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6 死刑執行の方法


 ともかく無事、第1号事件の裁判は終わった。


 僕らは一同裁判官室まで戻った。


「あれで良かったか?」


 魔王様お疲れ様でした。

 立派でした。素晴らしかったです。

 最高に美しくて僕は見とれてしまいましたよ。

 大絶賛したい…。


 だけど、この場面で大絶賛はいけない。

 魔王様にはお辛いことだろうけど、裁判官は自分に厳しくなければならない。

 常に自分の判断に完璧というものがないことを念頭に置かなければ。

 裁きで生死を決する以上、謙虚さが裁判官の資質として重要なんだ。


「良いと思います」


 だから僕から言うのはこれだけ。

 物足りない……が魔王様はお気になさっている様子はない。

 むしろ大絶賛すると嫌がられるしな……。

 


 さて、これから検討しなければいけないのは死刑判決の出たケメソの処遇だ。


 死刑制度に関しては日本を含め世界的に色々議論があるところなので、今後修正を加える必要があるにしても、今は死刑以外はムリ。


 そのシンプルな死刑制度ひとつにしても、どうやって死刑を執行するか、いつ執行するか、誰が執行するか、決めなくてはならないことは山のようにある。


 残念ながらまだ魔物世界の法執行手続は、細かいところはほとんど決めていない状態だ。

 僕も毎日忙しく制度を整えてきたけど、さすがに一人でやる仕事なので手が回らない部分も多い。



「ケメソは拘束してあるけど、死刑ってどうするの?

 食べちゃっていいかしら~?」


 ドリュアキナは魔物食べるのに抵抗ないタイプなんだな。


 けど


「ダメです」

 僕は言う。


「死刑の執行方法はいろいろあるだろうれど、僕や魔王様やドリュアキナさんが食べるのはダメです。

 出来れば食べずに死体は処分した方がいいですし、仮に誰かが食べるとしたら裁判や被告人と関係ない魔物がいい」


「なんでよぉ~、どうせ殺すんでしょ?

 食べちゃった方が有効活用じゃないの~」


 答えを教えるのは簡単だけど、法教育の場面においてはドリュアキナも魔王様も僕の生徒だ。

 ここは自分で答えを出してもらいたい。


「なぜだと思います?」


「ひょっとしてなんだが…」


「魔王様、遠慮なく仰って下さい」


「私が、被告人を食うためにわざと死刑にしたと、疑われるからか?」


「正解です。さすが聡明にして僕の敬愛する魔王様!!」


 こんな簡単に答えを出すとは正直思ってなかったな。

 ヒントも必要なかった。


「そういうことです。

 僕や魔王様、そして被告人を拘束する四天王のドリュアキナさんが、死刑判決を受けた被告人を食べて良いことになると、僕らは被告人の死刑にメリットがあることになってしまいます。

 わざと被告人を死刑にしたと疑われても仕方ない」


「やあねえ!そんなことしないわよ~っ!

 ワタクシそこまで魔物食べたい方じゃないし~」


「分かっています。

 そんなことはしないでしょう。

 でも問題は魔物達に疑われる余地を与えてしまうことです。

 そうなれば裁判の公正を信じてもらえなくなる」


 裁判の公正を信じてもらえなければ、魔物達は、法や司法が自分たちの味方だとは思えなくなる。

 そうなれば自ら進んで法律を受け入れることはない。


 法律が魔物達にとって味方なのだと信じさせること。

 それこそが法制度を敷く上で重要なのだから。


「そっか、そうねぇ。分かったわ~。

 被告人は殺して埋めることにする。

 それでいいかしら、ヤツカドくん」


「そうですね。埋める前にしばらく死体を展示出来ればいいんですが」


「展示? ヤツカドくん、それは悪趣味じゃないかしら!」


 まあねえ、悪趣味だと思う。

 僕もあまりやりたくはないけど…。


「見せしめですよ」


 まだこの魔物社会は法による統治が浸透していない。法に服するという発想がない。

 法文も理解していない者は多いだろう。ケメソのように。


 見せしめとして死体を展示しておけば説明の効果がある。

『法に逆らうとこうなる』というのが一見して分かるから。


 ただ、ちょっとさじ加減を間違えると恐怖政治になりかねないので、犯した罪についてキチンと分かるようにしなければならないけど。


「うーん、分かったわ。

 腐る前に展示する……」


「魔王様、よろしいでしょうか?」

「ああ、私は構わない」


 そこで死刑の執行については、後日ドリュアキナ立ち合いの下で行われることに決まった。

 


 ここでの仕事は大部分は終了した。

 後は2、3点の事務手続をすればいいだけ。


 早々に帰ってもいいんだけど魔王様にとっては折角の出張だし、少しくらい楽しんでもらいたい。

 ドリュアキナと会話が弾んでいる様子だったので、僕はそれを見守っていた。


「ところで魔王様、最近はご食欲の方はいかがです〜?

 大丈夫ですかぁ?」


「ああ、問題ないよ」


 前から気になっていたけど、この二人ってなんか親し気じゃないか?


「魔王様とドリュアキナさんって、どれくらいの付き合いなんですか?」

「かなり昔からだ」


「そうねぇ。

 魔王様よりもワタクシの方が長く生きてるのよ~」


 そうなのか。ひょっとして……


「その、ドリュアキナさんって魔王様に食われた魔物の生き残りだったりします?」


 あんまり魔王様の前でこの話題を出したくないけど、やはり聞いておきたい。


「あら?ヤツカドくん知ってるのね~?

 そうなの。ワタクシも魔王様に食べられたけど生き残れたクチなのよぉ」


「食べられたけど、生き残った……?」


 僕の頭にひとつの光景が広がった。


「あのときは本当にみなに申し訳ないことをしてしまった。

 ドリュアキナ、おまえが生き残ってくれたことに感謝している……」


「うふ。いいのよ~。

 だってワタクシの大好きな魔王様ですもん。

 もしまた食べたくなったら、良かったら食べていいのよ~」


「ふふ、勘弁してくれ。

 だが最近は私も食べるのを自制するトレーニングをしているんだ。

 今ならほとんど殺す危険なく食べてやれる自信があるぞ」


「あら~、それはすご~い。

 どんなトレーニングしてるのかしら?」


「それは、1秒だけ……なあヤツカド?」


 二人が楽しそうに談笑している中で、僕だけが遠いところにいる気分になっていた。


「ヤツカド?」

「ヤツカドくん?」


「……ドリュアキナ、さんは、つまり、魔王様と口づけして食べてもらったと……?」


「え? 勿論よ~。

 魔王様が口以外でどこから食べるっていうの?

 ワタクシならともかく」


 ドリュアキナが、魔王様の唇に……?


 それは、聞き過ごせないな……


 ……?

 これはなんだろう……

 以前にも感じた、どす黒い感情が自分の中に満ちていくのを感じる。

 人間だった頃には抱いたことのない、感情……


 目の前にいるこの魔物を、切り裂きたい衝動……


 



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