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12 真っ白な心

サイコパスって、脳の障害が原因で感情が欠落したものとも言われています。


 あれから数日、僕はそりゃもう必死に働いた。


 魔王様が持ってきて下さった紙を使い切った。

 だからもう僕は魔王城に戻ろうと思う。

 魔王様のところに帰る。


 帰る旨の連絡をいつもなら定期連絡便で送るところだけど今回は【テレカン】を試してみよう。

 魔王様に通じるかな。

 もしも今お忙しくなければ、信号に気付いて下さるかも知れない。


 僕は砂の中に身を沈めたまま、夜空の下で魔王様を思いながら魔王様に宛てて【テレカン】の信号を送った。

 名宛人を指定して信号を送ると、その相手にだけ信号が飛ばされる。



『ヤツカドだな?

【テレカン】の実験か?』


 あ 通じた。

 魔王様のお声が聞こえる。


「ヤツカドです。確かに実験も兼ねてます。

 愛しの魔王様、今お手すきですか?」


『先日おまえが送ってきた行政法の立法案に目を通していたところだが』


「それは失礼致しました。

 何か疑問点等あれば承りますが?」


『まだ読み始めたばかりだから』


「そうですか。

 あの、魔王様?」


『どうした?』


 どうしたことなんだろうね。

 僕の声が震えてしまうよ。


 先日も魔王様にお目にかかったときに涙を流してしまった。

 あれは一体どういうことなんだろう。


 僕は人間だった頃、あんな風に泣くこともなかったし、そもそも感情を揺さぶられるようなことなんてなかったんだ。


「明日あたり、魔王城に戻ろうと思うんですが」

『そうか、ご苦労だったな』


「ええと、魔王様…?」

『ん?』


「僕、戻っていいですかね?」

『………』


 魔王様の沈黙が怖いな。


『なんだ。ひょっとして戻れないと思っていたのか?』


「そんなことはありません。

 僕はちゃんと『愛と忠誠の証明』を果たしました。

【テレカン】の方法論をこうして構築しましたし、こっちで十分な仕事もしたつもりです。

 成果は十分だと自負しております」


 大手を振って帰るために、こうして身を粉にして働いたんだ。自信はある。


『…そうか』


 なのに、何か含むところのあるような魔王様の口ぶり。


「もしかして僕に至らないところがありますか?」


『そんなことはない。

 とにかく明日だな。帰っておいで』



 魔王様との通信を切ると、ふっとため息が出た。


 もしかしてなんだけど、僕がやたら感情が揺さぶられてしまうのは、この身体のせいなのかも知れない。


 コレはまだ生まれたばかりの身体だから、感性とか感受性とか脳のそういった部分が真っ白の状態だったのかも。

 僕は八角人志やつかどひとしの記憶こそ持ち越したものの、脳そのものは生まれたての状態の子供同然なのかも。


 だから、涙も出るし、心が動いたりもする。

 そう考えてもおかしくはない。


 そうだとすると……。

 僕はとっくに大人のつもりだったけど、これからちゃんと大人にならないといけないという訳か。……参ったな。



________________



 僕はオルゴイにいとまを告げた。


「そうか。帰るか。

 俺が次に定時報告で魔王城に行く頃には【テレカン】もきっとマスターしてると思うからな。

 そのときにはサンドラーをコンテナに詰めて連れて行くよ」


「ええ、よろしくお願いします。

 住民台帳の方の進行も引き続きお願いしますね」


「分かってるって。

 魔王様によろしくな」

 


 行きよりも帰りの方が早く着けると思う。

 行きはひたすら砂地の上を早足で移動していたわけだけど、砂の中を泳げばいいことが分かったことだし。

 しかも砂の中を移動すると日中であっても日の光を避けながら動くことが出来るから。


 これなら一日かからず帰れそうだ。



________________




 そして魔王様のいる魔王城に到着する。城に入る前に人間の姿に化けてっと。


 3メートルほどの背丈の門番ともすっかり顔なじみで、最近は軽く会話を交わすようになった。

 初めて会った頃は全く喋れないヤツだったけど、声を掛けているうちに少しずつ喋るようになってきたよ。


「オカエリ、ヤツカドサン」

「やあ。お勤めご苦労様」


 すっかりここは僕のホームグラウンドになったな。

 どんな格好でその辺を歩いていても見咎みとがめられることもなくなったし。


「魔王様ガ、ヤツカドサン帰ッツタラ、スグ魔王様ノトコヘ来イッテ」

「あ、うん。ありがとう」


 すぐ?

 いつもなら荷物を部屋に置いてから法律事務所で報告書を整理して、それから魔王様のところに報告に行くという手順なんだけど。

 まあオルガリッドで報告書は作ってきたからすぐに報告出来ないことはない。


「魔王様、ヤツカドです」


 魔王様の執務室のドアをノックする。

 マルテルがドアを開けてくれた。


「オカエリ!ヤツカド!

 魔王サマが待ってるヨ」


「それはお待たせして申し訳ない」


 すぐに来るように、とか。

 何か急ぎの用事でもあるんだろうか。


「ヤツカド」


 魔王様は僕の姿を見るなり、そばにいらして……


「え? 魔王様?」


 そして僕を正面から抱きしめた。


 ぐふっ


 強烈過ぎて消化液吐きそうになっちゃった。

 あまりキツくされると、化けの皮が剥がれちゃいます。


「な、どうしたんですか魔王様!?」

「成果を上げなければ帰れないなんて思わせたのは悪かったな」

「え?」


「ヤツカドは十分役に立っているし、成果を上げている。

 その愛とやらも忠誠心も疑ってはいない。

 だが、そんなことは気にしなくていいんだ」


「いえ、そんな、気にしますよ。

 だって僕は魔王様が必要として下さるからこの世界に喚ばれたんですよ?」


「ここはおまえの住む場所であり、私はおまえが一人前になるまで見守る責任がある。

 例えどんなに役に立たなくてもここにいていいんだぞ」


「いやいやいや、僕は役に立ちますって。

 そんなこと言わないで下さいよ」


 やっと魔王様は僕を離して下さった。

 いえ抱きしめていただけるのは最高ですけど。

 魔王様のお顔を拝見するには少し距離が欲しいかも。


「おまえがそう思ってしまったのは全て私のせいだ。

 思うに私には『主』としての愛情表現というのが足りなかったんだ」


 はい?


「思う存分、甘やかしてやるからな」


 ええと……

 僕はどうしたらいいんだろう。


 喜ぶべき?





読んで下さってありがとうございます。

ブクマも評価も感想も、とっても嬉しい…。


なのに欲深くもっと甘やかして欲しい…

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