5 そろそろ刑種を増やしたいな
ヤツカドさんと砂は相性が良いようです。
砂漠地帯のオルガリッドの夜は、昼に比べてとにかく冷えるようなんだけど、今の僕には温度がよく分からない。
もっとも、人間だった頃もあまり自然の変化というものを気にしないで生きていた。
東京の生まれで、弁護士になってからも常に清潔なオフィスで仕事をしていたから、空調も整っていたしね。
海外旅行にも何度も行ったし、学生時代は軽く留学もしたけれど、それでも宿泊先は高級ホテルなり設備の整った大学施設だった。
気候の過酷な環境に身を置いたことはなかったよ。
なのに今の僕は、こうして砂漠の中で砂にまみれている。
夜は、星がキレイだな。
魔王様のご肢体のような色。
僕は、オルゴイが用意してくれた部屋には荷物を置いただけで、外でこうして寛いでいる。
洞窟の中よりも砂の中が気持ちが良かったから。
乾燥してサラサラしている砂がこんなに気持ち良いものだとは知らなかった。
八足のまま、こうして砂の中にいると、なんだかとてもリラックス出来て……
本当の自分を解放出来るような気がするよ。
ん、なんだろ……。
尻尾の先がムズムズするような……。
「ヤツカド、そろそろ日も落ちたし、回らないか?」
オルゴイが迎えに来た。
僕はまた人間の姿に身を変える。
「そうですね。
まずは裁判所ですか」
僕はオルゴイと共に建築中の裁判所を見に行った。
図面の段階からチェックしているから特に問題はなさそうだ。
大きさも申し分ない。
でかい魔物でも対応可能だ。
「いいですね。さすがオルゴイさんです。
土木工事が得意な魔物が多いとしても指示するのは大変だったでしょう」
「そうだなぁ。あいつら図面は読めないからな。
細かい指示出すのはちょっと厄介だった」
「魔王様もお喜びになりますよ。
そうそう、敷地にはまだ余裕ありますか?」
「ん? そうだな。
自然の洞窟は少ないが、岩を組み立てて作ればいくらでも出来るさ」
「それなら、監獄も作りません?」
監獄。つまり牢屋のある施設だ。
牢屋は若干トラウマになっている僕だけど、そうも言っていられない。
「今ある牢屋じゃ足りないか?」
「実は、懲役刑を検討しているんですよ」
今までの牢屋は、特に使途を定めるものではなく、どちらかというと躾のなっていない魔物を一時的に隔離するための保護措置用の施設のようだった。
僕もそんな用途で閉じ込められていたな……。
でも今考えているのは、刑事罰としての『懲役』だ。
法律はその社会に応じて相応しい内容が変化していく。
魔物の世界が社会化のために更に段階を進めるためには、新しい社会の秩序を用意する必要がある。
そしてその秩序の枠を作るのが『法律』だ。
今までは、刑事罰は『死刑』に限定されていた。
そのため死刑になるような重大な問題行為だけを処罰の対象にしていたもんだから、とにかく法律がシンプルにならざるを得なかった。
しかし、魔物の世界をより秩序だった社会にするためには、死刑の他にももっと軽微な行為を処罰する『刑種』が必要となる。
刑種、つまり刑の種類のことで、その剥奪する法益の種類によって『生命刑』『身体刑』『自由刑』『財産刑』『名誉刑』に分類される。
『死刑』は『生命刑』であり、身体刑の最もたるものと分類されることもある。
もしも今、死刑の他に刑種を定めるとしたら、身体刑か自由刑だろう。
僕は魔物社会を色々調査している。
どのような刑種が今のこの世界に相応しいかを判断するために。
『身体刑』というのは、身体に苦痛を与える刑罰のことだ。
歴史上に有名なのは鞭打ち刑や、外国で有名なものでは宮刑(去勢)があるな。
このような『身体刑』を用いるべきかはまだ思案中なんだけど、とりあえず『自由刑』である『懲役刑』は遅かれ早かれ導入するつもり。
『懲役刑』というのは身柄を拘束し、刑務作業を課す刑罰のことだ。
これを導入するためには、監獄、つまり刑務所の施設が必要であることは間違いない。
と、いったこと僕はオルゴイに説明した。
やはり施設を作る以上は、それが何のためにあるものかは理解しておいてもらわないと。
「へえ? まあ施設を作るんならお手のもんだからな。
作れというなら作るさ」
「お願いします。
僕もね、出来れば死刑はやりたくないんですよ」
僕が死刑を避けたいのは、別に人道的な理由ではない。
刑種が『死刑』しかない以上は、本来死刑相当ではない刑罰も、今は死刑にせざるを得ないという問題があるんだ。
しかし死刑を実施すれば、それは確実に『魔物が減る』。
繁殖力が低い魔物の命を奪うことは、それだけ国力の低下に繋がるので、出来れば生かして活用したいんだ。
懲役刑なら労働力として活用できるしね。
とはいえ『死刑』にも利点がある。
原始的な社会においては民衆は法を理解していない。
そのため動物さながら身体に教える必要がある。
死刑や身体刑はそういう点では有用だ。
魔物の世界はまだその域を脱していないため、しばらくは死刑も残しておく必要があるだろう。
ただ…
「分かった!分かったから!
多い!情報が多い!!
もういっぱいだ!」
いけない。
ちょっと喋りすぎてしまったな。
僕もそうだけど法律家は法律オタクみたいなとこがあるからな。
つい専門の話になると饒舌になってしまうんだ。
「すみません、ちょっと先走り過ぎました。
この話はこの辺にしましょう」
そう言いつつ、実は最近、僕はちょっと認識を改めている。
魔物達は、僕が最初に思ったほど原始的じゃない。
確かに言葉が通じなかったり、ちょっと粗野なところがあるヤツも多いんだけど……。
とにかく全体的に学習能力が高いような気がする。
教えると素直に覚えるし、水を吸収するスポンジのように新しい知識や技能を身に着けていく。
もちろん僕の教え方が天才的だからというのもある。
だからね、つい多くを期待してしまって、どんどん教えることを増やしてしまうんだ。
焦りは禁物と分かっているんだけどね。
「裁判所のチェックはもういいのか?」
「ええ。問題ありません。
立派なもんです」
「じゃあ本日の仕事も終わったということで、オルガリッドの名所見せてやるから一緒に来いよ」
「名所巡り、いいですねぇ。
それでしたら住民台帳のための地図作製も兼ねて案内して下さい」
地図を作って区画を整理すれば『住所』の記載が可能になるからね。
「ヤツカド……おまえ本当に仕事好きだな……」
別に仕事が好きなわけではないけど、魔王様のために出来ることが目の前にあるなら、それをやらずにはいられない。
今の僕はそのために生きてるような気さえするよ。
すごく楽しい。
つくづく思う。
魔王様を愛して良かった。
こんなに楽しい思いは、人間だった頃には味わうことが出来なかった。
あの頃は、欲しいと思う物をなんでも手に入れていながら、自分の本当に欲しいものが分かっていなかった。
だから何を手に入れても満足出来なかった。
今は分かっている。
僕が欲しいのは……
読んで下さってありがとうございます。
評価も感想もブクマも嬉しいです。
えっと、最近どうですか?




