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2 顧問弁護士の仕事は多岐にわたる


「魔王様! ローブが仕上がりました。

 着用して見せて下さい!」


 僕は納品されたばかりの黒いローブを手に謁見の間で鎮座する魔王様の御前にまみえた。


 この魔物世界においてはあまり服を仕立てる文化的発展がなかったが、防寒のための服を作っている魔物がいた。

 そいつに頼み込んで何とか作ってもらったんだ。

 そもそもデザイン性という言葉すらない状態からここまで来るのは並大抵じゃなかった。


「これのどこが法律事務所の仕事だ」と思われるかも知れないが、それは浅はかというもの。

 弁護士の仕事は多岐に及ぶ。

 ときには裁判や交渉に臨むクライアントの服装に関するアドバイスもする。


 服装に関して言えば例えば、刑事裁判の被告人にスーツを着用させるべきと刑事弁護士や弁護士会が裁判所に要求し実務上認められるようになったというのは有名な話だ。

 それだけ見た目が裁判や交渉に与える影響は大きい。

だからこそ僕には魔王様のお召し物についてアドバイスをする義務がある!


「私はこのままでも……」


 魔王様はいつもお召しになっている粗末なローブを素肌の上に着たままだ。


「魔王様、何度も申し上げていることですが、裁判というのは国家的な権威にかかわるものです。

 法に権威がなければ魔物は従いません。

 だからこそ裁判は厳かに行われ権威を示さなければならないのです。

 その権威の元となる魔王様が粗末なナリでどうしますか。

 これは魔物の社会化のため、ひいては魔物の未来のためですよ。

 せめて裁判のときくらいは着用なさって下さい」


 裁判というのはひとつの儀式でもある。

 そして儀式にヒトは権威を認める。

 社会心理学的に言うなら、ヒトにはひとたび権威を認めると、それに服従するようになる性質があるとされている。


 ともかく、魔物の社会化のために裁判の権威付けは大事なこと。

 ついでに言えば僕は美しく着飾った魔王様が見たいのです。


「……わかった。

 着て見せればいいんだな」


『魔物の未来のため』という言葉に魔王様が弱いのは熟知している。


「あ、僕がやりますから」


 そう言って僕は魔王様の背後に回り、羽織っている粗末なローブに手をかけ、するりと脱がせた……。


 うわぁ……魔王様の服を脱がせているかと思うとなんか胸が躍ってしまうな。

 誓って不純な動機のつもりはない。多分。


「気をつけろよ?」


 魔王様はそうおっしゃるが何を気をつけるというんだろう。

 美しさに目が眩まないようにかな。


 魔王様の美しい裸体が目の前に……。


 全身が宝石のようだ。

 その素肌は、深い紺碧の内にブラックオパールのような多彩な色彩を放っている。魔王様のつややかな肩は、柔らかいのかな。それともやはり宝石のようになめらかなのかな。

 

 触ってみたいな。


 少しくらい触れても良いよな……。

 採寸確認ということで……


 僕は魔王様の後ろから腕を回し、魔王様を包むように抱きしめた。


 ひやりと冷たい肌の感触が伝わり……そして……


「あ、バカ」


 魔王様にバカにされた……


 僕の心臓のあたりを、何かが貫いている。


「ごふっ……」


 口から消化液を吐き出しそうになったが、魔王様にかかるのを防ぐため必死に口で堰き止めた。


 えーと……?

 まずは状況把握だ。


 今の状況は……。

 魔王様の冠羽かんうの先が僕の胸のあたりを貫いている。

 あれって、飾りじゃなかったんだなぁ……。


「おいヤツカド、大丈夫か?」


 冠羽を引き抜きつつ魔王様が倒れそうになった僕の手を取った。

 そんな場合ではないけど嬉しい。


「ぐ……大丈夫です。全然。

 いつものアレの方がよっぽどキツイです」


 キスで生命を抜かれてるときよりはずっとマシ。

 この程度の傷ならすぐに戻るし。


「気をつけろって言ったのに。

 全方位警戒型なんだから」


 魔王様いろいろあるなぁ……。

 でもこれでまたひとつ魔王様の知らなかった側面を知ったわけだ。

 愛する方のことを知るのは喜びでしかない。

 折角なのでもうちょっと聞いておこう。


「全方位警戒型ってなんですかね……」


「背後からの不意の接触に対する防御器官が出てる状態にあるということだ。

ヤツカドだってあるだろ」


「そんな駆逐艦隊みたいなの、ないですよ……」


 言ったあとに


「ひょっとして頭の後ろに出てる触覚みたいなの?

 アレがそうなんですかね」


 そういえばあれは何だろうと思っていたんだ。


 八足の姿のときに頭の後頭部から後ろに出ている触覚のような、角みたいな…。

 以前成長期のときには分岐して伸び散らかっていたけど、あれは超警戒状態だったのかな。

 今は前と同じく2本、生えているだけだ。

 ただ以前よりだいぶ太く目立つようになったみたい。

 今は腕や足より太いかも……。


「自覚なかったのか。

 良かったな犠牲が出る前に気が付いて」


『魔物は個性豊かに生まれてくるため、生まれてすぐには自分のことが分からない。少しずつこうやって自分のことを知るしかない』とは聞いていたけど、さすがにもうその手の話はないと思ってたな。


「これですよね」


 僕は頭の後ろからその黒い2本の突起を出してみせた。


「そうだ。危ないからそれを出しているときに背後に誰かを寄らせない方がいいぞ」


 確かに危ないな……。

 普段は出してないからそう問題はないと思うけど。


 でも危険な交渉に出向くときなどには出しておくと便利そうだ。


 人間時代にもこんなのあったら良かったなぁ。

 そうしたらあんな風に死ななくて済んだかも知れない。

 そうじゃなくても弁護士という職業上、反社会的勢力とかかわることも多いから日常生活は危険も多いしね。 


「分かりました。

 あとすみませんちょっと僕、御前で失礼ですが化け直して良いですか?

 体に空いた穴もとっとと直しておきたいので」


「ここなら広いから問題ない。

 済ませなさい」


 これが最近の僕の日常。



 僕が魔王様から距離を取り化け直していたところ、謁見室の入り口から甲高い声が聞こえた。


「魔王サマーーーーー!」


 なぜマルテルは魔王様のところに来るときに声を上げるんだろうな。

 習性かな。


「マルテルさん、どうしました?」


「ヤツカドもいタの?

 丁度イイや。ハイこれ」


 マルテルは僕に石板を渡した。


「ああ、ドリュアキナさんからだ。

 えーと『まものころし こうそくしてる』」


『魔物殺し 拘束してる』ということか。


 ドリュアキナさんもだいぶ書面書けるようになったなぁ。

 今はまだ連絡事項だけだけど、この調子でいけば書面でやり取りできる日も近い。

 先生としては嬉しい限りだ。


「魔王様、いよいよ裁判です。

 早速アルパドリューに行きましょう」






次回は嵐荊王らんけいおうドリュアキナさんと一緒のお話です。


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