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8 裁判の公開


 仕事を……仕事をしなくては……。

 例えどんな体調不良であろうとも……。


 今まさにむちゃくちゃ体調不良だ……。

 しかし、体調不良を誰にも悟られたくない。


「ヤツカド、体調悪いのか?」


 いきなりクイに悟られてしまった。

 さすがに隠し通すのは無理があったらしい。


「アルパドリューの出張、そんなに大変だったのか?」 


「いや…まあな。

 初めての裁判だったから初めてづくしでさ」


 そういうことにしておこう。


「いいなぁ。

 オレも裁判見たかったぜ」


「今後裁判は公開にする予定だからな。

 近いうちに見られるよ」


 今回は初めての裁判だったので、どんな不測の事態が起こるかもわからなかったため非公開で裁判を行ったが、今後は公開の方向で整備する予定だ。


 裁判の公開にしろ、情報公開にしろ

 浅はかな権力者はそういうのを軒並み嫌がる。


 だけど僕に言わせればそいつらは帝王学をちっとも学んでいない。

 なぜ情報公開が望ましいかと言うと、それは実は支配のコストの問題なんだ。


 支配というものにはコストがかかる。


 支配者の命令に服従させるのに、民衆が嫌がることを強いるのであれば強大な警察権が必要になる。

 命令に背く者を拘束し処罰し、または無理やり言うことをきかせるわけだから。

 処罰の恐怖で支配するなら、それだけの莫大なコストを警察権に割かなければならない。


 一番コストがかからず楽なのは、民衆に自分から支配されるように仕向けることだ。


 だから何度も言っている。

「法律は公正であり、それに自ら従うことが自分たちの生活を守るために必要なこと」だと民衆に信じさせることが大事だと。


 税金ひとつ見て欲しい。

 自ら支払う気のない者から強制的に徴収するよりも、自分から支払いに来てもらう方がよっぽど楽だろ?

 ときどきは支払わない者もいるだろうけど、全体の数に比べればごく僅かだ。

 そこだけに絞って権力を行使すればいい。


 確かに法律や判決に自ら従わない場合には、警察権の行使や強制執行という手段もあるけれど、全部ソレでやっていたらさすがに国家はパンクしてしまう。


 法が行きわたった社会になるほど、民衆は自ら法に従うようになり、国家コストは軽くなるというものなんだ。

 その分余力を社会の発展のために割り振れるというもの。


 だから魔物達に信じさせなければならない。


 法や権力者は公平で公正であると。

 なにもやましいことはない。だからこの法秩序に従っていいんだよ、と。


 そのための情報公開であり、裁判の公開だ。

 実際に裁判を見に来る魔物がいるかどうかはどうでもいい。

「いつ見られてもいい」という姿勢こそが、裁判の公正をアピールしている。 



 それはともかく、僕の体調が悪い原因は明らかだ。


 例によって魔王様に召し上がっていただいたから。


 最近、僕のキャパシティが上がってきて、1秒程度なら膝もつかずにいられるようになった。

 魔王様からも「強くなりなさい」とおっしゃっていただいたことだし、折角のチャンスだったから

「では強くなるために、1秒と言わず3秒にしませんか?」

と持ち掛けたのだった。


『あー、しまったな』という魔王様の表情は見なかったことにして、今後の日課を1秒ルールから3秒ルールに変えることに成功した。


 さすが優秀な僕。

 チャンスは逃さない。


 ふふふふふ……もう聞いて下さいって。

 3秒ですよ3秒。

 僕は愛しの魔王様と3秒という長い時間、熱いキスを交わすわけですよ。

 世界中から嫉妬されるくらいの勝ち組人生素晴らしい。


 素晴らしすぎて死ぬかと思った。マジに。


 3秒って、つまり今までの3倍じゃないか。

 なんでこれで耐えられると思ったんだろうなぁ僕も……。


 幸い生き残ることは出来たので八足の姿のまま半日休んだけど、回復せず……。

 とはいえ仕事を疎かにしてしまったら魔王様から「まだ早かったようだな」と言われて振り出しに戻りかねない。


 そういうわけで、僕は体調不良を押して人間の八角人志やつかどひとしの姿に化けて仕事をしているというわけですね。



 正直、体調不良過ぎて仕事どころじゃないので、少しクイと会話して気を紛らわすか……。


「そういえばクイ、スーツ姿なんだな。

 来客のとき以外は好きにしていいんだぞ?

 いつも固い恰好してると肩も凝るだろ」


「んー、そうかな。

 でも折角化けられるようになったんだぜ?

 ちゃんと普段から練習しないとできなくなっちまうからさ」


「そうか。クイは本当に勉強熱心だな」


「ヤツカドはどうかな…?

 いつものカッコと、こっちはどっちが好きか?」


「僕? そりゃまあ僕はこのスーツ姿が好きだよ。

 法律事務所っぽくて落ち着くからさ。

 クイはとても似合ってるしな」


「そか。じゃあオレずっとこっちのカッコでいようかな」

「大変なら無理はしなくていいんだからな」


 そう言いつつも


 魔王様に弱っているところをお見せしたくなくて、こうして無理に仕事をしている僕も人のことは言えない。

 愛する人のためなら無理なんて喜びでしかないんだなぁ。

 本当に不思議な感情だよ。


 僕が人間だった頃、欠如していたいろいろな感情。


『愛』『罪悪感』そういったもの。

 ここに来て一気に僕の中に芽生えてしまったもんだから冷静な僕もさすがに混乱する。


 ただ『良心』は相変わらず分からない。


 僕の価値判断は基本的に『損か得か』『合理的か非合理的か』であって、良心のような『善悪・正邪』の要素は考慮に入っていない。

 だから『良心がとがめる』という感覚が分からない。

 別に興味もないしね。


 法律や司法の制度は好きだ。

 そこには『良心』なんてものの入り込む隙はない。


 『正義』や『公正』をうたって一見正しき者の味方のフリをしていながら、その実は非常に合理主義だ。


 そんなところが、まるで僕自身のよう……






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