5 長らく閉鎖していた法律相談窓口を開放しました
3章で開業早々窓口を閉めちゃった八角法律事務所でした。
八角法律事務所は開業当時、あまりに多忙だったものだから窓口は早々に閉めていた。だけど、そろそろ窓口を開けることにしたよ。
多忙なのは変わらないけど……。
社会化に伴い法律も増えてきたし、やはりちゃんと魔物達が相談できる窓口は必要だ。
何より魔物世界の社会化のためにも魔物達に法的な手段で紛争を解決する習慣を持たせたかった。
八角法律事務所が魔王城内に設置されていることもあり、通常の法律事務所というよりは市民のための相談窓口的な役目も果たしている。
刑法も民法もだいぶ条文が増えたと思う。
といってもまだまだ僕の元いた世界には全然及ばないけど。
基本中の基本の条文くらいは備えたかなってところ。
罪種としては、殺害の他は、傷害、強盗、窃盗、内乱、外観誘致、建造物破壊、逮捕監禁ってとこ。
基本的には粗暴な犯罪ばかりだ。
詐欺のような知能犯はまだ少し早いかと思うので保留中。
民事法の方はかなりアバウトで不法行為法だけになっている。
まあ元々民法ってアバウトな法律だから。
刑罰を科すわけじゃないからそこまで厳密にしなくてもいいんだ。
基本は争う当事者の仲裁なんだし。
まだまだ簡素なものとはいえ、法律が増えたということは、理解できない魔物達が出るのは仕方がない。
法律は国が国民に対して行う命令でもあるんだから、その命令の内容を理解できるように説明することは法を守らせるために必要なこと。
その努力もしないで一方的に法律違反を処罰したり規制したりすれば、法や国家への信頼が損なわれてしまう。
その『信頼』こそが国家統治の要だという話は以前にもしたね。
幸いうちの法律事務所のスタッフも増えたことだし、窓口開放後もなんとか対応している。
弁護士は相変わらず僕ひとりだから心元ない部分もあるけど、最近はようやくOJTをやっている中から使える人材も出てきた。
そろそろこいつらに準法曹資格みたいなのも付与してもいいかな。
窓口業務の主な内容は『法律相談』で、大学における『法律相談部』方式で回すことにした。
つまり法律を学ぶスタッフが相談を聞き、その中で法的アドバイスが必要なものを僕に回してもらうというもの。
実際『法律相談』の名目であっても法律ほとんど関係ない相談も多いんだ。
本当なら全件僕が見るべきだとは思うんだけど、さすがにちょっと忙しすぎて無理……。
これからラヴァダイナスに出張に行く必要があるから、その準備もしなくちゃな。
などと執務室で考えているところにケルルがノックして入ってきた。
「ヤツカドさん、法律相談の案件で見ていただきたいものがあるですが」
「どうぞ。ちょうど今キリが良いところだから」
ケルルは最近はクイに習い、上半身にジャケットを羽織った格好に化けるようになった。
下半身は相変わらず蛇のままなので、下はちょっと合わないだろうな……。
こいつもだいぶ使えるようになった。
今は法律相談の窓口担当業務の指揮も行わせている。
そうそう。ケルルの成長期はまだだけど、最近飛べるようになったみたい。
今までは羽は飾りのように動いているだけだったんだ。
飛べると言ってもあまり飛行能力は高くないので、今のところ使いどころがないな。
自分の経験からケルルの成長期を警戒してるんだけど、まだ迎える様子はない。
「これです」
ケルルは石板を僕に渡した。
紙はまだまだ貴重なので無駄には使えない。
相変わらず石板を何度も削って使っている。
「説明するです。
相談者の話では、近くに住む魔物がすごく付き合いが悪くて滅多に住処から出てこない。
ちょっと気になって様子を見に行ったところ、住処に何かを閉じ込めている様子だと。
これは『監禁』なんじゃないかというですよ」
犯罪の告発ということか。
「告発なら、警察に届けてくれと言う話じゃないか?」
折角警察機構も作ったことだしね。
「ぼくもそう思ったです。
でもハッキリしないから警察は嫌だということで、実はですね。
うちのスタッフが見に行ったですよ」
なんだ、うちのスタッフ、なかなかアクティブじゃないか。
僕は基本的には相当問題行動を起こさない限りは、スタッフの裁量に任せている。
この程度は許容範囲だし、むしろ自主的な行動は悪くない。
それに親身になってくれる法律事務所のスタッフに、相談者は好感を持ってくれるかと思うし。
ただ、それが標準になってしまってもクレームの元なので、そこは注意が必要だけど。
「で?」
「スタッフが言うには、その『閉じ込めている』モノってのが、ひょっとするとですけど『人間』なんじゃないかって……。
このことはまだ担当スタッフとぼくしか知らないです」
……人間?
法律的に言うなら監禁の保護法益は『魔物の身体の自由』なので、人間を閉じ込めても『監禁罪』には当たらない。
それよりも問題なのは、人間を捕獲したら通報義務があるんだ。
魔王様の命令により。
別に罰則は設けていないけど、とにかく人間を捕獲したとなれば身柄を引き受けなくちゃ。
「台帳と照らし合わせたですから場所は分かるですよ」
「なるほど分かった。
じゃあ僕が見に行くよ」
「ならぼくが案内するですね」
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僕はケルルに案内されて魔王城を出て洞窟の奥に進んだ。
またこれも魔王城から離れた場所だなぁ……。
比較的ヒト付き合いの悪いタイプは、魔王城から距離を取って生活することが多いようだ。
セバダンもそうだし。
「ここです」
住民台帳に記載された通りの場所に、その住処はあった。
入り口にドアのようなものがあるだけで、窓も何もなく住処自体が地下に潜っている。穴倉のような家だな。
資料によれば住んでいる住民の名は、えーと『バケット』か。
「こんにちは。バケットさんご在宅ですか?」
僕はドアをノックしてみた。
少し待つと、中からドアが開かれた。
ほんの数センチだけ。
「ダレ……?」
「どうも。僕は魔王様の顧問弁護士のヤツカドと申します。
ちょっとお話良いですか?」
「悪いケド、バケットには用はナイノよ」
そう言ってドアを閉めようとした。
僕は開いていたドアの間に素早く足のつま先を差し込み、少しだけ強引にドアを開けた。
「何スルノ!?」
「すみません。お話だけでも聞きたいんですよ。
中に入りますね」
幸い、住居侵入や不退去罪はまだ設定していないからこれは罪にはならない。
これらをまだ罰則に入れていないのは、わりと他人の家に無断で入っちゃう風土があったからなんだけどね。
この魔物世界はまだそれほど『個』の概念が発達していないんだ。
バケットは特に無理に僕らを押し返そうとはしなかった。
あまり力自慢な魔物ではないんだろう。
下手に力自慢の連中はすぐに力でものを押し通そうとするからねぇ。
「ス、すぐ出テ行って」
バケットは全身毛だらけでモコモコしている。
耳だけウサギのように長いな。
表情はよく分からないけど、焦っているようだ。
「実は、バケットさんが何かを閉じ込めているという通報があったんですよ。
事実確認のために来ました。
いかがですか?」
「知らナイ……」
そのとき、穴倉の部屋の奥で物音がした。
「誰かいるんですか?」
「出ちゃダメ……」
バケットは止めたようだが、その『何か』は自ら姿を現した。
小さな、人間の子ども……。
まだ3歳くらいかな。
「なんですかその小さい生き物は」
ケルルが目をキラキラさせて見ている。
そうか。ケルルはまだ人間を見たことなかったっけ。
その子どもはバケットに駆け寄ると、そのモコモコした毛に身体を半分ほど埋めて抱き着いた。
知らない魔物が入ってきて警戒してるんだろうな。
「形はヤツカドさんみたいですけど、ずっと小さい!」
「うん。これは人間の子どもだね」
「……バケットさん、これは?
どこから連れてきたんです」
人間の子供を浚ったとなると大問題だ。
大事件になりかねない。
「森に落ちテタノ」
詳しく事情を聴いてみたところ、どうやら赤ん坊が森にひとりで置いてあったということだ。
それをバケットが偶然見つけた。
バケットは肉食ではないから興味がなかったようだったが、そのままにしておくと野生の動物に食い殺される。
哀れに思い家に持ち帰ったと。
バケットは人間を見たことがなく、こんな小さい生き物とは考えもしなかったので、拾った当時は『人間』だとは思わなかったと。
それから3年ほど飼育してみたところ、段々大きくなっていって、これはひょっとして?と思っていたということだ。
3年経っても特に捜索隊が入っていないところを見ると、その赤ん坊は捨てられたんだろうな。
「ヤツカドさん、どうするですか?
没収して持ち帰るですか?」
「うーん……」
こんな子ども、牢屋に監禁したら生きてられないだろうなぁ。
「この子、処分しないデ……」
バケットが懇願する。
様子を見る限り、多分ちゃんと育てているようだし。
「わかりました。バケットさん、しばらくは引き続き面倒を見ておいて下さい。
でも何か問題があったら必ず八角法律事務所に連絡して下さいよ」
別に放置するつもりはなかったけど、ここで下手に今後の措置について言及してしまうと、バケットがその子供を隠すなり逃がすなりしてしまうかも知れない。
それはちょっと避けたいので、今は見逃したように思わせておく。
万が一その子どもが人間社会に戻ったとしても、まだその年齢なら魔物の存在を言い広めたり出来ないだろうと思うけどね。
それにしても……捨て子かぁ。
殺すつもりだったんだろうなぁ……。
そういうことはしない方がいいと思うよ。
下手にサイコパスな魔物に拾われたりしたら、いいように利用されてしまうかも知れないじゃないか。
読んで下さってありがとうございます。
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感想、宝物です。
この先、色々展開していきます。
お楽しみいただければ幸いです。




