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18 司法の胎動

身元引受人が来たみたいです。


「ヤツカドはなぜ牢屋にいるんだ?

 まさかまた暴れたのか?」


 ああ、魔王様魔王様魔王様、お会いしたかった。


 大好きです。

 愛しています。

 魔王様が恋しくて恋しくてどれだけお姿を脳裏に描き続けていたことか。


 いやいけない。

 返事をしなくては。


「暴れてないですよ。

 リヴァルドが出してくれないんです。

 魔王様こそどうしてここに?」


 想像し過ぎて実体化しちゃったんじゃないですよね?


「今日戻ると連絡してきただろ。

 戻らないから迎えに来てやったんだが」


 ああ、そうだっけ。

 昨日、定時連絡便に書き足したんだ。


「すみません、約束を守れなくて」


 そっか。あの連絡便、魔王様にも伝わっていたんだな。

 僕が帰るのを待っていてくれたのかな?


「リヴァルド。なぜヤツカドを牢に入れているんだ?」

「魔王様……、ヤツカドを出しちゃイヤです……」


「ん? 何か理由があるのか?

 事情によってはそのまま入れておいて構わないんだが」


 そんなこと言わないで下さいよ魔王様……。


 リヴァルドは魔王様を上目遣いで見つめている。

 僕の小さい頃の姿だから、なんだか僕が見つめているみたいだな。

 僕もあの角度から魔王様を見つめたいな。

 今すぐひざまずいて見上げてもいいですかね。


「魔王様……、あのね……、ヤツカドをリヴァにちょうだい……?」


 リヴァルド…。なんつーことを言うんだ。

 魔王様が本当に僕をリヴァルドにあげちゃったらどうしよう……。


 魔王様のご命令なら何でも従うつもりだけど、個人的にはそれはイヤだ。


「リヴァルド、それは出来ないんだ」


 わお。魔王様!

 ありがとうございますありがとうございます!!

 僕は魔王様のモノでいたいんです!


「なんで……? 魔王様はそんなにヤツカド必要じゃないでしょ…?

 魔王様は何でもできるもん……。

 でもリヴァにはヤツカド必要なの……。

 傍にいて欲しいの……」


 確かに魔王様は何でも出来る方だ。

 それでも……僕は魔王様のお力になることが出来る。

 この優秀な僕なら魔王様のために尽くすことが出来るんだ。


 だから『必要じゃない』なんてことはないですよね!?魔王様!


「そうじゃないリヴァルド。

 ヤツカドは誰かにやったりもらったりするものではない」


 あれ?


「ヤツカドもひとりの魔物だ。

 仕事で必要なことはやってもらうが、それ以外はヤツカドは自分のいたい場所を自分で選んでそこにいればいいんだ。

 だから理由もなく牢に閉じ込めてはいけないぞ」


 魔王様……?

 ひょっとして、あなたには『人権』の観念があるのですか?


 僕はまだ法教育で人権の話をしていない。

 だけど魔王様の言うのは、まさに『人権』の話だ。


 そして僕は魔王様の所有物でいいと思っていたから、そのつもりだったけど……。

 僕には、『人権』があるのか……?


 魔物の世界だから厳密には『人』権ではないだろうけど。


 僕は、自分の意思で選んでいい……?

 それなら僕は証明できる。


 自分の意思で魔王様のお傍にいたいと願っていることを。

 強制でも命令でもなく。



 魔王様に言われて、リヴァルドはしぶしぶ牢の扉を開いた。


 ふう、やっと出られる。


「ヤツカド、ごめんなさい……。

 口きいてくれる……?」


 まあ、出られたことだし無意味に意地悪をしても仕方ないだろ。

 ここは恩を売る路線だ。


「今度からはこういうことはやめて下さいよ、リヴァルド」

「うん……わかった……」


 一応反省はしているようなので、今後はリヴァルドはもっと便利に使えると思うんだよな。


「ヤツカド。戻るか?」

「はい。魔王様が連れて帰って下さるんですよね?」


「まあ、迎えに来たわけだから自力で帰ってこいとは言わん。

 でもいいのか?

 もうしばらくベンシックリヴにいたいのなら私は先に帰るが」


 そんなこと言わないで下さい魔王様。

 なんかリヴァルドが期待の目で見ちゃってるし。


「いえ、帰ります!

 魔王様と一緒に!」


 ここで置いて行かれるのは切なすぎる。


 あ、そうだ。

 折角魔王様が連れ帰ってくれるんだから……



__________________



 僕はようやく魔王城に戻ることができた。


 魔王様の移動は一瞬なので、お土産の魚も腐らせずに持ち帰ることが出来た。

 折角だからリヴァルドに頼んであの美味しい魚を土産に持たせてもらったんだ。

 鞄いっぱいに魚が詰まっている。


「それはそんなに美味い魚なのか?」


「神経系の毒があるみたいですけど、もし魔王様も毒とか平気なら味見してみます?

 美味しいんですよコレ」


「毒は平気だが、私に肉は必要ないから…」


「そうですか。

 あとでコレ干物にしようと思ってるんです。

 仕事の合間につまめるといいなと……。

 あ、でも毒があるからクイあたりが食べないように気を付けないといけないな」



 生モノだから先に魚は処理するとして、その後は報告書を書いたりといろいろやることはある。


「では魔王様、僕はさっそく仕事に戻りますね」

「ああ。ヤツカド、もう身体の方は大丈夫なのか?」


 そうだ忘れてた。

 僕はもともとエネルギー回復が過剰で人間の姿が取れなくなっちゃったからベンシックリヴに身体を冷やしに行ったんだったな。


「ええ。思ったより長く滞在したお陰で、すっかり身体の火照ほてりもなくなりました。

 そうそう。ベンシックリヴにも裁判所が出来る運びになっているんですよ。

 ほどなく四天王のコミュニティ全てに裁判所が揃うことになりますね。

 あとで改めて報告に伺います」



 そうなんだ。

 あと一箇所ラヴァダイナスに設置すれば、これで裁判所が揃う。


 まだ魔物社会は司法が胎動を始めたばかりだけど、全てはこれから。


 魔王様のために、僕は『社会』を構築してみせますよ。



「そうか。良かった」


 魔王様にお喜びいただけるなら、僕も満足です。


「ヤツカド」

「なんですか?」


「食べてもいいか?」

「魚ですか?」


「ヤツカドを食べたい」


 なんと?


「正直、おまえが戻るのが待ち遠しかった。

 私に美味しいおまえを食べさせて欲しい」


 ………


 どうしようどうしようどうしよう……。

 思ってもいなかったけど、むちゃくちゃ嬉しい。


 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!!

 魔王様!魔王様!!


「しかしまだ完全ではないなら……」


「完全です! 完璧ですよ!!

 僕、魔王様に捧げる準備は整っています!!」


「そうか」


 いつも通りのはずの魔王様の涼し気な表情に、なんだか少しだけ感情の揺らぎのようなものが見えるような。



 そうして僕は魔王様に口移しで生命を捧げることが出来た。


 久しぶりに味わう甘美のひとときは、それはもう強烈で……



 至上の幸福感に包まれたまま、僕は意識を手放していた。



 そして結局、美味しい魚を干物にするどころではなく、魚は腐らせてしまったんだ……



 なお、鞄から落ちた魚をどさくさで食べた魔物がいたようで、身体が痺れてしばらく動けなくなったと後日報告を受けた。

 拾い食いは危険だという社会常識は身につけて欲しいな。


 


読んで下さってありがとうございます。すごくすごく感謝です。

感謝の気持ちが伝わるといいなぁ…。


この章、あと1話です。

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