1 ちょっときな臭くなってきたかな
第6章始めました。
この章では、外交・軍事について踏み込むことになります。
あと、人間とか勇者とか出てきちゃったりします。
あれからもまた毎日僕は魔王様の顧問弁護士として変わらず忙しい日々を送ってきた。
魔王様の深いお考えは僕には正直分からない点も多い。
あの日見せた魔王様の笑みは、一体何を意味していたんだろう。
僕の嘘を見破ったのか、それとも僕を変えることが出来ると踏んだのか。
それともまた別の理由があったのか。
でも別に気にすることもない。
だって『魔王様が滅びたら』なんて仮定の話なんだから。
この僕がいる限り、そんなことは起こらないわけだしね。
多忙なこともあって、そのことはすっかり僕の意識からは抜けてしまった。
忙しすぎると時間の感覚がマヒしてしまう。
どれくらい経ったんだろう。
既に暦は整備されているから、確認すれば年数は分かる。
つい面倒で後回しになっているけど。
魔物の社会化は順調だ。
住民台帳制度は整備され、魔物達の管理が容易になったのは大きい。
福祉もある程度は実施したかったところだったので、これは住民台帳制度の拡充とセットに進めることにした。
つまり台帳の管理下に入ることにより福祉が受けられるというメリットを設けることにより、魔物が進んで台帳の管理下に入るように制度を設計した。
福祉と絡めて、教育制度も実施した。
その結果魔物全体の教育水準は大幅に上がっている。
それに応じて法制度も順調に整備されつつある。
法律は社会を映す鏡でもある。
高度な文明を持つ社会と複雑な法制度は連動する。
そして複雑な法制度に適合できる社会こそが、高度に『社会化』されたと評価される。
他にも進歩が見られる点は多々あるけれど、その中で特筆したいのは『警察機構』を構築したことだな。
警察は有形力を行使する『暴力装置』だ。
『暴力装置』というとあたかも『暴力的な組織』という悪いイメージがあるかも知れないが、これはそもそもは社会学用語であって、特に海外から来た理論は翻訳の過程でこういったイメージのズレが生じがちなんだ。
ともかく、警察や執行機関のような物理的強制機能つまり『実力』を持つ公的な組織がなければ、各個人が自分を守るために『自力救済』を行うことになる。
『自力救済』とは、権利を侵害された者が実力をもって権利回復を果たすことを言う。物を盗まれたら盗み返し、盗人はその場で痛めつける。そんな行為が横行することになる。
こう言うと、一見当然認められるべきと思うかも知れないね。
でもちょっと考えれば分かると思うけど、こういった行為を容認すると、実力行使が出来るだけの力のある者の方が有利な社会になってしまう。
強い者が勝つというのは当たり前だと思う?
そうかもね。
その結果、用心棒や自警団が出てくる。
そいつらに金を払い権利を回復することになる。
いつしかマフィアや暴力団のように非合法組織の集団になってしまう。
やがてそいつらが牛耳る秩序の乱れた社会になり、国家存続が危うくなるということだ。
だから『自力救済』は禁止しなくてはならない。
とはいえ単に『禁止』にしたところで『必要』である以上は『自力救済』は行われる。罰則では対応し切れない。
愚かな為政者は、都合の悪い行為を何でもかんでも『罰則』で禁止すれば人々はその行為を行わなくなると思っているようだけど、それは違う。
以前にも言ったけれど、罰則で制約出来るのはごく『一部の例外』的な場合だけだから。
多くの民衆が必要としている行為を『罰則』だけで潰すのは不可能なんだ。
潰すには『必要性』から潰さなくてはね。
だから『自力救済』を禁止する以上は、代わりに国家が実力を持って権利回復をなす必要がある。国家が責任を持って犯罪者を処罰し、権利を回復する社会であれば『自力救済の必要性』は低下する。
そんなわけで、僕は警察機構の整備に取り組んだ。
犯罪者といえど、私的に個人が勝手に処罰してはダメ。
あくまで国家権力によらなければいけない。
そうやって『秩序』を国が支配する。
『暴力装置』は実力を持つ組織だから、その取扱いは極めてデリケートなものになる。
下手に『実力』があるから、権力を持つ個人が暴走してゴロツキ集団になりかねない。
国家を転覆させる集団になる可能性すらある。
だからこそ、国家による手綱をうまく制度として組み込まなくちゃいけないんだよね。
そしてね。
『軍隊』もまた『物理的強制機能』を持つ『暴力装置』のひとつ。
僕は『軍隊』は現実的な危険が迫るまでは組織する必要はないと考えてきた。
警察権力もそうだけど、軍隊はより一層危険な組織だ。
扱いを間違えると国家そのものに危害が及ぶ。
取り扱い注意の最もたる『行政』だと言える。
それに『軍隊』はコストがかかる。
これに回すリソースがあるなら、危険の迫らない段階では他に回した方がいい。
そう思っていた。
だけど、そろそろそうも言っていられなくなってきたようだ。
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牢の中に、人間がいる。
最近、魔物が捕獲した人間だ。
以前、僕が食べたような、元の世界から来たような異邦人ではない。
この世界の人間。
これから僕はその人間の取り調べにあたる。
実はもう既に何人か取り調べをしている。
まだ滅多にないことだけど、ここ数年は人間を捕獲することがある。
「こんにちは」
僕は牢の中の人物に声を掛けた。
中の人物は中年の男のようだ。
今は八角人志の姿を取る僕ひとりだけ。
魔物は誰も伴っていない。
「あ……あんたは人間なのか?」
「ええ。そうですよ。大変でしたね」
勿論ウソだ。
「一体これはどういうことなんだ?
ここは怪物達の巣みたいだ……。
怪物なんて単なるウワサだと思っていたのに……」
人間の存在を覚知して以来、僕らは既に組織していた調査班を出して色々情報を仕入れている。
分かったことのひとつが、人間と言葉が通じること。
魔物と人間の言葉はどうもかなり共通していた。昔は交流があったのかも知れない。
「怪物のウワサなんてあるんですか?」
「密林の奥には怪物がいるってウワサ、あんたは聞いたことないか?」
そうか……。もう噂の段階にまで来ているんだな。
「そういやあんたはどうしてこんなところにいるんだ?
助けに来てくれたのか?」
「……まあそうですね。
助けてあげます」
僕は牢屋の扉を開いた。
「助かった、ありがとう」
「どういたしまして。
出口まで案内しますよ」
「でも先にちょっとコレを済ませないとね」
僕はその人間の目を見つめた。
人間相手に『食欲』を普通に発揮してしまうのは困ったものだけど鬼眼は食欲が発動スイッチになってるからねぇ。
でも食べないよ。
「あ……」
どうやら問題なく効果が出ているようだ。
人間の目つきが変わった。
魔物世界の法律では『鬼眼を同族に使うのは禁止』だけど、人間に使う分には問題ない。
「……どうか、私を食べて下さい……」
うん、ありがとう。
僕も食べたいのはやまやまなんだけど。
僕はこの身から尻尾を出した。
こんな姿を見れば通常の人間ならバケモノと知って怯えるところだけど、こいつは今は僕の支配下にあるから全く動じている様子はない。
尻尾を頭上から振り上げ、その人間の首に静かに刺した。
そしてゆっくりと毒液を注入する。
そして少し待つ。
そろそろいいかな。
「まずは君の氏名、住所、職業、家族構成、ここに来た経緯を全部話して」
鬼眼の効果が効いているから、スラスラとしゃべってくれる。
既に何件もこなしてるから慣れたもんだ。
手早く供述録取書に記載を終えた。そして
「君はここで見たことは全部忘れるんだよ。
魔物を見たことも。
君は密林の中で何も見なかった。いいね?」
人間を洞窟から出来るだけ離れた場所で解放した。
しばらくすれば鬼眼の効果も切れて正気に戻ると思う。
魔王様に教えてもらった僕の毒の性質は神経系のもので、効果は異常状態の固定。だから鬼眼の効果の固定化ができる。
普通なら鬼眼は、目を合わせてちゃんと集中していないと効果が切れちゃうんだけど、毒液を注ぎ込むとその相手にその鬼眼の効果を持続出来る。
そして効果の効いている間の命令は絶対なので『忘れろ』と言えば忘れるんだ。
自然界でコレを使うなら、例えば獲物1匹にこの毒液を使い、仲間のところや巣に案内させるということが出来る。
そうやって効率よく獲物を狩ることが出来るので、1匹ずつ近くに来るのを待つ必要がない。
でもこの『固定化』は、取り調べのときには使えるね。
鬼眼だけだと、食欲に集中してないと効果が切れちゃうけど、固定化することで多様な尋問が可能になった。
便利過ぎて、ちょっと心配になるよ。
僕はそもそも尋問は得意なんだ。
薬物で自白を強いるなんて邪道に頼るべきじゃない。
そういった力に溺れてしまえば、僕の説得術の腕も鈍るというもの。
なお、拷問や強制による取り調べについても語りたいとこだけど、それを語りだすとまた膨大な量になるだろうからまた今度。
こういうとこが法律オタクっぽいとこなんだよな。
ともかく、魔物の存在を知った人間を殺してしまうのは、今は出来れば避けたい。
別に殺すのが嫌とかそういう理由ではなくて、仲間を探しに他の人間が密林を暴きに来てしまうかも知れないから。
他にも重要な理由があるけど、それはまた今度にしよう。
というわけで、殺さずに解放するためにこの『毒』は非常に便利なんだよ。
この『毒』の効果は今までの経験からいうと数時間ってところかな。
何度か実験と観察を重ねてみたところ、『忘れろ』との指示をした場合、毒の効果が切れた後も記憶が回復した様子はなかった。
もっとも忘れさせることが出来るのは直近の記憶くらいで、経験として定着した記憶までは無理みたい。
まだ経過観察の途中だから、ひょっとしたら直近の記憶すら後日思い出してしまうかも知れない。
そう思って念のため慎重に運用してきたけど、今のところまだ解放した人間が『思い出して』この魔物社会を暴き出している様子はない。
もしも思い出してたら『魔物がいるってウワサ』じゃ済まないよね。
ともかくも、やはり魔王様の予想した通り人間は徐々に生活圏を広げてきたんだろう。
そしてついに、僕らの生活圏に接触する段階まで来てしまったわけだ。
まだ魔物の存在は『ウワサ』でしかないようだから、人間は『魔物』の存在に確信を抱くには至っていない。
だけどもう時間の問題でしかない。
そろそろ次の段階に入る必要があるだろう。
軍隊の組織も含めてね。
ここまで読んで下さってありがとうございます!
ブクマも感想も評価も、本当に嬉しいです…。
「本当にコレ読んで面白いんかな?」って不安になることもありますが、でも読んでくれている人もいるから、信じて書く…