4 第1号事件 開廷
裁判の前に、裁判官はどれだけ情報を持ってて良いのかな。
「ドリュアキナさん、今回の件についてお話下さい」
僕と魔王様は、ドリュアキナに説明を求めた。
近代においては、裁判官が刑事裁判の前に訴追側の話を聞くなどということはない。
近代裁判制度においては、裁判は訴追側である検察と、被告人側の弁護人を戦わせ、その戦いを客観的に見た裁判官が判断し判決を出すというシステムを取っている。
その戦いの前に裁判官が検察官から情報を得てしまったら公平性が損なわれる。
そのため裁判官が裁判前に持つ情報は極めて限られており、日本においては裁判前に裁判官は訴追内容の概略が記載された『起訴状』を見ることだけしか許されていない。
これを『起訴状一本主義』と言う。
法に公平性が求められることは前に説明したけれど、これは手続においても同じこと。
公平ではない裁判手続では、魔物達の信頼を得られない。
だから、ここでもドリュアキナからあらかじめ事件について聞くべきじゃない。
本来ならね!
だけど残念ながらまだ魔物社会には、法曹がいないんだ!
弁護士も、検察官も、裁判官も!
三者そろえてバトルなんてとてもじゃないけど出来ない。
法曹がいなくても魔物が集まって判決を決める市民参加型の裁判という手も考えられるが、そこまで魔物社会の市民も成熟していない!
そういうのは古代ローマの市民レベルに政治や社会参加のへの意識が高い市民だから可能なんだよ。
こうなれば、当事者主義的な裁判はしばらくおあずけにして『職権主義』で行くしかない。
職権主義というのは、権力側が主導権を取って裁判を行うやり方のことだ。
魔物社会全体に法曹が行きわたるまでにはまだ時間がかかる。
何度も繰り返し自分に言い聞かせていることだけど、焦ってはいけない。
……こういうの、いちいち説明されるのはウザいと思うかも知れないけど、これは僕自身の記録でもあるから勘弁して欲しい。
弁護士にとっては記録は命。
自分の身を守るために大事なこと。
だから気が付いたことは可能な限り記録として残しておきたい。
とにかく。
ドリュアキナによる説明に話を戻そう。
「魔物殺しがあったとの連絡を受けましたが」
「ええ、そうなの。
いつもなら放置するところだけど、魔王様の法律でしょ。
ちゃんと殺した子を牢屋に入れてあるわ」
「適切です。殺しは間違いないんですか?」
「そうね。見てた魔物はたくさんいるし。
殺された子の死骸もあったわ。
それに自分でも認めてるのよ。殺した、って」
証拠も自白もありか。
通常であればそれほど問題は起きない事案。
後はどれだけ本人に情状があるかを見れば良い話だ。
今の法律では魔物殺しは『死刑』なので、あまり情状を考慮することもないが、例えば正当防衛などといった事情があるかも知れない。
処罰することが公正性に反するような場面かどうかだけ判断すればいい。
とはいえ……
稀にみる有能な弁護士である僕には予感があった。
多分、アレが問題になるんだろうな……。
魔王様が現場で戸惑わないように、裁判前にお教えしておこう。
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間もなく開廷。
魔王様には裁判用に特別に用意しておいたローブを羽織っていただいた。
美しい……。
魔王様にピッタリの漆黒の闇の色の法服だ。
銀色の髪が映える。
むちゃくちゃお似合い……。
魔王様の瞳の色に合わせた金糸の刺繍も、調達は大変だったけけどその甲斐があった。
デザインは専門外とはいえ、人間時代は一流ブランドものを着用していた僕だ。
目は肥えている。
「最高です。素晴らしくお似合いです。
知的で凛々しい魔王様の輝きを際立たせている。
職人には後でたっぷりお礼をしなくては…!
勿論何も着用なさっていない自然のままの魔王様も僕は大好きなのですが、愛しい方の晴れの姿を見る喜びはまた別の……」
「そういうのはいいから」
止められた……。
うう、もっと称えたい……。
それにしてもやっぱり似合っているな。
裁判官の法服ならば黒だろうと思ってデザインしたんだけど、思った以上に似合う。
裁判官の法服の色が黒であるのは『どんな色にも染まらない。
いずれにも肩入れしないで公平に忠実に裁く』そういう意味合いを示している。
そのためか歴史上も海外でも裁判官の法服は黒であることがほとんどだ。
『どんな色にも染まらない』なんて、まさに魔王様そのものじゃないか。
唯一にして絶対であり、崇高で美しい魔王様のカラー。
「ヤツカド」
声を掛けられて我に返る。
いけないいけない。
僕が顧問弁護士として来る前から、魔王様ご自身で何度も紛争を解決されてこられたとはいえ、こういう法廷の場での裁判は恐らく初めてのことだろう。僕が魔王様の緊張を理解しないでどうする。
……でも別に緊張している様子はないな。
魔王様はいつも通りゆったりしておられる。
「すみません、ちょっと考え事をしていました。
僕が廷吏をしますから魔王様は裁判官席にご着席下さい」
法廷に入ると、既に被告人席には魔物が一匹立っていた。
岩肌を持った魔物だ。
大きさは2メートルくらいかな。
それほど大きくはない。
巨大な当事者が来ても大丈夫なように、法廷のスケールは大きい。
これほど大きければ、大抵の魔物は問題なく入れるはず。
……でも僕にはちょっと狭いかも。
被告人の魔物は暴れないように後ろ手に縛られている。
そしてその背後にはドリュアキナの蔦に似た緑色の魔物がついている。あいつの蔦で腕を縛っているんだな。
いいなあの蔦。
今度蔦を持つ魔物を刑務官にスカウトしてみよう。
傍聴人席もある。
そこには魔物が3匹。
一匹は、裁判の様子を楽しみに見守っているドリュアキナ。
そして、そのドリュアキナには目撃者を呼んでもらっているから、一匹は目撃者なんだろう。
多分、もう一匹は情状証人あたりなんだろうな。
「1号事件、開廷します」
法廷内に響く声で僕はそう告げた。
次回、判決です。
被告人は素直に従ってくれるかな。
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