16 とっておきのお魚
海底洞窟にちょっと長居してしまったヤツカドさんです。
ベンシックリヴには、海底火山噴火の影響で地表に隆起している場所があり、そこが魔王城との通信発着所となっている。
そろそろ定時連絡便が届く予定なので、僕は地表に出た。
地表に出てしばらく経ったけど、ちゃんと人間の姿をキープ出来ている。
身体がすっかり冷えたんだろう。
うん、そろそろかな。
これなら魔王城に戻っても平気そうだ。
通信担当の魔物が飛翔して来た。
首から袋をぶら下げている。
マルテルよりも一回り大きい鳥型の魔物のようだ。
「ご苦労さん」
「ギー!」
こいつは喋ることは出来ないようだ。
石板を受け取る。
クイはマメに連絡をよこす。
僕の教育の賜物とはいえよく出来たパラリーガルだ。
特に魔王様からの伝達事項はない。
魔王様……僕がいなくて何かご不便なことはないかな。
でも多分、僕が魔王様にお会いしたいと思うほどには魔王様は僕のことは考えてはいないんだろうな。
大体、もしも魔王様が僕に会いたいと思って下さったなら一瞬でここに来ることが出来るんだから。
つまりそういうことなんだろう。
まあいいんだ。
分かってることだから。
僕は用意していた薄い石板に爪の先で文字を書き足した。
明日には戻ります、と。
石板を鳥型の魔物の持つ袋に入れてやると、そいつは一声鳴いてから魔王城の方角へ飛んで行った。
やっぱり飛べるのは羨ましいな。
さてと。
帰る準備をしますかね。
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「ヤツカド……、ホントに帰っちゃうの……?」
リヴァルドに挨拶に行くと、切なげに袖を掴まれた。
「ええ。かなり長居しちゃいましたしね。
今日これからおいとまします」
実際ホントに長居したと思う。
なんだかんだで裁判所用地の測量も終わり、図面も書いて、今は既に着工工事に入っている。
土木工事が得意な魔物達が揃っているようなので近いうちに完成するだろう。
ここまで長居するつもりはなかった。
魔王様が僕を呼んで下されば、いつでもすぐ帰るつもりだったけど……。
結局魔王様からの音沙汰はなかったな。
クイから『特に問題なし』と連絡をもらっていたから心配することはないけど。
「やだよ……行かないで……」
リヴァルドは僕を引き止める。
そりゃあ僕のような優秀で使える人材がいなくなるのはリヴァルドとしても惜しいところだと思うけど、僕は魔王様のものだから。
「ここでの仕事は大体終わりましたし、城での仕事に戻らないと」
「でも……、これからリヴァひとりで寝るのイヤだよ……」
そうなんだよな。
リヴァルドにせがまれて、結局毎日こいつと寝ることになっちゃったんだ。
僕に睡眠は必要なかったけど、客人待遇で良くしてもらってたし無下にするのもなんだったから。
「ベンシックリヴ、いい場所でしょ……?
ゴハン美味しいし、静かだし……、水が冷たくて気持ちいいし……。
ヤツカド、ずっとここにいなよ……」
「確かに良い場所ですね。
また顔を出しますよ。
じゃあ僕はそろそろ……」
「ま……、待って……!!」
リヴァルドは今度は両手で僕の腕を取った。
「ね、美味しいお魚あるの……。
とっておきなの……。
せめてそれ食べて行って……?
お願い……」
美味しい魚かぁ。
そうだな。
海のことはリヴァルドの方が詳しいし、そのリヴァルドが薦める魚なら期待できそうだ。
食べてみたい。
「じゃあそれだけいただいて帰りますね。
今度リヴァルドが城に定時報告に来て下さったときにはこちらからご馳走しますよ」
「うん……!
ちょっと待ってて……!
すぐに用意するからね……!」
リヴァルドが駆けて行った。
会話する相手が欲しいのは分かるけど、僕がここにいる間にベンシックリヴの魔物達に時間がある限り言語レッスンしたので、だいぶ喋れるようになった魔物もいる。
今後はそいつら相手に会話の練習をして欲しいところだな。
少し待たされたけど、リヴァルドが戻ってきた。
「お魚、たくさん用意したよ……!
ヤツカド、こっち来て……」
リヴァルドに案内されて行くと……
「うーん……、この場所は……」
牢屋だ。
どうも牢屋にはトラウマがあるな……。
「こんなとこでゴメンね……。
ちょうどお魚積める場所が他に見つからなくて……」
牢の中に魚が積んであった。
確かに牢屋の中って、ほとんど物を置かないから、一時的な置き場所としては良いかもね。
「どうぞ……。
ヤツカド……美味しいよ……」
「ありがとうございます。
じゃあいただきますね」
大きさはカツオくらいかな。
50センチくらい。
色合いは……フグに似てるかも知れない。
それが山と積まれている。
一本ずつはそれほど大きくないし、人間の形のままで食べられそうだな。
僕は一本手に取ってそのまま豪快にかぶりついた。
あ、うっま!
さすがリヴァルドのおススメなだけはある。
……最近、すっかり素材をそのまま食べるのに慣れてしまったよ。
以前は八足の姿のときくらいしかそんな食べ方しなかったんだけどさ。
今は自在に牙も消化液も出せるし食道も広げられるから……。
それに新鮮な食材は加工ナシで食うのが美味いと思うんだ。
もぐもぐもぐ……
ばりばりばり……
やはり新鮮な海の幸は美味い……。
感動的な美味しさだ。
よく密林にある沼でも魚を獲って食べているけど、あっちとは違った味わいがある。
僕は人間時代にはミシュランで星をつけている料亭で何度も食事しているくらいで舌は肥えているつもりだったけど……。
こっちの世界の食い物って美味いよな。
でもクイ達が食べてる穀物系のやつは僕はイマイチだと思うんだけど。
三本目の魚を口に入れたところで、リヴァルドが僕をじっと見ているのに気が付いた。
しまった……。
ちょっとマナー違反だったな。
「リヴァルドは食べないんですか?」
「うん……リヴァ達はいつでも食べられるし……」
新鮮な魚が食べ放題なのは羨ましい。
「どう……? ヤツカド…」
「ええ、とても美味しいですよ」
「そうじゃなくてさ……」
なんだろう。
グルメリポーターみたいな感想を期待されているのかな。
それは少しハードル高いぞ……。
「そうですね。生で食べて十分美味しいですけど、干物にしても美味しそうです。
魔王様にお土産として持ち帰りたいくらいだ」
ダメだ……、僕にはグルメリポーターはムリだ……。
普通に食べる専門で勘弁して欲しい……。
「もっと食べて……」
「では遠慮なく」
僕は次々に魚を口に放り込んだ。
ついつい勢いづいてしまう。
なんだかんだで一人で積まれていた魚を全部食べてしまった……。
ちょっと食べすぎかな。
「ごちそうさまでした。
じゃあ僕はもう行きますね」
「待って待って……!」
リヴァルドが止める。
「食べてすぐ動くの良くないよ……」
そう言ってリヴァルドはゆっくり後ろに下がって行った。
「そうですけど、本当にもう帰らないと」
「そっか……。
じゃあ仕方ないね……」
そう言ってリヴァルドは数歩後ろに下がったかと思うと
「食後の休憩だよ……」
そう言ってリヴァルドは僕の目の前で格子状の扉を閉めた。
あれ……?
閉じ込められた?
僕、また牢屋に閉じ込められたわけ?
僕が牢屋に閉じ込めらせるのはこれで三度目になります。
ヤツカドさん、そんなわけで二度あることの三度目です。
読んで下さってありがとうございます。
ブクマも感想も評価も嬉しくて嬉しくて、何度でもお礼を言いたい。
ありがとうございます。




