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最終話 僕の勝ち組人生

最終話になります。お付き合いありがとうございました。

 僕はそりゃもう計画的に頑張ったと思う。魔王様の望みを叶えるために。

 魔王様の望みは、魔物達の未来。それが末永く続くこと。


 だけどそれだけじゃなく魔王様は望んで下さった。ハッキリ覚えてますよ僕。


『おまえに触れて、甘やかしてやりたい。撫でて、抱きしめて口づけして、おまえを味わいその存在を感じることが出来たなら良かった』


 魔王様のお望みは僕。この僕なんです!

 なら、僕を捧げないわけにはいかないでしょ。

 決して滅びない僕を。安心して召し上がっていただける僕を。


「魔王様!もう大丈夫なんです。ご安心ください! 僕に触れていいんです。甘やかして下さい! どうぞ撫でて抱きしめて口づけして味わって下さい、心ゆくまで!!」


 僕は魔王様にお喜びいただきたくて、両手を広げ声高らかにそう告げた。



 …それでなぜ、こんなに怒られてしまったのか…。

 なんか散々罵倒されてしまったぞ…。バカとかアホとか…。


 おかしいな。

 やっぱり謁見の間、公衆の面前ではマズかったか? 魔王様ってば恥ずかしがり屋さんなんだから。


 うん、でもちゃんと謝ろう。魔王様との関係で言うなら、僕があらゆる面で全面的に悪いに決まってるんだ。


__________________


 そういえば僕は出張帰りだったのに、荷物も何も置かずに魔王様の元に直行しちゃったんだっけ。どんだけ辛抱出来ないんだ僕。いやあ、困ったねぇ。でも仕方ないね。今はもうどうしても浮かれちゃって。


 とりあえず荷物だけ僕の部屋に投げるように置くと、今度は魔王様の執務室に向かった。

 今回は面会謝絶されたりしないよね? だってもう僕は大丈夫なんだから。


 と、思ったんだけど


 執務室のドアを開けたマルテルから魔王様のご不在を聞かされた。


「まだ魔王様は謁見の間でお仕事中ですか?」

「ヤツカド…、ポク、さっきの見てたよ。なんつーことすんの」

「あ。見てました? 僕としたことがちょっと先走っちゃって」


「ポクに言わせると、ヤツカドにはデリカシーってのがないね」

「・・・・」


 マルテルに言われるのかぁ…。くっそ…。

 でもこれは言い返せない…。この僕が鳥ごときに…。


 僕はこれでも人間だった頃はソフィスティケートされたエスコートをこなすスマートなキャラクターで売ってる方だったんだぞ…。あれから随分時が経ったけど…。


「じゃあすみません、マルテルさん。魔王様に伝言お願いできますか? 以前魔王様とご一緒させていただいた風の気持ち良いあの場所…僕が初めて魔王様の鬼眼きがんを受けたあの場所で、今夜お待ちしていますって」


 いらして下さらないかも知れないけど、まあいいんだ。

 あの場所で魔王様のことを想うのも、なんか悪くなさそうだし。


_________________


 ここはあの場所。せり上がった岩肌むき出しの丘。頂上は盆状になっていて、そこにいると風が直接吹き付ける。空気が澄んでいるのか、星の明かりがキレイだな。


 魔王様はいらして下さるかな。

 空を見上げると、流れ星が…。流れ星?

 違うな。なんだあれ。


 細い星の軌跡のような明かりがチカチカと光って…光のむちが夜空を激しく打ち付けているような…。


「待たせたか?」

 振り向くまでもなく分かる。魔王様だ。


「星を見ていました。魔王様、今の見ました? 空に…」


 光の鞭のような現象は消えていた。

「あれ?」


 まあいいや。

 魔王様は、いつもより心なしか髪が乱れている様子だ。風が強いんだな。


「あの、先ほどは申し訳ありませんでした。場所もわきまえず衆人環視の中でキスしちゃうなんて」

「当たり前だ。怒るぞ私でも」

「すみません」


「それで、本当なのか?」

「本当です」



 今の僕は、スタキオ国の民衆から『税金』をもらっている。それが当初からのサージェルとの約束であり、僕の望んだ報酬だった。

 税金と言っても、金なんて要らない。

 いただいているのは『生命』。


 魔王様は『税金』として、魔物全てから生命を食べている。その方法は魔王に伝わる秘術にあるということだったけど…。


 魔王様にお願いして、やり方を教わり僕も使わせていただいたんだ。


 やり方は一応ここにメモとして書いておくけど、簡単に言うと国土一帯に巨大な魔法陣みたいなのを設置するんだよね。いろいろと地上に建築物も作る必要があって少し時間がかかっちゃったけど王の協力があればそんなに大変でもない。


 幸い、人間の繁殖能力は高いことだし。ほんの少しずつ生命を徴収しても寿命はそれほど減ったりしないと思う。むしろ人間を豊かにし繁殖させればその分、僕の取り分も増えるというもの。

 だから今後ともスタキオ国の民衆がのびのびと繁殖出来るように、及ばずながら力を貸す予定なんだ。


 そんなわけで僕は大量の生命の供給を受けることが出来るから、もう、魔王様におなかいっぱい食べていただくことも可能なんだよ。


 でもこんなこと、魔王様が僕を望んでくれなかったら計画しようなんて思わなかったよ。


 魔王様が僕の口から生命を召し上がりたいと望んで下さったから。だからこそ魔王様の協力も得られたし、計画が実現したわけ。



「僕、がんばったんです。だから…」

「…すまないな」


 ですから、なんでそこで謝るんですか魔王様。ほら、召し上がって下さい。

 この僕を。思う存分。食べ放題ですよ!


 スタキオ国は、小さな国だからひょっとしたらちょっと足りないかも知れないけど、それならそれで、僕はもっと多くの国を支配してきますよ。いくらでもね!


「私のために尽くしてくれるおまえを見るたびに、謝らねばならないと思ってしまうんだ。おまえがおかしくなってしまったのは、もともとは私がこの場所でおまえに鬼眼きがんを使ってしまったせいなのだから…」


「違います! 違うんです魔王様!」


 この場所が全ての始まりだったのかと僕も考えた。魔王様の鬼眼きがんに囚われて、サージェルのように今もずっと僕の精神は異常をきたしていて、だからこんなにも魔王様が恋しいのかなって。


 別にね、僕自身は仮にそうであっても構わなかったんだ。魔王様を想う気持ちは変わらないし。


 だけどそのことで魔王様が罪悪感を抱かれるのは嫌だった。

 僕は魔王様に最高のものを捧げたい。偽りではない真実の愛とか、捧げたかったんだよ。


 だから僕は確信が欲しかった。



「僕はおかしくなんてなってないんです」

「自分ではみなそう言うものだろう」


 まあそりゃそうなんだけど…。


 僕を救ったのは『記録』だった。

 弁護士の命である『記録』。



「僕、魔王様に初めてお会いしたときから魔王様のことが好きだったんです。多分、一目惚れってやつですよ」

「は?」


「僕ね、魔王様のその美しい金の瞳を初めて見たときから、魔王様のことが好きなんです」


 魔王様の視線が冷たいな。


「初めて見たとき…おまえ、逃げたよな?」


 その通りです。でもそれは…


「怖かったんです。僕は誰かを愛したことってなかったし、そのときには分からなかった。初めての感覚だったから。とにかく怖くてヤバいって思って逃げました。よく考えたらまだ普通の女性だと思っていたあなたから走って逃げるとか、どれだけですよね」


 あの頃の記録を僕は読み返した。


 どう考えても、僕は魔王様に恋してたんだ。鬼眼きがんを受ける前から。だって僕はもうしつこいくらいに魔王様の瞳が美しいって書いている。そして自分に警告をしている。この金色の瞳を見ると囚われそうで危険だと。


 だけど、愛するやり方を知らなかったんだよね。鬼眼きがんを受けて初めて、自分を捧げるということが愛するやり方だって分かって…。それからはもう僕は自分の気持ちに正直になっただけ。


「だから僕は正気なんです。これが僕だし、魔王様のせいでおかしくなっているわけでもない…。あー、いえ、確かにある意味おかしくなってますけどね。恋に気が狂ってる」


「…どうも信じられないな」


「さすが魔王様、慎重ですねぇ。でもそういうところも好きです。というかね、初めは一目惚れだったんですけど、魔王様のことを知れば知るほど好きになってしまいました。あなたは誰よりも深く広いお心を持ち、魔物みんなの未来を憂い思っていて、いつも自分よりも魔物達の世界を優先して、そして勤勉で、マジメで、聡明で、だけどユーモアもあって、あちこちかわいくて、一筋縄ではいかない複雑なところもあって、それで…」


「ヤツカド、なぜ泣くんだ」

「…こんなに想っているのに、まだ信じていただけないのかと思って」


「いや…、信じないわけにはいかないな。ここまでされて」

「ホントですか?」

「おまえこそ疑り深いな。私は今、かなり浮かれてるんだ」


 そうは見えないけどなぁ。


「先ほど、私が浮かれて飛び回っているのを見なかったか? 私が飛行形態を取るのは滅多にないことなんだぞ」

「さっき…?」


 あのチカチカと輝く光の鞭みたいなの?


 星の微かな輝きに照らされて、魔王様の身体がキラキラと光っている。


 そして、風になびく髪が…、巨大な蝶だ…。

 これが魔王様の飛行形態…?

って…これ、どこかで…。


「ヤツカド」

 魔王様がやわらかく微笑んでいた。こんな笑顔は初めて見る。


「私は、おまえが好きだよ」


 うわ、初めてだ。そう言ってくれたの初めてですよね、魔王様。

 ずっと「美味しそう」と言われていて好意を感じてましたけど、好きとは一度も言って下さってなかった。


「おまえを食べたい…。もう抑えられない」


 飛行形態の魔王様はふわりと舞い上がると、宙に留まったまま僕のすぐ目前にいらした。


「ええ、僕はそのために頑張ったんです。抑えなくていいんです。召し上がって下さい」


 僕は魔王様とキスを交わした。

 とても深く、長く、熱い口づけ。


 魔王様の一部が僕の舌を絡み取ったあと、僕の奥深くに侵入し、中から僕を貪っている。狂暴な獣のような勢いで。


 だけど、どんなに食べられても、もう僕は大丈夫。

 ちょっとだけ負担を人間に回してるけど、幸せにしてやるから勘弁して欲しい。むしろ僕が関与する前よりも長生きできるかもよ?


 魔王様の力強い腕が僕の身体を抑え込む。ここに魔王様の愛が込められているかと思うと嬉しいな…。


 魔王様が僕から唇を離して、僕を見つめた。


「本当に、大丈夫なんだな…?」

「…実を言うと、そろそろ危ないかも。でも少々お待ち下さいね。人間の国の支配領土を広げたらもっともっと生命を魔王様に捧げられますから」


 将来的には、魔王様は魔物から税金を取らなくても良いくらい、僕を食べるだけで十分なくらいまでは持っていきたいね。



「私は、ずっと誰にも好意を持ってはいけないと思っていた」


「もうガマンしないでいいんですよ。僕のこと好きでしょ?」

「おまえを全力で愛して良いと…?」


「僕は絶対に死んだりしませんから。どんなに愛していただいても大丈夫ですから」

「そうか…」


 うつむく魔王様、むちゃくちゃかわいいな。


「ヤツカド、私の名前を呼んでくれ」

「名前…、ネフェルティティリアネス…?」


「名前を呼ばれると、好きになってしまいそうで怖かった」

「じゃあ名前、もっと呼んじゃいますね」

「こら」


「ネフェルティティリアネス」

「ヤツカド…」


 魔王様のとろけるような優しく甘い微笑み…。

 信じられない。こんな表情…。たまらなく好きです…。


 もっともっと名前を呼びますね。だからその表情をもっと見せて下さい。


「ネフェルティティリアネス」

「その名で私を呼ぶのはおまえだけだ」


 僕だけで十分です。


「ネフェルティティリアネス」

「ふふ。なんだかくすぐったいな」


 魔王様の、とろけそうな幸せそうな表情…。

 そうだよ。僕はこの表情が見たかったんだ。


「ネフェルティティリアネス」

「そんなに何度も呼ばなくてもおまえの声は届いているよ」


 分かっています魔王様。僕の声はいつも魔王様に届いていたから。

 魔王様は僕の声、一言だって聴き漏らさなかった。




 この世界に来て良かった。


 ここには誰よりも大切な存在がいる。

 その方は、僕のことをとても想って下さっているんだ。


 これはもう完全勝利だよね。

 優秀なこの僕には勝ち組人生こそがふさわしい。 


 それからの僕がどうなったかと言えば、相変わらず僕はときどき魔王様に甘やかしていただきながら、毎日仕事で忙しくしているよ。


 魔王様のご態度はあまり変化はないけれど、日々愛が深まるのを感じてる。だって魔王様が僕を召し上がる量が増えていってるからね。なら僕ももっともっと人間の領土に手を伸ばして需要に供給を合わせないと。


 支配領域を広げるために調査を続けて知ったんだけど、人間同士でかなり戦争とかしてるみたいだ。僕の昔いた世界とあんまり変わらないなあ。


 国同士の争いで湯水のように消費される民衆は気の毒だし、僕がなんとかしてあげる。だって戦争バカバカしいでしょ? 魔王様に召し上がっていただくための人間の命なんだから無駄に浪費して欲しくないし。


 スタキオ同様、中に潜り込んで人間達が気が付かない間に支配してしまうことにする。人間同士が相争ってるから僕のつけ入る隙だらけ。簡単な仕事になりそうだな。


 ですからご安心下さい魔王様。


 これからも、僕はあなたの顧問弁護士として、あなたの望みを叶え続けますよ。



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 あれから、長い時が経ったなあ。


 法律事務所の本棚はもう記録でいっぱいで、記録保管庫は拡張に次ぐ拡張で地下深くにまで及んでいる。


 弁護士にとって記録は命。

 幸いというか、記録を長持ちさせる魔法の開発もあって助かっちゃった。記録があるからこそ、常に状況を客観的に分析し次の段階に進める。例え失敗の記録であっても簡単に処分なんてありえない。


 それに今となっては僕と愛しのあの方との愛の記録とも言えるからね。僕の管理を離れても、それは変わらない。



 僕は今、僕が永遠に愛するあの方がかつて座っていた玉座にこの身を置いている。


 あの方の最後の贈り物は『呪い』みたいなものだったけど、でもまあ、あの方が下さったものなら僕にとっては宝物だから。




「魔王様、お呼びになられましたか?」

「やあ、忙しいところ悪いね」


「僕の顧問弁護士として、君の意見を聞かせておくれ」









『魔王の顧問弁護士』おわり







後日談3本続きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結おめでとうございます。 魔物の国ではこの先も顧問弁護士が魔王の片腕として在り続けるんでしょうね。 魔王様が憂慮していた魔物たちの未来も、ヤツカドさんの目の黒いうちは安心ですね。黒くないで…
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