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8 支配の理論

魔王様のお名前がやっと出せました


 魔王様の名前は『ネフェルティティリアネス』


 なぜかよく分からないけど、その名前を知ることになった。


「もう長く誰にも呼ばれていないから驚いた。

 ヤツカドはどこから聞いたんだ?」


「え? 知りませんよ。

 魔王様がご自分で今おっしゃったんじゃないですか」


「違う。ヤツカドが叫んだんだ」


「ご冗談を。

 僕、魔王様のお名前なんて存じ上げてませんでしたよ。

 でもステキな名前です。

 その名前で呼んでもいいですか?」


「ダメだ」

「残念です。でもお名前は僕の記憶に宝物としてしまっておきますから」


 ちょっと話が食い違ってしまったけど、僕も寝起きだからな。

 切り替えなくては。


 僕は八角人志やつかどひとしの姿に化けた。

 これじゃないと仕事が出来ない。


「さてと。魔王様、もともと用事があっていらしたんですよね?

 そっちの話に戻りませんか?」


 用事があっていらっしゃったのに僕が疲れているのを見て、急遽きゅうきょリラックスタイムを設けてもらったんでした。

 なんというお心遣い……。感激ですよ僕。


 と言ってる場合じゃない。


 魔王様が僕の自室にいらしての話となると、あまり他の魔物に聞かせたくない話の可能性もある。


「先日うちうちに報告を受けた、人間の子どもを育てている件だ」


「ああ、それですね。

 確かにこれはあまり大きい声では話せません」


 僕は、あの子どもは魔物として育てようと提案してあった。

 ちょっとしたモデルケースとして考えていてね。


「私も念のためにその子どもを見に行ったんだ」

「え? 魔王様が直々に?」


「おかしいとは思わないか?その子ども。

 3年ほど前にひとり密林の奥に置き去りにされていて、周囲には他に誰もいなかったんだろう?」


「ええ。バケットの話では、周囲に人の気配は全くなかったと」


 バケットの長い耳は伊達じゃないらしく、かなり広範囲で物音を聞き分けられるそうだ。

 そのバケットが『周囲に人の気配はなかった』と言うならそうなんだろう。


「ということは、赤ん坊が置いておかれてからそれなりに時間が経っていたはずだ」


「……そういえばそうかも知れませんね」


 それは考えていなかった。

 僕としたことが……。

 赤ん坊はどれだけの時間おくるみに包まれた状態で泣いていたんだ?

 泣いている赤ん坊を獣が襲っても全然おかしくはない。


「人間の赤ん坊など、普通はとても弱いものだ。

 なぜ生きている?」


「誰かが助けていた?

 それともその赤ん坊は罠だったと?」


 といっても、あの赤ん坊を使ってどう罠を張るというんだ。

 発見したのが肉食の魔物だったなら食われてもおかしくなかったはずだし。

 魔物が保護するなんて考えないはずだ。


「私がその子どもを確認した。

 理由は分かっている」


 え? 分かってるの?

 

「あの子どもは『勇者』なんだ」



 ええと…。『勇者』については以前魔王様から伺っていた。


『人間の中には特殊な才能を持つ者がいて、そいつらはどうやら『死ににくい存在』で、そういう人間は『勇者』と呼ばれる』と。


「マジですか?」

「マジなんだ」


 うわぁ。そんな中二病設定、本当にあるんだ……。


「あの子供は『勇者』だったから、赤ん坊で長時間放置されていても生き延びたんだよ」


 どういうことだろう。

 人間は『勇者』を捨てた?

 勇者と知っていて捨てたのか、それとも知らずに捨てたのか。

 まさかあの歳で魔物退治に出されたってことはないよな。

 いくら勇者とやらでも、ある程度は育たないとダメだろ……。


「勇者であれば今のうちに殺してしまった方が良いだろうと私は考えている」


 魔王様、あなたは本当に美しくて聡明で、そしてかわいい方だ。

 そんなところが本当に僕は好きでたまらない。


「そう思うのでしたら、なぜすぐに殺さなかったのです?」

「ヤツカドの意見を聞きたかった」


 多分、魔王様はあのような小さい生き物を殺すことに逡巡しゅんじゅんを覚えたのだと思う。

 勿論、必要であれば容赦なく殺すことの出来る方だけど。


 だけど、僕が合理的な反論を出す可能性を考えてらしたんだ。

 ご期待いただけている以上、僕はこれに応えなくちゃね。


「僕は、殺すべきではないと考えています」

「なぜだ。慈悲か?」

「まさか」


 まさかですよ魔王様。

 僕にはそんな気持ちはこれっぽっちもないんです。


「ねえ、魔王様。僕は以前人間との関係で『交渉による和平・同盟の可能性』について話させていただきました。

 ですけど、実はもうちょっとだけ踏み込んで考えているんです」


「言ってみろ」


「『支配』の可能性ですよ」


 僕は、魔物が人間を支配する可能性について考えている。

 これもまた、魔物世界が末永く続くためのひとつの道だ。


「支配? それは戦争を前提にしなければならないのではないか?」


「一般的なイメージはそうでしょうけど。

 しかし戦争を手段として力で押さえつけるような支配のやり方は長続きしません。

 では安定して長く続く支配って、どんな形だと思いますか?」


 魔王様のお答えを待たずに僕は続ける。


「支配されている側に、支配されているという自覚のない支配です」



 支配される者は、その待遇に不満を抱けば反発する。

 内乱が起こり、革命が起きる。

 他国の支配であれば戦争が起きるだろう。


 だけど、民主主義を見れば分かるだろうけど、ひとは『自分には人権がある』『生きる権利が保障されている』『代表者を選挙で選ぶ権利が自分たちにある』と思えば、自分が支配される側だなんて思いもしない。

 全ての国家行為の責任は自分にあると納得しやすい。


 他国を支配するときにも同じこと。

 形の上では支配された国の国民にも権利を与える。自治権を与える。選挙権を与える。多様な文化を認める。


 ここぞというときに外交で圧倒的に不利な関係があっても、支配されている国の国民は気が付きもしない。

 むしろ目を背ける。

 それどころか自分たちにとって有益な同盟関係だと信じ込む。


 こんなに便利な支配はないだろう。

 武力で抑え込むよりも支配コストが格段にかからない。


「ヤツカド、おまえは恐ろしいことを考えるのだな」


「とんでもありません。

 これは単に前世の知識の披露でしかありませんから。

 この手の話は僕じゃなくて多分すごいサイコパスの人が考えたんですよ」



 もちろん、学術書にはそんなことストレートには書いてない。

 だけど、僕は学べば学ぶほどそう読めてきていたんだ。

 法制度は頭の良いサイコパスが作ったと。

 極めて冷酷で合理的。

 そして一見、とても優しい。



「ですからね。

 人間を殲滅するよりも良い手が打てるんです。

 勇者ですか? それも良い手駒になるでしょうね。

 いろいろ使い道はあるけど、本人だって自分を捨てた人間よりも魔物の方に愛着を抱いてくれるかも知れません。

 せいぜいかわいがって大切に育ててやりましょうよ」



 勇者とやらが恐るべき存在であるならなおさら、利用するのが得策。


 優しく優しく、本人が喜んで僕たちに従うように……。


「なるほど……」


「これが僕の『勇者』を殺すべきではないと考える理由です」

「わかった。もっともだな」


 どうです? 魔王様。

 僕はあなたの期待に応えられていますか?


 魔王様は僕の反論を聞いて嬉しそうで、そんな様子を見られて僕も嬉しくてたまらない。


 それにしても魔王様は反論されるのお好きなようです。



 ということは、僕を召し上がっているときにも抵抗すると喜んでいただける……?






勇者出てきちゃいました。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマも評価も感想もとてもとても嬉しくて…。

そのおかげで完結まで書き上げられました。

あなたのおかげです。

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