11 君の名は
ヤツカドさん4年ぶりのお仕事です。
昨日更新しなかったため、本日は2回更新にしました。
なんだかんだで4年分の引継ぎを終えるまで、かなり時間を食ってしまった。
状況に変化はそれほどはない。4年間の裁判事件記録も全部目を通したけれど、特に問題はなかった。
…僕の許容範囲が広すぎるというのもあるな。
誰かに仕事を任せる以上は、ある程度幅があって当然なんだ。いちいち個性的な対応を見咎めるような余裕なんてない。
4年間で観測・捕獲された人間はわずか2名。これも少ないもんだ。
直近記憶を消す技能を持つ魔物が僕の他にいないわけではないので、なんとか融通をつけて尋問を引き受けさせ、人間は無傷で解放したとの処理報告がある。
ちなみに僕の代わりに担当した魔物は四天王『嵐荊王ドリュアキナ』だ。
あいつ、鬼眼使えるんだよね。
さてと。ほぼ引継ぎも終わったことだし。次は…っと
僕は『勇者』の様子を見るために、バケットの穴倉のような家に来た。
「バケットさん、こんにちは。僕です。ヤツカドです。ご在宅ですか?」
今回はバケットはすぐに扉を開けてくれた。
「アラ、ヤツカド様。いらっしゃイませ。お身体の方はモウ良いのですか?」
「しばらく顔を出せなくて申し訳ありませんでした。もう大丈夫です。僕が動けないでいた間はご不自由ありませんでした?」
「エエ、ケルル様がよく世話を焼いテ下さいまシタ」
4年前、僕は『人間の子ども』を魔物として育てることを提案し、子どもの保護をバケットに任せた。その際に人間を育てるために必要な情報をバケットに色々伝えたんだっけ。
人間にとってはこの洞窟は暗闇でほとんど何も見えないらしいけど、例の子どもは赤ん坊のときからここにいたので暗闇でも不自由ない程度には物が見えているようだった。
それでも体調維持のためには日光に当てる必要があるので、光に慣れていない目に注意しながら日光浴をさせるようにと。
他にも、食事で肉を与えるときには火を通してから与えることなどね。
なんでも『勇者』は『死ににくい』って話だから、生肉食って腹を壊すことはないかも知れないけど…。いくら僕でも勇者の生態なんて知らないからな。
それまではヤギのような動物の乳や果物を与えていたようだ。それでもいいけど。
バケットに協力する姿勢を見せたこともあり、そろそろ信用してくれるかな?ってときに僕が寝込んでしまっていたんだ。
ケルルがちゃんと引き継いでくれたのは良かった。あいつも使えるようになったなぁ。
「バケット! ただいま! ごはん! おなかすいた!!」
そのとき、元気な子供の声が聞こえ、穴倉の住処に子どもが姿を見せた。
うん、そうだな。7歳くらい? リヴァルドと外見年齢は同じくらいかな。
リヴァルドは化けている姿だからあのまま変わりはないだろうけど、この子どもはこれからもっと大きくなるんだろう。
「こんにちは」
「…!? だれ!?」
僕が挨拶すると、その子どもはバケットを守るように僕の前に出てきた。
「こノ方は、ヤツカド様。昔おまえモ会ったことがアルよ」
「ヤツカドさま…?」
バケットは本来没収監禁されるはずの人間を取り上げなかったことや、その後いろいろ面倒を見たことで僕やケルルに恩を感じてるみたいだな。
「挨拶しなサイ、とてもエラい方なんダよ」
…別にエライことはないけどね。
個人的に僕は偉いと思うけど、身分的な話ならこの世界には身分制度を作った覚えはない。ちなみに魔王様だけは別格。
まあ別に呼び方なんてどうでもいい。
様でも先生でも殿でもなんでも呼んでくれ。
「はい…。はじめまして、こんにちは? ボクはニンゲンです」
は!?
「ちょっと君…、名前が『ニンゲン』なの? まさか!」
「なまえ…? バケットはボクをそうよぶから…」
「…バケットさん…」
「だ、ダメだったカシラ…?」
「ダメに決まってますよ! この子は『魔物』なんですよ!」
「そ、そうデスね…」
これからこの子はバケット以外の魔物に会うことになるだろうし、そのときに『ニンゲン』なんて名前でどうすんだよ。ただでさえ外見は人間そのものなのに、名前まで『ニンゲン』じゃ誤魔化しようがないぞ。
ケルル!おまえ知ってて放置してたならテキトー過ぎるぞ!
あ、いやケルルもまだむちゃくちゃ若いからな…。
「アノ…、ではこの子に名前を付けて下さいまセンか…? ヤツカド様」
「え…?」
…名前…。
なぜ僕はネーミングセンスがないとしつこく言っているのに、こんな巡りあわせになるんだ? 僕が名前つけないといけないの?
「えーと…、君、何か自分の名前にしたい候補とかないかな?」
「なまえ…? ニンゲンじゃダメなら…、じゃあヤツカドさまのなまえください。ケルルさんでもいいです」
「あのね…。名前ってのは他の個体との識別のためにつけるものなんだよ。だから他の魔物と同じ名前だと混乱するからダメなんだ」
不可抗力で同じ名前がダブることもあるけど、それは仕方ないとして。
本人に名前の候補なんてあるわけないか。
これが魔物だったらね。魔物は生まれたときに自分の名前を知っているらしいから。
…そういえば僕も生まれたときに『僕は八角』って魔王様に名乗ったんだ。自分でも気が付かなかったけど、僕って思ってた以上に魔物っぽかったんだな。
「じゃあ、君の名前は『ジュンヤ』でどうかな」
僕は既に名前を考える努力を放棄している。
この名前は人間だった頃の僕のいとこの名前だ。
「ジュンヤ…、ボクそのなまえすきです!」
「それは良かった。じゃあ今日から君はジュンヤって名乗るようにね。『ニンゲン』なんて言っちゃダメだから」
「わかりました。でも『ニンゲン』ってわるいことばなんですか?」
「悪い言葉ではないけど『ニンゲン』を好きじゃない魔物はいるからね」
「そうなんですか…」
「それと、ジュンヤ。君、何日間か僕のうちに泊まりに来なさい」
「それハ、どうイウことデスか!? ヤツカド様…」
バケットが動揺している。ああ、そうか。
「別にジュンヤをどうこうするつもりはないんだ。ただ学校に行く前に少し学習の進み具合を見ておこうと思って」
一応、ケルルがそれなりに勉強は見ているとは言っていた。だからだな。言葉遣いはバケットよりもずっと流暢だ。
だけど、ジュンヤはやっぱり人間だからね。
しかも『勇者』? ともかく注意しておくにこしたことはない。
「ボクが、ヤツカドさまのうちに…ですか?」
「そうだよ。僕のうちは魔王城の中だから、いろいろな魔物達に会えるよ。魔王様にもお会いできるかも。とても美しい方なんだ」
魔王様のことを思い出すだけで、僕はなんだか顔が緩くなっちゃうな。
「魔王さま…ですか」
おっと。勇者と魔王って会わせちゃいけなかったりしないよな?
ま、大丈夫か。まだほんの子どもだし。
「イヤかな?」
ジュンヤはバケットに目を向けた。バケットが消極的なのを察したんだな。賢い子だ。
「無理にとは言わないよ。ジュンヤはまだ小さいからね。面倒を見ていたバケットと離れるのは怖いだろう」
「こわくなんてないです!」
チョロいな。
「そんな心配しなくて大丈夫。心細くなったらすぐに帰ってもいい」
「な、なりません!」
というわけで僕はその日、ジュンヤを魔王城に連れて帰ることになった。
大丈夫、何も心配はいらない。
僕が立派な魔物に仕立ててあげるからね。
3歳の子供は7歳になってました。
読んで下さってありがとうございます。
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すでに完結まで執筆済ですが、今からでもぜひぜひっ




