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9 OJTで行きましょう

 今のところ法律が極めてシンプルであるため、それほど裁判の期日も入ることなく比較的穏やかな日が続いている。


 四天王のレクチャーや制度の整備などやることが多いので、裁判の日程が入らないことは正直助かる。


 とにかく人手が足りない。

 人材が欲しい。


 忙しく仕事をするのは嫌いじゃないんだけど、もうちょっとゆったりと魔王様と過ごせる時間が欲しい。

 折角、魔王様と甘いひと時を過ごせる『法教育』という名目があるのに、肝心の時間がないのはどうしたものか。


 最近僕のスケジュールの折り合いが悪すぎて、魔王様とふたりきりの時間がほとんど取れない。

 今晩こそはと思ってると、ちょうど四天王の定時連絡が来て付き合わされたりと。


 とにかく魔王様とお会いするタイミングがずれる。

 魔王様が足りない……。

 禁断症状が出そうだ。ああ魔王様……。



「事務所のスタッフをもう少し増やしたいんだけど、どうかな」


 僕は目の前でせっせと書類を整理しているクイに声を掛けた。


「え? いいんじゃねぇの?

 ヤツカドの仕事はどんどん増える一方だしな」


「そうなんだよ。

 だけど今スタッフを増やすとなるとその教育はクイの仕事だぞ?」


 クイが良い感じに育っているので、そろそろスタッフの教育を任せられると思うんだよな。


「え!? オレかよ。

 そんなの出来るかな」


「身だしなみの指導や、文字の練習からだから。

 クイなら得意だろ?」


「うーん」


 スタッフを増やす理由は、人手が足りないというだけではない。


 法曹を育成しなくちゃいけないんだ。

 各地の裁判所に派遣出来る法曹を育成しなければ、いつまで経っても法律を発展させられない。


 同時進行で進めているとはいえ、教育制度がまだ完備されていないから、魔物社会にはまだインテリ層がいない。

 インテリ畑から人材を持ってくることは出来ない。


 となれば、OJT( On-The-Job Training 実際の職務現場で業務を通して行う教育訓練のこと)しかないだろう。


 僕の仕事を手伝わせつつ、育成していく。

 日本だってもともと弁護士層は徒弟制度に近いものだったわけだから、これでいけると思うんだよな。


 クイは僕の貴重なパラリーガルだから本来ならこのままこの事務所で確保したいけれど、法曹人材が足りない以上はいっそ法曹に転向させてもいいと思っている。


「オレ、やってもいいよ。

 弟分の面倒も見てるからそういうのキライじゃねぇし」


 クイの賛同が得られたことなので、その方向で行こうと思う。


「そうか助かるよ。

 じゃあ僕はちょっと魔王様のところに行ってくるな!」


「え? なんで?」

「スタッフ増やすということはお伝えしておかないと!」


 魔王城内に『八角法律事務所』を構えている以上、城の持ち主に一言断りを入れるのは礼儀というもの。

 だから仕方ない。

 他の仕事よりも最優先事項にするべき。

 というか!早く魔王様にお目にかかりたい!

 でもってあわよくば二人きりになって魔王様に僕を召し上がっていただくんだ……!


 僕はデスクの上の書類を適当にまとめて執務室を出た。


「ああもう。また半日は仕事になんねぇだろうなぁ。

 バレバレだぞ、ヤツカド~」


 クイの声は聞こえないフリをする。



 クイ!あとは任せた!

 仕事頑張ってくれ!

 我が優秀なパラリーガル!!



_________________



 魔王様の執務室をノックすると、マルテルが中から扉を開けた。


 マルテルに任せた郵便事業は好調で、多くの有翼系の魔物を集めたのちマルテルは魔王様の身の回りのお世話をしながら指揮を執る方向にシフトしていた。

 ときどき飛びたいときには現場に戻るようだけど。


「マルテルさん、魔王様いらっしゃいますよね?」


 魔王様のスケジュールは把握している。

 今ならここにいるはず。


「うん、イルけど来客中だヨ」

「マジすか」


 予定にない来客だよ。全くもう……。

 僕と魔王様の二人だけの濃密な時間を邪魔するなんてどこのどいつだ。

 場合によってはタダではおかない。


 執務室の中に通されると、デスクに向かう魔王様がいらっしゃった。


 ? おかしいな。

 来客ということなのに誰もいなくないか?


「魔王様、ヤツカドです。

 ご機嫌いかがですか?」


 ふふ。二人きり。

 胸が躍るな。

 マルテルもいるけど、ここはカウントしない。


「おやヤツカド、何か用事か?」


『会いたかったぞ』とかそういう言葉を魔王様に期待しても無駄なのは分かってる。

 じゃあその分は自分で言えばいいな。


「勿論用事があるからこうして参ったわけなのです。

 決して仕事を疎かにはしておりません。

 けれど、僕が唯一絶対の忠誠を誓った魔王様、お会いしたかったです。

 仕事がせわしなくて、なかなか魔王様にお目にかかることが出来ず、どんなにもどかしかったか……。

 魔王様にお会いしたくてお会いしたくて執務室で八足に戻って暴れてしまいそうになってしまいました」


「……おまえ脅してないか?」


「そんなことないですよ。

 素直な気持ちです。

 魔王様、むちゃくちゃ愛しています。

 用件があるのは勿論なのですが、とりあえずキスしませんか?」


 なんか魔王様がとてもイヤそうな表情をなさっている。


 うーん、ちょっと焦りすぎて露骨になってしまったかな。

 スマートな僕としたことが……。


「頼むから用件を話してくれ……」


 頼むと言われてしまって僕が断れるわけはない。


「分かりました、実はこのたびうちの法律事務所で…」

「きゅー」


 キュー?

 何か聞こえたぞ。


「ああ、そうだ。ヤツカドに紹介しよう」


 魔王様が足元から何かを持ち上げ、デスクの上に乗せた。


「それは?」


 目の前に置かれた『それ』は、高さで言えば50センチくらい? 長さで言えば1メートルくらいかな。

 小さな蛇だった。


 いや、蛇じゃないな。

 羽が生えてる。


「きゅー」


 蛇が鳴いた。

 コレの鳴き声なのか。


「つい最近に混沌から生まれた魔物だ。

 ヤツカドのように凶悪ではないのでしつけをヨソの魔物に頼んでいたんだ。

 躾が終わったということで私に挨拶に来たんだよ」


「僕は別に凶悪じゃないと思いますけど……」


 やっぱり魔物って混沌から生まれるんだなぁ。

 僕より後に生まれた魔物なんて初めて見た。


「随分小さいですね」


「そうだな。こいつがどんなタイプなのかはまだ分からないが、これから大きくなるかも知れないし、このままの可能性もある。

 今は喋ることが出来ないようだが躾を担当した者の話によれば知性は備わっているようなので喋るようになるかも知れない」


「へーえ、生まれたばかりの魔物って本当に分からないんですねぇ」


「そうだ。ヤツカド、こいつの面倒を見ないか?」


「僕がですか?

 仕事が忙しいのにこんなの飼えないですよ」


「しかしおまえはまだ生まれたばかりの魔物を見たことがないだろう?

 客観的に魔物の生態を知るいい機会じゃないか」


「それはそうかも知れませんが…。

 でも今日僕がここに来たのは…」


 僕はようやく用件を話すことが出来た。

 法律事務所のスタッフを増やしてOJTを施したいと。


「それなら丁度いい。

 こいつをスタッフとして仕込んでみてはどうだろう」


「えええ!? ちょっと待って下さい魔王様。

 コレ、ペットみたいなもんじゃないですか。

 これじゃスタッフじゃなくて飼育になっちゃいますよ」


「だから一人前の魔物に育ててやってくれ。

 どうせスタッフといってもまずは文字の学習からなんだろ?

 だったらここから育ててもそう違いはあるまい」


 困った…。


 魔王様のご命令ならば一も二もなく従う所存ですけどね。

 これはいくら何でも僕の想定していた『スタッフ』とはかけ離れている。


「そんなに大変なことではないぞ。

 躾も終わっているし、既に食う物も分かっている。

 成長期だけ気を付けてやればいい」


 成長期…

 なんか目まいがしてきたよ……。


 今思えば、僕も魔王様にそうやって面倒見られてたんだな……。

 明らかにペット扱いじゃないか……。


「ヤツカド、命令だ」

「……はい。魔王様」


 そうして僕は『八角やつかど法律事務所』に新しくスタッフを加えることになった。



 ……いいんだ。当初の予定通り面倒を見るのはクイだ!


 がんばってくれ!






八角法律事務所に新しくスタッフが加わりました。


読んでくださってありがとうございます。

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むちゃくちゃうれしいですホント…

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