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7 僕以外に目を向けないで


 目の前にいる魔物を細切れに切り裂きたい。


 僕は十分に冷静だ。

 脈拍も正常、むしろ僕の精神は冷たい氷で満ちている気分だ。

 大丈夫、僕は冷静……。


 魔物殺しはいけない。

 法律で禁止したばかりだ。


 だから殺さない。

 僕が魔王様の側にずっといるには、罪を犯すわけにはいかない。


「ドリュアキナ…さん、が、魔王様に召し上がられるのはおススメしませんね……」


「あらそうお?

 ワタクシ美味しいと思うのですけど?

 ねぇ魔王様?」


「あ、ああ……」


 魔王様はどうやら僕が何かしでかすのではないかと気が付いてご心配されている様子だ。

 大丈夫です魔王様、僕は冷静ですから……。


「へぇ…、ドリュアキナ、さん、そんなに美味しいんですかぁ」


 そんなわけはない。

 魔王様にとって一番美味しいのは僕。

 僕を差し置いて美味しく召し上がられるなんて許されない。


「なによぉ、ヤツカドくん。

 ワタクシのこと食べてみたいの?

 味見したい?」


「……そんなに美味しいというなら、ぜひ食べてみたいですねぇ」


 そうだよ。

 僕が全部食べてしまえば、魔王様はもうドリュアキナを食べることは出来ない。良い手じゃないか。


 ドリュアキナを丸飲みするために、僕は八足の姿に戻ろうとした。


「こら、ヤツカド」


 魔王様が僕の腕を掴む。



 一瞬で僕と魔王様は裁判所の外に移動していた。

 ドリュアキナはいない。

 外はちょうど日が落ちようとしているところだった。


「落ち着けヤツカド。

 折角出来た裁判所を壊す気か?」


「魔王様、で、でも……」


「何を考えてるのか知らないが、ドリュアキナの冗談を真に受けるな」

「冗談……?」


「ヤツカド、私はおまえに感謝しているんだよ?」

「感謝……?」


 僕はなぜだか魔王様の言葉を繰り返すことしかできなくて。

 冷静だと自分では思っていたんだけど、そうでもなかったのかな。


「昔の話をこうやってドリュアキナと冗談を交えて話せる日が来るとは思っていなかったんだ。

 以前おまえは言っただろう。

『話すということは伝達の手段だが、それだけではない。

 話すことによって人はその重みを軽減することが出来る』と。

 おまえのお陰でこうして話すことが出来たんだと思ったよ」


「あ…」


「そのおまえが、冗談を真に受けてどうする。

 おちおち冗談も言えないぞ?」


「そ……、そうですね、そうです。

 僕、どうかしてましたね」


「分かったらその中途半端な格好を何とかしなさい」


 改めて自分の姿を見ると、化けているのが中途半端に解けていて奇妙な姿になっている。

 皮膚もところどころ裂けて中から黒い本体が見えちゃってるし。

 恥ずかしいな……。


「すみません、お見苦しいところを。

 すぐ直します」



 僕が化け直し終わった頃、ドリュアキナが洞窟から出てきて僕らを見つけた。


「魔王様ぁ! ヤツカドくん!

 そこにいたのー?」


 ドリュアキナは全身の蔦をウゾウゾと動かしながら走ってきた。


「急に消えちゃうから、探しちゃった~」

「すまないな。ヤツカドが変な発作を出したもんだから」


「あら? ヤツカドくんそんなのあるの?」

「成長期を迎えたばかりで、ちょっと今こいつは不安定なんだよ」


「あらあら。

 成長期、厄介よねぇ~」


 別に変な発作を出したつもりはなかったんだけど、魔王様に任せておこう……。


「成長期だからワタクシのこと食べたいなんて言い出したのね~?

 あぶなかったわー。

 ホントに食べられたらシャレにならないじゃないの~」


「ドリュアキナなら、また生き残れるとは思うがな」


「魔王様まで~。

 あのときワタクシが生き残れたのは、幸いというか……。

 ちょうど水が欲しくて洞窟内の深いところまで根を伸ばしていたからなのですわ~。

 あれ以来ちょっとしたトラウマになっちゃって、身体の一部を地面に伸ばしておかないと落ち着かなくなっちゃったんだもの~」


「そ、そうか……。

 それは悪いことをしたな」


「いやぁ~ん魔王様っ、謝らないで下さい~!」


「ヤツカドの調子も気になるし、私達は一旦城に戻ることにするよ。

 死刑の執行はドリュアキナに任せる」



 魔王様……。

 折角の出張だしもう一日くらいのんびり羽を伸ばしていただくつもりだったのに……。


 僕のせいで。

 僕がおかしくなってしまったから……。


 ああ…そうだ。

 多分コレは『罪悪感』……。

 人間だった頃の僕には無かった感情のひとつ……。


 でも本当に、どうしたっていうんだろう。


 ドリュアキナを食ってしまったらダメだって分かっていたはずじゃないか。

 やっぱりまだ本調子じゃないのかな……。



____________________




 来たときと同じように、僕は魔王様の御手を取り、移動した。


 直接城に行くと思っていたんだけど、そこは洞窟を覆い隠す密林の中だった。


「城に帰るんじゃなかったんですか?」

「その前に、ヤツカドは空腹のようだったから、ここで食べていきなさい」


 別に、空腹だからドリュアキナを食べようとしたわけじゃないんですが。

 でも折角だからいただきます。

 僕は八足の姿に戻り、そのへんの動物を数頭いただいた。


「魔王様は召し上がらないのですか?」

「私は維持のために必要最低限の生命は『納税』とやらでいただいているからな」

「そうですか」


「ヤツカド、何か言いたいことがあるんだろう?

 言いなさい」


 なぜ魔王様には分かってしまうんだろう。


 あんまり言いたくないけど……。

 でも魔王様が言えとおっしゃるなら僕はそれに逆らえない。


「魔王様には、僕以外は食べないで欲しいんです」


 こんなことを言ってはいけないのは分かってるんだ。

 魔王様の維持のために僕だけではとても足りないことは知っているから。


「それは、無理だが……」


 ほら、魔王様も困った顔をしておられる。

 分かってますって。


「だが最近『納税』以外で食ってる魔物はおまえだけだ。

 それではダメか?」


 ダメも何も、僕は魔王様をお止めすることは出来ない。

 だからこれは僕の単なる身勝手な我儘なんだよな。


 ふう、信じられないよ。

 僕がこんな子供じみた発想をしてしまうとか。

 人間だった頃も含めればいい大人なんだけどなぁ……。


「いいんです。

 思っただけですから」


 僕は今でこそ八足の姿になっても言葉を発することが出来るようになったけど、魔王様はその前から僕の言葉が分かった。

 考えていることも分かってしまうようで不思議だ。


 そして僕はそんな魔王様のことが愛しくて愛しくて、頭がおかしくなってしまいそうだ。


「ヤツカド、もっと強くなりなさい。

 そして私にいっぱい食べさせておくれ」


「僕もそうしたいと思っています」


「ふふ。おまえはとても美味しい。

 楽しみにしているよ」


 そうか。僕はやっぱりとても美味しいんだ。

 嬉しい。


 いつか、いつか僕はきっと、絶対に


 魔王様が他のものを食べたいと思わないくらいに美味しくなりますから。





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