10 忙しいと時間ってあっという間
寝起きのヤツカドさんです
うっかり予約投稿ミスで昨日投稿し損ねてしまいました。
どうやら僕は死なずに済んだみたい。でも随分眠ってしまったようだ。
どれだけ時間が経ったんだろう。仕事に支障が出ていないレベルだといいんだけどな。
今までも数日意識がなかったこともあったけど、その程度ならクイ達がうまく回してくれるのは実証済みだ。
ここは、僕の自室。特に変わった様子はないな。
僕は八足の姿のまま眠っていたみたいだね。
今回は夢は見なかった…と思う。
いや、あれは夢かな? 現実だったのかな?
魔王様は…近くにはいないみたい。
体調は、うん。別に悪くないな。特に怠いということもない。
いつもなら魔王様に召し上がっていただいた後は疲労感が凄いんだけどね。
僕は八角人志の姿に化けた。
まずは法律事務所に行って仕事の進行状況を確認しておこうか。
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八角法律事務所の扉を開くと、いつもと変わらない活気に満ちていた。
『変わらない』? いや、なんだかちょっと違う気がする。
なんだ?
「クイ」
僕はそこにいつも通りのクイの姿を見つけ、声を掛けた。
クイは肩を一瞬ビクリとさせ、こっちを振り向いた。
「ヤツカド…?」
「うん。なんかまた長く寝てたみたいで…」
うわっ
クイが力いっぱい体当たりしてきた。こいつ結構力持ちだから痛いな。
「や、ヤツカド、ヤツカド!!」
そして今度はぎゅうぎゅうに締めてくる。
「ヤツカドさん!!!」
今度はケルルか。
こっちは後ろからか!
僕は今、化けてる姿で脆いんだ。もっと優しく扱ってくれよ。
「ヤツカド、オレ、おまえが目を覚まさない間、ずっと頑張ったんだぞ! ヤツカドが『情報が必要』って言ってたから、そりゃもうあらゆる手段で情報を集めて、いつかヤツカドに見てもらおうって…!!」
「僕の留守中頑張ってくれたんだな。でもそんな長い間留守にしてたかな」
「4年だぞ!」
…マジ?
僕、4年寝てたの?
うっそお。
「ヤツカドさん、もうお身体は何ともないですか!?」
ケルルもなんだか涙目になってる。マジに4年? ホントに? 大体、こいつら見た目も全然変わってないしなぁ。年月を感じるものが全くないんだけど?
「身体は好調だよ。何も問題ない」
「そ、そうですか…。良かったです…。ヤツカドさん、4年前は身体が半壊状態だったですよ! アレで生きてるのが不思議なくらいだったです!!」
半壊だったの? 僕の身体…。
そういえば足とか尻尾とか塵になった記憶が…。
「ええと…魔王様は、お変わりなかったかな?」
「魔王様は仕事すっげえ頑張ってた! とりあえずヤツカドが肩代わりしてた仕事はほとんど全部魔王様が済ませてたし!」
あああああ…。
やっば。僕が増やすだけ増やしてしまった仕事が結局魔王様に被さってしまったと…。
これは早く引き継ぎしなくちゃ。
でもその前に…。
僕は法律事務所の資料棚に向かった。
最初の頃の資料を確認するために。
この世界に来たかなり初期から、僕は自分の備忘録として記録をつけていたんだ。それを確認すれば…。
…。
ええと、僕が生まれてから、今まで…
「51年…?」
忙しく仕事に追われている間に、かなりの時間が経っていたと思ったけど。
僕が八角人志として送った人生をとっくに超えてる年月、こっちで働き続けてきたってことか。
4年どころで驚くものでもなかったな。
魔物って見た目がほとんど変わってないから、時間の経過の感覚がないんだ。
そっかー。僕はこっちではもう51歳なのかぁ…。
弁護士的に言うなら若手ではなくて中堅ってとこかな?
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「魔王様、ヤツカドです」
僕は魔王様の執務室のドアをノックした。4年前は執務室には顔パスで入室してたんだけど、久しぶりだから驚かれるかも知れないしね。
ドアを内側から開けたのは、やっぱり全く以前と変わらない姿のマルテルだった。
なんかホントに4年経ったっていう実感が湧かないなぁ。
「ヤツカド!! 良かった!! 久しぶり!! ちゃんと目を覚ましてホント良かった!!」
「…あれ? マルテルさん、なんか発音キレイになってません?」
「そりゃあね! ポクだって日々進歩してるんだよ!」
やっとちょっとだけ変化見つけたかな?
「今は魔王様はお留守だけど、多分すぐ戻るから中で待つ? ヤツカド、起きたばっかりなの? お腹空いてない? 何か食べる? もちろんポク以外ね」
「腹…」
空いてないはずはないんだけど、寝起きだからまだあまり胃が動いてないっぽい。
「今は大丈夫です。後で外に食べに行きますよ」
「そっか~。でも良かったね! 魔王サマもすっごい心配なさってたよ」
「それは申し訳なかったなぁ…。早くお会いして謝りたいよ。いつ頃戻られるかな」
「すぐだと思うけど…。なんならヤツカド、先にゴハン食べに行ったらどお? 魔王様が戻ったらヤツカドが目を覚ましたことを伝えておくから」
「そうか。それもいいかもね」
お言葉に甘えて先に食事を済ましてしまうことにしよう。
僕は城を出て洞窟の出口に向かった。途中会った魔物達みんなから声を掛けられたよ。やっぱり僕が4年間眠っていたのは本当だったみたいだな。
魔物は4年じゃ変わらないけど…そうだ。勇者の子どもがいたっけ。3歳くらいの。
あの子は変わったかな?
八足の姿で密林まで歩いたので、それが胃を刺激したのか空腹を感じてきた。
さてと。ゴハンをいただきますかね。
でも胃がビックリしたら困るから最初は少しずつ食べよう。
やっぱり鬼眼は便利だな。次々に獲物を捕らえることが出来るよ。毒針を使うまでもない。
肉、肉。ジビエ。いただきます。
美味しいな。空を飛ぶ鳥、あれは魔物じゃないな。鳥もおいで。
鳥も美味いなー。
まだ胃に入るけど、病み上がりのようなので少し休もう。
そう思い、八足を伸ばして地面に転がっていると…
「もういいか?」
魔王様の声だ!
「どこですか? 魔王様?」
周囲を見回す。
30メートルほど距離を置いて魔王様のお姿を見つけた。
なぜか魔王様のお声って、遠くからでもよく響いて聞こえるね。
「いつからいらっしゃったんですか?」
「少し前だな。食い終わるのを待っていた」
「そんな、気にせずお声を掛けて下さればいいのに」
僕が魔王様に近寄ろうとすると、魔王様は音もなく後ろに下がってしまわれた。
・・・・・。
クイやケルルみたいな熱烈歓迎はさすがに期待できないにしても、これはちょっと寂しいな。
「魔王様、もう少し近くでお顔を見せて下さい」
「ヤツカド、本当にすまなかった」
「魔王様がなぜ謝るんです。それより僕が謝らなくちゃ。僕が寝ている間、ほとんどの仕事を魔王様にひっかぶらせてしまったって聞きました。こんなのはあってはならないことです」
自分に何かあってもクライアントに迷惑が掛からないよう、優秀な弁護士であればそれ相応の準備をしておいて当然だった。全く準備をしていなかったわけじゃないけれど、それでも不十分だったことは違いない。
「何を言っている。全部私の責任だ」
「僕を召し上がっていただくことは僕も望んだことですから魔王様が責任を感じることではありませんよ」
「ヤツカド、私はおまえを一度殺してしまった」
「生きてますよ」
「殺したんだよ。生命を食いつくして」
「またまた。生きてるじゃないですか」
「私が我に返ったときには、既におまえを全部食いつくし、おまえの身体は崩れ落ちていった」
「…えっと、じゃあなんで僕、生きているんです?」
「おまえの身体が全部崩れる前に…そして私が生命を体内で消化してしまう前に、吐き出して戻したんだ」
んんんん…?
「そんなこと、あり得るんですか?」
「私も必死だったからな」
ちょっと信じられないことだけど、魔王様が仰るのであれば信じるしかない。
「おまえは、ちゃんと約束を守って抵抗したというのに、私は…どこかで抵抗を喜んで、その抵抗を制圧することを楽しんで、おまえを貪っていた。私はおまえの主だというのに」
うーん、よく分からないけど、とりあえず抵抗すると喜んでいただけるというのは間違ってなかったということか。
「ま。別にいいですよ。過ぎたことですから」
弁護士として仕事をしていれば、クライアントに裏切られることはよくあること。
だけど本人がそれを悔いているのならそれ以上は責めても仕方がない。
やってしまったことは仕方ない。過ぎたことは変えられないんだから。
僕のように有能な弁護士はこれからどうリカバリ出来るかを考えるものなんだ。
クライアントとの間に『信頼関係』さえ保っていられるのなら、小さな過ちを水に流すくらいなんてこともない。
それに僕は別に魔王様の過ちだとは思っていないしね。
実際、僕がちょっと油断してたんだ。自分ではかなり成長したつもりだったから。
でもまだまだだったってわけ。
「魔王様、お願いですからお仕事の引継ぎをさせて下さい。もっと近くにいらして下さいよ。少しここで打ち合わせして行きましょう?」
「ヤツカド、私が今、何を考えているか分かるか?」
「え? 『僕が目を覚まして良かった』、とかですか?」
「おまえを力の限り抱きしめたい」
魔王様が本気を出して僕のことを締めちゃったりしたら…
「多分、死ぬと思います」
「だろう? もう少し冷静になるまで距離を置かせてくれ」
魔王様の一部になるのも悪くないと思ったけど、やっぱり魔王様とこうやってやり取りしているときの楽しさは失いたくないもんだね。
読んで下さってありがとうございます。伏せていた年月の経過をやっと数字で出しました。
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