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5 法律の不知

「被告人の君、名前は?」

「ケメソ」


 魔王様がそう尋ねると、ケメソと名乗る魔物が答えた。


「ケメソは、ペペランタという魔物を殺したと聞いているが何か弁解することはないか?」

「別ニ」


 ケメソはあまり言葉が上手くないのかも知れない。

 ドリュアキナの話では通訳は必要ないレベルだと言っていたけれど。

 それでも言葉が不自由な魔物であれば通訳をつけるべきだろうから、少し様子を見よう。


「なぜ殺した?」

「ムカついタから」


 魔王様の御前だというのに、少々態度がふてぶてしい。

 まあ裁かれてるときに愛想よくしろというのは難しい話か。


「ケメソ、何か弁解した方がいいのではないか?

 魔物殺しは死刑なんだぞ?

 判決が出てしまったらくつがえせないんだ。

 言いたいことを言った方がおまえのためだ」


 魔王様は本当にご立派な方だ。

 被告人の言い分をしっかり聞いた上で出来るだけ公正に裁こうという姿勢がある。

 今後裁判の手続が魔物の間に公開されることになったとして、このような魔王様の御姿を見せれば、魔物の裁判所に対する信頼感は高まるはずだ。

 司法に対する信頼感は、人々を法に服させる重要なファクターだから。



『死刑』の言葉を聞き、ケメソの表情が変わった。

 岩肌の魔物なので顔色は分からないが、青ざめているのではないかな。


「『死刑』?

 そンなの聞いてナイ」


「ドリュアキナが法律の公布を伝えていただろう。

 法律の公布について書かれた石板は見たか?」


「オイは、字、ヨメナイ」


 ケメソの言葉は、少々ぎこちないが、通訳が必要なほどではないな。

 文字が読めないのは仕方ないだろう。

 文字そのものが導入されて間もないから。


「では説明会はどうだ?」


「ドリュアキナ様ガ、法律?とかいうのを説明する会を何度も開いてイタのは知ってル。

 でも面倒ダッタし行かなかタ」

 

 ドリュアキナが法律の公布をアルパドリューの魔物達に知らせる方法については聞いている。

 石板のコピーを作り、あちこちに配置していたというし、文字が読めない魔物のために何度も説明会を開催したとのことだ。

 ドリュアキナはその点しっかりやっていると思う。


 それでも、ケメソは法律の存在も内容も知らなかった。


 だから『魔物を殺すこと』が禁じられていることも『殺せば死刑になる』ことも知らなかった。


 やっぱり。


 僕の予想は当たった。

『法の不知』の問題だ。


 特に今回は法律の施行から間もない。

 これが来るんじゃないかと思った。


 そうかと思って魔王様には予めお伝えしておいた。

 クイを連れてくれば良かったな。

 いい勉強の機会になったろうに。


『法律を知らない相手を処罰するべきか』

 そういう問題。


 ローマ法の法源から来ている有名な法諺ほうげん

『法の不知はこれを許さず』

というのがある。


 法律に違反したとき「そんな法律があるなんて知らなかった」と言っても許されるものではない。

「知らなかったなら仕方ないだろ」と思うかも知れないが、ちょっと考えて欲しい。


 例えば「知らない」ということで刑罰を免れることが出来るとしたら『知っている』よりも『知らない』方が断然得だ。

 そんな社会では誰もが無知であろうとする。

 すると人は学習意欲を阻害され、社会の発展が阻害される。


 今回は法律の公布に関して、ドリュアキナは説明会を開催しているが、知らない方が得なシステムで誰が好んで説明を聞きにくるだろう。

 だから『知らない』ことにインセンティブを与えてはならないんだ。


 法律の運用として「法律を知らなかったとしても処罰する」のが、社会の発展という面から見て正解となる。


「説明会に面倒で行かなかったというのは、何か他に用事があったのか?

 ドリュアキナの話では、全員1度は必ず出席するようにと念を押していたということだが?」


「別ニ。」


 知性の低い魔物であっても、防御権を行使できるよう魔王様は十分に配慮なさっている。

 何か弁明の事由がないかとわざわざ水を向けている。

 自分の行為が法律上許されないものであることを知らないで犯した者であっても『そのことについて相当の理由があるとき』には、処罰しないという考え方もあるんだ。


「もう一度確認するが、ケメソ、おまえはムカついたという理由でペペランタを殺したのだな?」


「弱いヤツがチョロチョロとオイの周りにイルのはムカつく。

 今まで何度もソウやって殺してキタ。

 だけど別に悪イなんて言われなかタ。

 弱いヤツは足手マトイ。

 殺して何が悪イ?」


「そうか……」



 その後、本件の目撃者の話も聞き、被害者の死亡の事実も確認した。

 情状証人からも取り立てて重要な話は出なかった。


 そして魔王様は判決を下された。


「ケメソ、おまえは死刑だ」


 死刑を宣告されたケメソは、一瞬呆然となり、そして次に怒り出した。


「なんでダ! オイは弱いヤツを殺したくらいデ死刑になるなんて知らナイゾ!

 それに足手まといの魔物を殺スのは良いコト!

 足手まといのヤツがイルから周囲が迷惑スル!

 オイのやったことは正シイ」


 こういうこと言うヤツってどこにでもいるよな。

 バカバカしい。


『足手まといを殺すのは正しい』ねぇ……。


 足手まといってなんだよ。

 足手まといと思うのがそもそも間違っている。

 単にオマエがその人材を活用出来ないだけだろ。


 この優秀な僕だって、赤ん坊の頃もあったし当然足手まといだったろうさ。

 司法試験受験生の頃は別に社会に貢献なんてしていない。

 だからといって殺されたらたまったもんじゃない。


 いつでも生産性を持ち続けてなければ殺されても仕方ない社会では、人は学ぶことすらできなくなってしまう。


 老人だって同じこと。

 歳を取って働けなくなったら殺されても仕方ないというのでは誰も『老い』を認めず地位に固執し社会が停滞する。

 病人や障碍者はその病や障害を隠し、事態を悪化させる。


 「弱い者に優しく」なんて道徳の話をしてるんじゃない。

 社会が発展していくためには、人々が安心して社会活動を送れる環境を整えなければならない。

 それが合理的な思考というものなんだ。


 大体、自分より弱い者には価値がないとみんなが考えてしまったら、世界には魔王様しか残らなくなっちゃうじゃないか。


 魔物よりもずっと弱い『人間』すら社会を構成すれば魔物すら脅かす存在になるように『弱い者』をいかに効率よく使うかで、集団の強さは決まる。

 そんなことも分からないものなんだな。



 それはともかく、バカってなんでみんな同じような行動をとるんだ?


 ケメソが逆上して後ろ手に手首を縛っていた蔦をちぎり、魔王様に向かって拳を向けてきた。


 それなりに怪力のようだけど、別に僕が何をしなくても魔王様ならご自身で全く問題ない。


 とはいえ


「静粛になさって下さい」


 廷吏としてケメソを取り押さえた。


 右腕だけ八足の爪を出してケメソを床に押さえつけ、尻尾を巻き付け拘束しました。

 便利だなー。


 魔王様に殴りかかるようなヤツだしここで殺してしまいたいとこだけど

 死刑の判決が出た以上は、ちゃんと手順を踏むべきなので殺さないでおく。





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