2 人間への対処
「先日捕らえた人間の取り調べを終えて参りました」
「ご苦労だったな」
ここは魔王様の謁見の間。
玉座におわす魔王様の前に跪き僕は報告を行う。
最近は執務時間中は謁見の間に諮問の魔物を数名配備している。
そいつらの目があるので魔王様を称えるセリフは自粛中。
諮問機関として育成した魔物はもともとは僕の生徒だからそれほど気を使うことはないんだけど、人前で魔王様を大絶賛するのは魔王様が嫌がられるんだよな……。
讃えたいのに…。
諮問機関という名目にはなってるけど、基本的には僕や四天王と魔王様の日頃のやり取りを見て、いざというときのバックアップを行うのが役目だ。
「概要を記載した報告書をのちほど送りますが、簡単にここで説明しますね」
「頼む」
「本人の自白によると、今回は狩りに遠征していて迷い込んだ様子でした。
意図的な侵入ではないにしろ生活圏の近接がより差し迫った様子がうかがえます。
あと、魔物の存在は覚知されていないものの『ウワサ』にはなっているようです」
僕も本当に忙しいから、僕が自ら取り調べをするのではなく誰かに任せたいんだけど……。
直近記憶を消す系の魔法は特殊らしくて、今のところ僕以外に扱える魔物は数名しか確認出来ていないんだよね。
まず鬼眼が前提というのもハードルが高い。
魔法の種類によっては個人の特殊な才能に依存するものも多いみたい。
今は人間を殺したくないから、僕が受け持つのもやむを得ない。
『殺したくない』というのは、以前も述べたように、仲間を探しに他の人間が密林を暴きに来てしまう危険を冒さないためなんだけど、それだけじゃない。
もしも過去に魔王様がなさったように、近隣一帯の人間を根絶やしにしちゃう方針で行くなら、中途半端なことはしてはいけない。一気にいかないと。
下手に生き残りを出してしまうと、そこから敵対姿勢が広がり、復讐心も重なって全面的な戦争になりかねない。
やるなら人間の棲息場所を正確に把握した上で、圧倒的な広範囲で一気に全滅させないと。
しかしまだ人間の生息場所を正確に把握するには至っていない。
調査班は出しているけれど、その収穫もまだまだ一部だ。
それに僕は経験していないから知らないんだけど魔王様のお話だと、人間の中には特殊な才能を持つ者がいるらしい。
そいつらはどうやら『死ににくい存在』だとか。
そういう人間は『勇者』とか呼ばれるらしいけど……、なにそれ。
どこの中二病だよ。
僕のカンだけど、過去には多分そういう才能を持つ人間を『エライ人』がうまいこと祭り上げて良いように魔物退治に利用していたんだと思うな。
ただのカンだけど?
ともかく網羅式に滅ぼすやり方では、そういった特殊な人間を討ち漏らす可能性が高いんだそうだ。
『勇者(笑)』はキチンと個別に叩かないといけないということだ。
そんな訳で、今の時点で網羅式に人間を根絶やしにするのは現実的じゃない。
となれば、下手に対立姿勢を作らずに交渉姿勢を整えるというのも有効だと僕は考えている。
今後魔物の存在が人間社会に知られてしまった場合であっても、交渉で戦争が防げる可能性が十分あると思うんだ。
戦争を避けるために必要な要素はいろいろある。
利害関係、防衛力、それに支配者感情や国民感情など。
相手を交渉のテーブルにつかせるためには、無意味な加害で相手を怒らせてはいけない。
だからまだ対立姿勢にない状態であるのに、人間を迂闊に殺して挑発したくない。
魔王様もその点十分に弁えておられるので『人間を発見した場合は可能な限り殺さず捕らえること』という命令が魔王様より下されている。
とにかく今は調査だ。
冷静な現状分析の上で今後の方針を立てなくては。
「人間の棲息状況については調査班から順次報告が上がってますので、うちの法律事務所で整理した上で、数日中には魔王様にご報告に上がります」
大体報告を終えたので、僕が魔王様の御前を辞そうとしたところ
「ヤツカド」
魔王様に呼び止められた。
それだけで十分。
魔王様のおっしゃりたいことは分かります。
あとで魔王様の自室に来いということですね。
多分、頑張った僕に魔王様が甘やかしタイムを下さるんだ。
これも恒例になってるんです。
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魔王様の執務室の奥に、魔王様の私室がある。
執務室は最近は顔パスになっちゃって、ノックすらせずに入るんだけど、私室はさすがにそうはいかない。
「魔王様、ヤツカドです」
「入りなさい」
室内に入ると、魔王様はベッドの上で何も身に着けずに寛いでおられた。
……なんか表現がセクシーっぽい気もするけど、実際にはあまりそういう感じではない。
魔王様の胸元から下半身にかけて、闇夜に広がる銀河のような色彩のボディは、セクシーなんていう安っぽいものではない。
神々しいまでに美しい……。
そもそも魔王様は眠らないので、ベッドはソファ代わりになっている。
そして魔王様は外出時や謁見の間にいるとき以外はあまりお召し物を身に着けないんだよ。
「魔王様、僕のことを甘やかして下さるんですよね」
「ああ、そのつもりだ」
「ではお願いします」
今回はどうやって甘やかして下さるかな。
蝕肢をバキバキに折られちゃうくらいに背中をなでられるも良し、首がもげるほどに頭をなでられるのも良し……。
抱きしめられて背骨を折るのも悪くないな。
……ってなんか僕、変なヒトみたいじゃないか。
違うから。
魔王様だからだよ。魔王様が僕にして下さることだから嬉しいんだってば。
魔王様が僕の働きに満足して下さる証なんだから。
今回は、僕はベッドに腰を掛ける魔王様の足元にしゃがみこみ、膝枕状態で頭や肩を撫でていただいた。
相変わらず非常に雑な撫で方なので、しっかり魔王様の腰にしがみつかないと弾き飛ばされてしまいそう。
なんでも出来る魔王様なのに、本当にこういうの上達なさらないな……。
というか多分僕も全く文句を言わないから、こういうものだと思っていらっしゃる可能性が高そうだ。
実際文句はないけど。
あ。そうだ。
甘やかされているときに無粋かも知れないけど、ちょっとお仕事の話をさせていただこう。
「魔王様、計画通り軍隊の方も進めています。
こちらも順調ですよ」
「そうか」
「それとは別の話なんですけど、僕、人間の住む場所に行ってみてもいいですかね?」
「なに……?」
魔王様にとっては意外なことだったかな?
僕をなでる力の加減が一瞬強くなって肩を脱臼しちゃったみたい。
後で治さなくちゃなぁ。
しかし化けてる状態の僕は本当に脆いな。
もうちょっと頑丈になれるといいんだけど。
そうそう。人間の住む場所に行く話。
ちょっと以前から考えていたことだけど、魔王様にお話しするのは初めてだ。
「人間の調査に行ってきたいんです」
「しかし、それは調査班が行っているだろう?」
「そうなんですが……」
調査班は、ちょっと特殊な編成になっている。
つまり……魔物の中には鳥に似た姿の者もいれば、他の野生動物に似たタイプもいる。
一目では魔物と分からないような姿の者も結構いるんだよ。
人間の近くに姿を現しても不審に思われないような姿の魔物を集めて調査班を編成している。
下手に化けた姿で調査をさせると、それがバレたときに危険だから。
野生動物に紛れることが出来れば、相当ヘマをしなければ魔物とは分からない。
「ただ、やはりそういった連中では人間の内部にまで目が届かないんですよ。
もう少し踏み込んだ調査データが欲しいんです」
「だからヤツカドが行くと?」
「多分、僕が一番人間に化けるの上手いと思うんで」
魔物でも化けるのが得意な連中はたくさんいる。
しかし、あいつらはそもそも直に人間を見た経験がほとんどない。
だから人間はみんな同じに見えるらしい。
『知らないもの』には化けられない。
弁護士は机に向かっている職業だと誤解されることもあるけど、現地調査は弁護士の基本でもある。
必要がある以上は、顧問弁護士として仕事をしないとね。
「計画があるんです。
聞いていただけますか?」
いつも読んで下さってありがとうございます。
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法律のお話もイチャイチャも書いてて楽しい…




