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4 人生初牢屋!


 僕は牢屋に入れられてしまった。



 ああ…今まで生きてきて刑務所のお世話になったことは一度もないのに……。


 私選で刑事弁護をやることはあった。

 中に入るような連中はバカだなと内心思いつつ優しい言葉をかけてやったものだ。


 まさか自分が中に入ることになるなんて。

 しかも多分この世界、人権保障なんてなさそうだ。


 僕の住んでいる世界なら、逮捕に伴う身柄拘束には適正手続が取られている。

 実際には拷問に近いことも行われているが、弁護人から注意を入れれば大抵は改善されるものなのに……。


 ここでは手続きも何もない。

 明らかに不当な身柄拘束であり監禁だ。

 しかしそれを訴える先もない。

 僕の法律知識は、ここでは何の役にも立ちはしない。



 少し諦めがつくと、周囲を見回してみた。


 牢屋の中は、人間の尺度だったらドーム球場くらいはあるかも知れない。

 しかし今のこのでかい図体からするとあまり広いとは思えなかった。


 自分の身以外は何もない。

 トイレもない。排泄はどうするんだろう。

 というかイヤだ……。

 この身体で排泄したくない。


 排泄はともかく、食べるものはどうするんだろう。

 誰かが運んできてくれるのかな。


 この黒く長く巨大な前足で扉を押してみる。

 ああもう何か動作をするたびに目につく怪物の身体が嫌だ。


 格子状の扉はビクともしない。

 格子の間から扉の向こうが見えるが、岩の壁があるだけだった。



「はあ……」


 ため息をついた。その息は『ブオ』と大きな音を出す。


 数時間は経っただろうか。

 さすがに落ち着いてきた。


 慣れてくると、ただぼーっとしているのも退屈だし非生産的で時間が勿体ない。


 この身体を動かして遊んでみようかな。

 8本足も尻尾も、なかなか動かすような機会なんてないわけだし。


 8本の足は……足なのか手なのかよく分からないが、とりあえず自分の中で前の2本は手ということにした。

 両手をこすり合わせたり、手を打ってみたりする。


 この鋭い金属のような爪はどれくらい強度があるんだろう。


 そう考え、壁に勢いよく刺してみたところ…壁に穴が空いた。


 ひょっとして脱出出来るかも。



 あちこちガツガツと壁に穴を開けてみる。

 壁はボロボロだが、この牢屋が崩れる様子はない。かなり厚い壁なのか。


 腕といっても、指はないので何かを器用に掴んだりすることは出来ないようだ。

 せいぜい両腕2本で挟んで何かを持つことが出来る程度か。


 そうそう。尻尾がありましたね。

 腕が物をつかむことが出来ない代わりというべきか、尻尾の方はなかなか器用だ。

 くるくると巻くことも出来るし、先に伸ばすことも出来る。


 自分の目の前に尻尾の先を回してまじまじと観察してみた。


 身体全体は鋭く固い毛が生えているようだが、その尻尾だけは毛が生えていない。

 表面は硬い攻殻のようなもので覆われており見た目はぬるっとした感じだが触ってみるとしっかりと固い。

 しっとり感があり節が関節のようになっている。

 指紋がある指のように何かを持つのに適していそうだ。

 手足よりもずっと長い。


 尻尾は思ったよりも自在に動く。

 長いから自分の顔を触ることも出来る。

 こんな尻尾が人間にもあったら便利かも知れないな。

 背中を洗うのが楽そうだ。


 と、尻尾を頭上に上げたときに気が付いた。

 頭のあたりから後ろの方に向けて触覚?角のようなものが生えている。

 正面から鏡を見たときには気が付かなかった。

 後ろに向けて伸びている。

 普通獣の角なら戦闘用に前に伸びるものじゃないだろうか。

 後ろに伸びたこの触覚?角?は一体何のためにあるのか……。


 他にこの身体は何か変わったところがあるかな…?


 そういえば以前気分が悪くて吐いてしまったとき、緑色のどろっとした液体を吐いていたけどあれは何だったんだろう……。


 口の中の感覚を確認してみる。

 特に違和感はない。

 舌を出してみた。



 うわあ!


 叫んだつもりだったが、毎度のことながら声にはなっていない。


 長い舌が視界に入った。

 なにこの青くて長い舌!目の前に見えるくらいなんだからとんでもないぞ。

 こんなに長かったらさぞ器用なのかもな!さくらんぼの茎を結んでみたい。


 出した舌から唾液が垂れた。


 いけないいけない。

 そう思って舌をしまおうとすると…

 唾液が床に垂れてじわじわと音を立てている。

 煙も出ている。


 煙から酸の匂いがする。

 鼻につくような不快な匂いを想像してみたが、自分で嗅いでみるとそれほど不快ではなかった。

 自分から出た体液の匂いだから不快に感じないだけで、実際には酷い匂いなのかも知れない。


 床に垂れた唾液を見ていたが、すごい勢いで床が溶けている……。

 煙が消える頃には床にでかい穴が空いていた。



 ああ……まるで怪物じゃないか本当に。

 他は……? ねえ他には何かあるの?

 もう何でもこいよ……。



 そういえばこの身体、目が5つあったはず……。

 見ている分にはあまり違和感はないが…改めて周囲を見るとやたら視野が広いような気がするぞ。

 左右上下、よく見える。

 これはちょっと面白いな。


 ともかく、自分の今の姿を凡そ把握することは出来た。

 怪物でした。


 ただ、この壁を破壊できる爪と、床を溶かす唾液……。


 これがあればこの牢屋から脱出することは出来るかも知れない。



 しかし……


 脱出してどうするというのだろう。

 この身体のまま。

 あの女に、身体を戻させないと話にならない。


 あの女は『調教』と言っていた。

 恐らく僕に言うことを聞かせたいのだろう。


 それなら、しばらく待てば何かしらのアクションを起こしてくるだろう。


 うまいこと交渉してあの女に身体を何とかさせなければ……。



 僕はあの女が再び現れるのを待つことにした。






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