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13 嘘つき

魔王様は多分、飼育とか育児に向いていない…。


「しばらくヤツカドは私の執務室で仕事をしなさい」


 魔王様にそう言われたので、とりあえずクイへの連絡はマルテルに頼み、僕は魔王様の執務室にいることにした。


「さあおいで」


 そうおっしゃいながら、椅子に座る魔王様はご自身の太ももをポンポンと叩いた。


 ……僕にその膝の上に座れと?

 犬? 僕は室内犬なの……?


 これはどういう態度を取るのが正解なんだろうか。

 犬になったつもりで魔王様のお膝の上に座るか、それとも……。


「あの、お気持ちは嬉しいのですが僕がそこに座ると魔王様のお仕事の邪魔になるのでは?」

「そうだな」


 ……撤回なされる気はなさそう。


 甘やかして下さるという折角のお申し出なので、お言葉に甘えるのが配下の務めだと思う。

 とはいえ、魔王様のお仕事の邪魔をするのは本意じゃない。


「ちょっと謁見の間に行ってきます」

「ヤツカド、逃げてはいけないぞ?」

「逃げませんから」


 どうやら魔王様に甘えるのは既に僕の必須事項になっているようだ。


 広い謁見の間に行き僕はいったん八足の姿に戻った。

 化け直すには一度戻らないといけないからね。

 そして改めて…。


 僕は八足の姿のまま小さくなってみた。

 手のひらサイズ。こうなると本当にサソリっぽい。


 そして再び魔王様の足元に行くと、魔王様は僕をすくい上げ、膝の上に乗せた。


「ヤツカドが書いてきた報告書を読ませてもらおう。

 おまえはそこでくつろいでいなさい」


「はあ、魔王様のご命令とあらば……」


 うーん……。

 僕は一体何をやっているんだろうな。

 なんでこうなっているんだ?

 

 魔王様の膝の上はひたすら固いだけとも言えなくもないけど、魔王様の膝の上かと思えば夢見心地の感触でしかない。


 ときどき思い出したように魔王様が僕の背中を撫でる。


 相変わらず雑な撫で方なので潰れそうだ。

 僕が頑丈だから良かったものの。


 といっても、背中を撫でられたときに反応した僕の全方位警戒器官は、魔王様の『なでなで』のせいで二本とも折れてしまった。

 しかも魔王様は書類を見ながら片手間に撫でてるから、僕の触肢が折れたことも全然気が付いていない様子だ。

 結構バキッて大きな音が出てたんだけどな。


 まあ、仕事に集中してらっしゃるんだろう。

 折られた触肢も、どうせすぐに治るからそれは別にいいんだ。

 僕もちょっとやそっと壊されたくらいでは元の姿に戻らなくなったんだから成長したもんだ。


「あの、僕はいつまでこうしていればいいんですか?

 何かお手伝いすることがあればお力になれますよ?」


「ヤツカドはいつもそれだ。おまえはおかしい」

「おかしいとは心外です」


 愛情表現が足りなかったとかおっしゃるわりに、ディスられてるのは一体……。


「おまえは、口が減らないわりには私の命令を何でも受け容れ過ぎる」


「僕の口が減らないのは弁護士という職業上の習性です。

 魔王様のご命令を受け容れるのは当たり前です。

 魔王様は僕のただひとりの方。

 あなただけは僕をどう扱ってもいいんです。

 いくらでもこき使えばいいですし、もし食べたいなら思う存分召し上がって下さい。

 見苦しいなら遠くにやって構いません。

 邪魔ならどうぞお好きなように始末して下さい」


 魔王様がため息をついた。

 なぜ?


 僕は魔王様の望みを叶えて喜んでいただければそれでいいのに。

 その瞬間にこそ最高の快楽を感じるんだから。

 そんなため息をつかせたいわけじゃない。


「魔王様が僕を戦争に投入したいとおっしゃったのは憶えています。

 だから戦争が起これば勿論魔王様のためにこの身を投じます。

 でもその前にも僕はお役に立てると思いますよ?

 魔王様が戦争を避けたいのであれば僕が何とかしますから」


 どうしてだろう。有能なこの僕がここまで尽くしているのに、どうしたら魔王様を喜ばせることが出来るのか分からない。


「魔王様、何をお望みですか?

 僕はそれを叶えたいんです」


 魔王様は僕をつまむと、デスクの上に乗せた。


「私の望みは、魔物達がおびやかされることなく末永く暮らしていけること」

「ええ。そして魔物の社会化はそのための手段です」


「ヤツカド、おまえはとても有能だ。頼りにしている」

「ですよね。僕のことをもっと頼って下さっていいんですよ」


「それならば、もし私に何かあれば…ヤツカド、おまえに後を頼んで良いか?」


 どういう……


「それは魔王様が万が一のときの代理人として僕を指名なされるということでしょうか」


 弁護士ならばその手の仕事がないわけじゃない。

 本人に病や事故など万が一のことがあった場合に、会社での事務を顧問弁護士に予め委任しておくことも可能だ。

 そういうことなら僕もお力にはなれるけど。



「私が滅びた後に、魔物達のことを任せられる者が欲しい」




 この感情をどう表現したらいいんだろう。

 これもまた僕には覚えのない感情だったから。


 分からないな。

 妙に心の中は冷静で、冷たくて、それでいて耐えきれないほどに低く唸るような脈動を感じる。

 怒りとも喪失感とも違う。


 よく分からないこの感情に突き動かされるように僕は言葉を紡いだ。


「……魔王様にだけは正直に言いますけど、実は僕はすごいウソつきなんですよ」


 なにせ嘘をつくことに対して心理的な抵抗が全くない。


「僕、面倒見がいいでしょ?

 どんな魔物に対しても親切で丁寧で優しいでしょ?

 クイからは僕は優しいから好きだって言われましたよ」


「ヤツカド?」


「魔王様にだけは嘘はつきたくありませんから本当のことを言いますと、僕、魔物達のことなんてどうでもいいんです。

 なんとも思っちゃいないんですよ。

 人間に殺されるなら死ねばいい。

 それだけの存在なら仕方ない。

 そんなことよりも僕が楽しく暮らす方がよっぽど大事なんです。

 今あいつらに優しくしてやっているのは、魔王様の望みを叶えるために必要だからです」


 デスクの上に僕をのせたまま、魔王様の動きが止まっている。


「ねえ魔王様、こんな僕が、魔王様が滅びた後の世界なんて守ると思います?

 むしろ滅ぼしますよ?

 魔王様のいない世界なんて消えた方がいい」


「ヤツカド、それは本心なのか?」


「ええ本心です。

 魔王様、もしも滅びてなんてご覧なさい。

 僕は全部壊しちゃいますよ。

 もちろん魔王様がいらっしゃる以上は決してそんなことは致しません。

 だからもし魔王様が滅びることがあるのでしたら、僕を道連れにすることをお勧めしますね」


 僕は冷静なので、これが他の誰にも聞かれてはいけないことくらい分かる。

 だから小さく囁くような声で魔王様にだけ聞こえるように淡々とそう言った。



 僕は、本当に嘘つきなんだ。


 本当は魔王様の滅びた後の世界なんて僕には興味ない。

 滅ぼすほどの価値もない。


 だけど、魔王様が滅びるのは嫌だ。


 僕を置いて逝くなんて、絶対に許さない。

 例え魔王様のご命令であっても、それだけは、絶対。


 だから、愛しの魔王様にだって嘘をつく。

 魔王様に嘘をついたのは初めてだ。


『やましい気持ち』というのはこういうことかも。

 魔王様のお顔を見るのが怖くて内心震えている。態度には出していないつもりだけど。


 ご命令に従えない僕に失望なさったかな……?


 僕は魔王様の表情を盗み見た。



 なぜか、その顔にはかすかに笑みが浮かんでいた。



 その後魔王様は僕を再び摘み上げ、ご自身の肩に僕を乗せた。

 そしてそのまま何もなかったかのように仕事を再開された。


 肩からだと、デスクの上の書類がよく見える。

 だから僕も書類を見ながら、内容について適宜注釈を入れアドバイスをした。


 何もなかったかのように。





読んで下さってありがとうございます。

本章はこれで終わりです。


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