4 交渉術
クイ達が聞き取りを行って報告書の形にした『人間の棲息状況についての報告書』に目を通していた。
調査班では野犬や鳥のような外見を持つ者が調べているので、分かるのは外観だけ。それでも色々なことが分かってきた。
ある程度人間のまとまっている集落の位置が分かっている。
どうやら文明の中心地はもっとずっと遠い場所のようで、僕らの住む密林に近づいているのは猟師などを生計の手段にしている者達のようだ。
文明の程度を知りたいけれど、ちょっと場所が遠すぎるな。
八足の姿ならかなりのスピードで移動出来るけど、そんな目立つことは出来ないし。
どんな国家形態になっているのか。
教育水準はどのレベルなのか。
人口はどれほどか。繁殖力の程度は?
主要産業は? 文明水準は? 戦力は?
過去に捕らえた人間の尋問をしたけれど、あまり重要な情報を持っていなかった。
ただ日々を暮らすことくらいしか考えていないような感じだな。
もっと中枢に棲む人間なら重要な情報も持っているだろうけど、そんな人間はそうそう出てこないだろうしなぁ。
人間の文化的程度については、いろいろ想定している。
出来れば、知的水準が高い方がいい。
知的水準が高い方が、確かに敵として考えるなら手強いと言えるかも知れないけど…。
僕の経験上で言うなら、知的水準が高い相手の場合は『合理性』で話が付くことが多い。
民事事件で弁護士をつけず、自分で訴訟を追行することを『本人訴訟』と言う。相手側が本人訴訟である場合、弁護士を付けている側に有利かと言うと実はそんなことはない。
相手にとっても損のない和解案を提示しても、相手が『本人』である場合、何が有利で何が不利か分からないので、まともに話し合いにならない。
例えば、裁判でこっちが圧倒的に有利だったとする。
判決が出ればこちらが確実に勝てるような場合。
相手にマトモなブレーンがいるなら、裁判で徹底的に負けるよりも条件の良い和解で終わるのならそっちの方が得なんだ。
そしてこっちとしても、相手を裁判で徹底的に負かせても、判決が出るまでは日数もかかる。
裁判で勝訴しても執行手続など面倒くさいことが続く。
だったら、少しくらい相手の有利な方向に譲歩しても、早く終わらせて相手から任意の履行を受けた方がメリットが高い。
弁護士が双方についていると、合理的な考え方で互いに比較的満足度の高い解決が図れる。
ところが『本人訴訟』はそうはいかない。
特に知的的水準が低い相手の場合は『死なばもろとも』な戦法を取ってくるから厄介だ。
どこかの国のどこかの戦争を彷彿とさせるような、譲る気のない相手。
そうなるとこっちとしてもやる以上は徹底的に最後まで叩くしかなくなる。
そんなことは本当は面倒くさいからやりたくないのにね。
こういったことは色々な交渉の場面で起こりうる。
交渉術を学んだ僕に言わせると、相手が『知的』で『冷静』な状態であるということはこちらにとってもメリットの高いものなんだ。
交渉論については僕も一家言あるから、熱く語りたいところだけど、今は話を戻そう。
人間が魔物を駆逐しようとするのは、魔物を『社会性のある知的な存在』と考えていないからだ。
偏見に凝り固まっていれば、その認識を変えるのは難しいかも知れない。
けれど、もしも魔物が『社会性ある知的で文化的な存在』であり、互いに交流があることが相互に利益を得られると合理的に考えられる交渉相手であるなら……。
魔物と人間の衝突は避けられるかも。
僕が魔王様に『魔物の社会性向上』をご提案したのは、組織力による戦力強化の目的もあるけど、国家として対等な土俵に立つためというのもあったんだ。
だけど『社会性』だけでは足りない。
対等の交渉相手になるためには、ときに『軍事的な能力』もまた対等関係にあることが必要となる場合もある。
別に完全に対等である必要はないが、手を出した方が自分も無傷では済まないと言える程度の『実力』は備えている必要があるだろう。
もしも人間のトップにいる者が、それなりに合理的な存在であれば、衝突よりも和平を望むはずだ。
そこでもやはり、相手側の知的な水準が問題になってくる。
魔物の社会については、僕がすっごく頑張って『社会化』を推し進めてきたつもりだから、まあまあ良いレベルに至っていると思うんだけど……。
相手のレベルを知らないと何とも言えないな。
とにかく今は調査だ。もっと詳しい情報が欲しい。
やっぱり僕自身が実地に赴く必要があると思うけど……。
僕は無謀なバカではないので、しっかり計画は立てている。
その計画に沿って進めるつもり。
そのタイミングを待っている。
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「というわけで、今日あたり僕のこと召し上がりませんか?」
魔王様の自室、ベッドに座る魔王様の膝枕で甘やかされながら持ち掛けた。
こうして硬い魔王様の膝枕で甘やかされるのも悪くないけど、やっぱり魔王様に召し上がっていただきたい。
「すまない、なにが『というわけで』なのか分からなかった。
先ほどまで私は『計画』とやらの話を聞いていたような気がするんだが」
「ですから計画によると、次の段階は適当な人間を捕獲したときに実行するわけですよ。
でもそうそう都合よく人間を捕獲するわけじゃないですからね。
今までも年に1度あるかないかくらいのペースでしたし、ゆっくり待ちましょう」
「そうだな」
「で、待っている間の時間を有意義に使うべきだと思うんです。
僕のキャパシティ上げるのも良いと思いません?」
「そう来るか」
「魔王様に召し上がっていただいてボロボロになった後に回復すると、僕がパワーアップするじゃないですか。
計画実行前に資本となる身体を鍛えるのは大事だと思うんです。
やはり健康あっての仕事ですからね」
「ヤツカドがボロボロになっている間の仕事の非効率化についてはどう思う?」
「有事においては避けたい事態ですね。
だからこそ今のように平穏な時期に済ませておかないと」
お。魔王様が黙られた。
そろそろ打ち止めかな。
魔王様も僕の詭弁に反論するようになってきましたけど、結構楽しんでますよね。
最近なんとなく分かってきたんだけど、魔王様は、僕が魔王様のご意見に反論したり屁理屈で言い負かそうとしたり場合によっては命令を聞かないときに嬉しそうなんだ。
ひょっとしてマゾかな?
いや、魔王様相手に失礼な。失言でした。
魔王様は何でも出来る方だから僕みたいなのは新鮮なのかも。
「魔王様も、僕のこと食べたいと思って下さるんですよね?
遠慮なさらないで下さい」
「遠慮? 私が?」
「……そうですね、遠慮はしませんね魔王様は」
魔王様は僕を食べて殺してしまうことを恐れている。
分かります。貴重な戦力であり才能豊かな僕という人材を失うことは避けたいんですよね。僕もそう思います。
「魔王様、僕はあなたのことを信頼しています。
魔王様が僕を食い殺したくないと願うなら、決してそんな結果にはなりませんよ。
魔王様ももう少しご自身を信用しても良いのでは?」
「信用は、出来ないな」
「魔王様ともあろうお方が自信のないことを」
「ヤツカド、以前にも 話した通り私は好意を持つほど相手を食いたくなるんだ」
「ええ、聞いてますよ。
だから僕は魔王様に好かれてるんですよね?
僕が美味しいのはそういうことでしょ?」
嬉しいです。
「だからな。あまり好意を持ちたくはないんだ」
「そうですね。魔王様は誰に対しても一歩引いてらっしゃると思います」
「困ったことに、ヤツカドを以前より美味しいと思ってしまう。
これは私が自分の『好意』をコントロール出来ていないということだ。
それで自分を信用しろと言うのは無理な話だろう」
「えっと……」
「食べるたびに前よりも美味しいと、私はショックなんだよ」
………いけない、顔が……。
「ヤツカド、そんなに嬉しそうな顔をするな。ムカつくから」
「すみません。むちゃくちゃ嬉しいですけど、僕が何かお力になれるかな」
「つまりな、ヤツカドにはもう少し危機意識を持ってもらいたい」
「はあ」
「おまえは本当に危険なんだ。
いつ私に食い殺されてもおかしくない」
「そんなに好いて下さるんですか。
臣下冥利に尽きます」
いやいやもう、ダメです僕。
魔王様、麗しくてお美しくて、それでむっちゃかわいい……。
「ひとつ約束しろ。
でなければおまえを食べることは出来ない」
「なんでしょう」
「抵抗して欲しいんだ」
それは……
「ムリです」
「私の命令に従えないと?」
「魔王様のご命令とあらば何でもやりますけど、魔王様が僕を食べているのを遮ることなんて出来ると思います?」
「ヤツカド、よく考えてみてくれ。
おまえが危険領域に来たときにちゃんと抵抗するならば、私もある程度安心して食べれるというものだ」
「なるほど……」
「ともかく『抵抗する』とおまえが約束しない限り、私はおまえを食べないよ」
テキトーに約束して『頑張ったけど出来ませんでした』って話にするのはカンタンだけど、僕は魔王様にだけは誠実でありたい。
守れない約束をしたくない。
「一点お伺いしたいのですが、もし約束してもやむなく抵抗出来なかったらどうなります?
不可抗力ということでノーカウントになりますか?」
「なんだ自信ないのか?
らしくもない」
おお、また煽られている。
うう……乗ってしまいたいけど……コレばかりは……。
本当に自信ないんだ。
だって魔王様に食べていただくの、むっちゃ幸せなんだよ?
「なにかペナルティがあった方が真剣になれるか?」
魔王様、楽しそうだな。
この交渉、どうやら僕の方が圧倒的に不利みたい。
「腹案でも?」
「約束を破った場合は、しばらく甘やかすのもナシというのはどうかな」
……ええ!?
「そ、そんな……。
つまり魔王様に僕の触肢とか背骨とか首の骨が折れるほど撫でていただけないと……!?」
「……折れるのか?」
「今は肩を脱臼してます」
「それは……悪かったな」
魔王様が僕を撫でる手を止めた。
え?なんでやめちゃうんです?
僕まだ何も約束破ってませんよ!?
読んで下さってありがとうございます。
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ほ、ほんのちょっとの感想でいいから…あ、すみません…はしたない




