ありがとう、創造主様!」


 ……がばっ! と抱きついてくるソレイユ。

 俺はそれを全身で受け止めていた。


 そばで見ていたメダリオンは、思わずもらい泣き。


「ううっ、何度見ても感動的です……。

 私もいつか、お師匠様みたいな鍛冶屋になりたい……」


 しかしケダリオンは、真逆の反応であった。


「はぁ、刀剣ひとつひとつにわざわざ『銘』まで与えて、自分の名前まで彫り入れるだなんて……。

 俺っちたちが作らされてるのは量産品の刀剣なんだから、どーせ使い捨てされるに決まってるのに……。

 俺っちはあんなオッサンにはなりたくねぇなぁ……」

新連載です! とりあえず、プロローグに相当する5話まで書く予定でおります!


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それらが執筆の励みになりますので、どうかよろしくお願いいたします!

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