14 尊敬の眼差し
2泊3日のお泊りでした
この僕としたことが、ジェンダーバイアスに囚われていたようだ。
人間だった頃は、どちらかと言えばリベラル系弁護士として見られる方だったんだけどなぁ。
ジュンヤが勇者であること、一人称が『ボク』であるということ、特に女の子のような恰好をしてなかったこと…そんなことを理由に、ジュンヤのことを男だとばかり思っていた。
だからこそ『ジュンヤ』という男のいとこの名前を付けたわけだ。
大体、7歳くらいの子どもの見た目で性別の区別なんてつくもんか。性別ってのはそれこそ『ジェンダー』として、外見でわざわざ違うように装うから区別されるんだ。
『ジェンダー』というのは、社会的な性差のこと。
魔物の世界には性別がないから、そもそも『社会的な性差』という概念は全くない。
ジュンヤ本人も自分が女の子だとは考えていないだろう。一人称が『ボク』なのは、多分ケルルに習ったんだろうな。
…ま、いいか。よくよく考えても特に問題はない。
なんとかなるだろ。
とりあえずその日はジュンヤを寝かしつけた。
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翌日はケルルも交えて、ジュンヤの学習度合いを確認した。…という名目だけど、実際のところは『勇者』というものに興味があったんだ。どんな才能があるのか。どんな魔法が使えるのか。知能の程度はどうかなど。
昨日確認した限りでは、賢い子だなとは思ったけどね。
魔王様は『生命の色が他の人間と違う』と言っていたんだけど、やっぱり分からないな…。こうしてると普通の子どもでしかないような気がするんだけど。
「ヤツカドさま、ボクがっこうでもやっていけますか?」
「うん、大丈夫だと思うよ。学校に行けば、文字ももっと勉強するだろうし、後は適性に合わせて魔法指導もやっているから積極的に学ぶときっと将来役に立つよ」
魔王城の近くに設立した学校には、魔法研究所も併設されている。【テレカン】を自分で開発したときは大変だったからな。誰かに任せて研究結果が上がってくるのを待つ方が楽でいい。
「ボクのしょうらい…」
「魔物はみんな自分の居場所を持っているからね。ジュンヤも自分が望むところで生きるためには勉強することは大事だと思うよ」
誰しもが自分の生きたい道に適性や能力を持つわけじゃない。僕だって弁護士として生きていくためには、ロースクールで学び司法試験に合格し、そうやって道を切り開いてきたわけで。
「もし、ボクが八角法律事務所ではたらきたいっておもったら?」
ジュンヤのその質問に答えたのはケルルだった。
「ジュンヤは八角法律事務所に来たいですか!? でも最近、うちすごく人気があって入るの大変なんですよ。今のスタッフは試験に合格した魔物達なのです」
そうなんだよね。なぜかうちの法律事務所に来たいという希望者が多くて最近は試験を実施して選抜している。OJTで育て上げるにはあまり人数が多いと手に負えない。
「それなんだけど、なんでうちの事務所そんなに人気があるんだろうな。別に報酬が出てるわけでもないのに」
可能な限りスタッフには便宜を図るようにはしているけど、なにせこの世界には『通貨』がない。あとはささやかな報酬として僕が撫でてやるくらいで…。
「あれ? ヤツカドさん知らないですか? なんでうちが人気あるのか」
「法律事務所が珍しいから?」
「違いますよ。ヤツカドさんがみんなから尊敬されて好かれてるからですよ」
「は?」
いや、まあ僕は誰にでも親切で愛想がいいよ。その方が世渡りのためには得だから。好かれようと思って行動することも多いし。でもそこまで尊敬されるようなことは…
「ヤツカドさん短期間の間に魔物社会を劇的に変えたじゃないですか。福祉も充実させたし、国政に広く魔物達の意見を反映させる仕組みも作ったし」
うん。それはやった。人材を効果的に活用するためには福祉は必要だったから。
それに福祉を充実させると治安が良くなり犯罪が減少する。すると国家的秩序が保てるので、警察行政を充実させるよりかえって低コストなんだ。
だから福祉の制度を整えるとともに、そういった需要をくみ取るためにあちこちに行政窓口も作ったな…。
「おかげで不安なく生きていけるようになったって評判なのです。ヤツカドさんのために働きたいって魔物がいっぱいいるですよ」
「そ…そうなの?」
恐らくクイあたりが宣伝して回っているんだな…。いや、まあ、いいけど…。
「うちのスタッフみんな、ヤツカドさんに撫でて欲しがってるじゃないですか」
「ああ、うん。アレも一体なんでだろって思ってたんだよ」
「好きな人に撫でてもらって褒めてもらうの、すごく嬉しいのです」
…そうだな。魔王様に『なでなで』していただくと幸せだな。
「スタッフみんなヤツカドさんに憧れて入ってきたですよ。だからヤツカドさんのことすごく尊敬しているから褒めて欲しくて頑張ってるですよ!」
そうだったのか…。ま、まあいいんだ。別に…。
「ボクもバケットやケルルさんからきいてました。ヤツカドさまがすばらしくてえらいかただって」
「あ、ジュンヤもその話聞いてるんだ…?」
「こうやっていろいろやってもらって、やっぱりヤツカドさまはきいたとおりのかただなっておもいました」
「ああ、うん…」
どうも調子が狂うな。好かれようと思ってやった行動で好かれるのはいいんだけど、特にそういう理由もなく好かれるというのは…。なんというか予定外で。
「あのさ、そう言ってもらえるのは光栄だけど、僕はあくまでも魔王様のために魔物の未来を拓こうとしているだけでね。本当に偉いのは魔王様なんだよ」
「またまたそんな謙遜を」
いや、ケルル、別に謙遜じゃないんだ。
「そんなに、にんきあるのにボクが八角法律事務所ではたらけるようになれるかな…?」
「ジュンヤも沢山お勉強すればきっと大丈夫ですよ! 一緒に働けるようになれるといいですね!」
ジュンヤとケルルで盛り上がっている…。
まあね…。ジュンヤがうちの事務所に来たら僕も『勇者』を監視しやすいし、いいことだ。
そして今日も一日が終わった。ジュンヤの相手をするのに時間をかなり使ってしまったので、また僕は寝ずに書類仕事を済ますよ。睡眠が必要ないから仕事の時間を多く確保できるのはありがたいことだな。
「ジュンヤ、明日の夜にはバケットのところにお帰り。送って行くから」
「え? もう?」
「あまり長くジュンヤを引き止めるとバケットが心配するからね」
「…そうですね」
「さてと、今日は君はマルテルさんのところで寝るといいよ。連れて行くからついてきて」
「え…? ヤツカドさまのベッドじゃないんですか?」
「あそこは眠りづらいだろ」
「そんなことないです。でも…きのうみたいにねるまでついていてほしいな…」
僕も仕事があるからそうそう付き合ってられない。
「マルテルさんの羽毛はふかふかして気持ちいいよ。僕もね、50年くらい前に羽毛の中で眠らせてもらったけどすごく寝心地が良かったんだ」
「ヤツカドさまもねたことがあるんですか…マルテルさんのうもうのなかで…それなら」
というわけで、マルテルにジュンヤを預けて、やっと僕は集中して仕事に当たることが出来た。
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「じゃあバケットさん、ジュンヤは無事お返ししましたよ」
次の日は僕はジュンヤをバケットのところまで送って行った。
「ただいま。バケット」
「ジュンヤ、楽しかっタ? 問題はなかっタ?」
「うん。たのしかった! ヤツカドさまはすごくやさしかった」
「僕はそろそろ戻るけど、最後にひとつ説明しておくね。『人間』のことなんだ」
「ヤツカド様…?」
バケットが警戒してる。君にも嘘に付き合ってもらわなくちゃいけないからね。だからわざわざここで話すんだ。
「ジュンヤ、この世界には『人間』という生き物がいてね。今の僕や君にそっくりな姿なんだ」
「バケットがボクを『ニンゲン』ってよんでた…」
「うん。バケットは君が人間に似てるからそう呼んだんだよ」
「ソ…ソウなの…」
バケットも合わせてくる。よしよし。
「ボクそんなにニンゲンににてるんですか」
「見た目はね。でも人間は僕らと違って魔法も使えないし、僕らよりも脆くて弱い生き物なんだよ」
「へー。じゃあやっぱりボクとはちがうね。ボクすごくじょうぶだもん。ね!バケット!」
「そうネ。ジュンヤは丈夫ヨネ!」
「そういうこと。だからね。もし人間を見つけたら僕達に知らせて欲しいんだ。魔王様から通報命令が出てるから」
「わかりましたヤツカドさま!まかせてください!」
これでよし。こう説明しておけば万が一ジュンヤが人間を見ても動揺しないだろ。
「じゃあそういうことで。また顔を出すから。ときどきは魔王城に遊びにおいで」
「ヤツカドさま! いろいろありがとうございました」
礼儀正しい賢い子だ。今回は機会がなかったけど、これだけ礼儀正しいなら魔王様にお目にかけても失礼なことはないだろう。
君にはちゃんと魔王様への心からの忠誠を誓ってもらうつもりだからね。
「あ、あの! ボク、ヤツカドさまになまえつけてもらえたのうれしいです」
「ああ、うん。でもあんまりそれ、他の魔物に言わないでね」
「そうですね。うらやましがられちゃいますもんね」
というより、魔物は普通は自分の名前を知ってるから。僕が名前つけたなんて言ったら不審に思われるからな。
ふう。それにしても大変な3日間だったよ。子どもの世話はしんどいね…。
勇者の監視と懐柔のためだから仕方ないけど。
この件はとりあえず今回はこれで良いとして…。
僕が寝ていた4年間の穴埋め仕事はまだまだ残ってる。次は…
読んで下さってありがとうございます。
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