3 エピローグ(ここでいったん完結しました)
「まだ身体が不安定だろう。
もう数日休んでから城に戻るといい。
クイには説明しておいてやるから」
魔王様はそう言うと僕を洞窟の入口に残してお姿を消してしまわれた。
成長痛はものすごく痛かったけど、過ぎてしまえば調子がいい。
もう大丈夫だと思うけど……。
そういえば、この世界で顧問弁護士として働き始めてからマトモに休暇らしきものも取っていない。
ここは魔王様のお言葉に甘えて休むのもいいかも。
城に戻る前に、もうちょっと生肉食べとこうかな。
しかし、外は日が昇っているからちょっと洞窟から出るのは億劫だ。
正直、この魔物世界には娯楽らしい娯楽がない。
楽しみと言えば食べることくらいか。
といっても、別に不満はない。
今となっては女と遊ぶことに魅力も感じないし、もともとギャンブルにも興味なかった。
大体カジノにしろ競輪競馬にしろ、あんな作られたギャンブルは一体何が面白いのかサッパリ分からない。
胴元に金を注ぎ込むだけの茶番じゃないか。
パチンコ?あんなのは単なる刺激による脳内麻薬生成機だろ。
得るものなんて何もない。
それより人生そのものがギャンブルの方が面白い。
今の人生、仕事は十分刺激的だし、何より魔王様のお力になれるのが嬉しい。
僕は日の当たらない洞窟の入口で寝そべっていた。
地面は湿っているけど、 服が汚れても化け直せばいい。
たまには仕事以外のことでものんびり考えていようかと思ったけれど、つい考えてしまうのはやはり魔王様のこと。
誰よりも崇高で美しい魔王様。
魔王様の望むのは、脅かすもののない魔物達の世界。
それが長く続くこと。
魔物の社会化はそのための手段。
人間は、欲深く愚かだ。
今は魔物と人間が距離を保って生きているけれど、あいつらは支配する領域を広げてくる。
いつか、魔物達の生きる洞窟が人間の目に触れてしまったら、あいつらきっと『未知のダンジョン探索だ』と言ってズケズケと僕らの生活領域に入ってくるんだろう。
そして弱い魔物を狩って金に換えて。
勝てない強いものと分かれば、その『社会性』を武器に軍隊を組織し、暗殺者を雇い、洞窟を破壊し、どんな手を使ってでも魔物を排除しようとする。
そんなのは想像に難くない。
そうなれば魔王様はきっと悲しまれる……。
僕もお力添えするとはいえ、魔王様や僕達だけの力では多分、人間の大きなうねりには敵わない。
やはり魔物の社会化は必要だろう。
そのためには今は土台作りの時期。
そろそろ教育制度の整備にも手をつけないと……。
と、ついつい仕事のことを考えてしまうな。
魔王様に休むように言われたのに。
ふと、近くに獣が寄ってきているのに気がついた。
イノシシに似た動物。美味そうだな……。
いったん八足に戻ってたら、その間に逃げてしまうだろうな。
でもなんだか、成長期を過ぎてみると調子が良くて……。
この人間の姿でもどうにか出来るんじゃないかと。
僕は視線に力を込めてみた。目がじんわりと熱い。
獣と目が合う。
やっぱりだ。
鬼眼が発動してる。
もうこの獣は僕のもの。
獣が僕に向かって足を進める。
近くに来るまで待つのは焦れったいな。
早く食べたい。
僕は口から青く長い舌を伸ばして獣の胴体に巻き付け傍に引き寄せた。
人間のままで食べるには少し大きいから、細かく切りたいな。
僕の右手が鋭い爪先に変わる。
僕は爪で獣を引き裂き皮をはぎ、血の滴る生肉に食いついた。
口の中の消化液で肉は柔らかく溶けだす。
牙で噛み切りながら肉の素材の味を堪能した。
ふう、美味かった。
剥いだ皮は素材に使わせよう。
……って、あれ?
僕としたことが、全身血塗れじゃないか。
洗練されたこの僕が、こんな品のない食べ方をしてしまうなんて。……失敗失敗。
汚れついでだし、もう何匹か狩って城に持ち帰るか。
食料庫担当の魔物に頼んで干し肉にしてもらおう。
その後、6匹の獣を狩り、爪で串刺しにして持ち帰った。
城付近では、すれ違う魔物がみんなして遠巻きに僕をジロジロ見ている。
そうだろうな。
今の僕の姿は自分では確認出来ないけど相当人間からは崩れてしまってるはず。
化けてるところを部分的に崩すことが出来るのが分かったよ。
肉を置いたら部屋に戻ってリセットしないと。
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一人自室で化け直してから、僕は執務室に顔を出した。
クイはまだ仕事中かな。僕の留守中しっかり勤めてただろうか。
こういう突然の不在のときこそ、今までのパラリーガル育成の成果が分かるというもの。
ドアを開けるとすぐにクイは僕に気がついた。
「ひ……」
なんだか怯えた様子で数歩後ろに下がる。
「どうした?クイ」
僕の格好、なにか変だったかな?
化け損ねてる?
くっそ、やっぱり身だしなみを整えるのに鏡がないのは痛い。
開発できないものか。
そういえば魔王様は鏡作れたな。
あれ教えてもらえないかな。
「ヤツカド、だよな?」
「そうだよ。なにか変かな?」
「あ……いやどこも変じゃねえよ。うん。
なんか最初見た時雰囲気が怖くて……。
でも気のせいだ」
雰囲気?
「まあいいや。変じゃないならいいんだ。
突然留守にしてごめんな。
魔王様から事情聞いてるか?」
「ああ。成長期だったんだって?
大変だったな」
「すごく痛くてビックリしたよ。
今はもう平気だから、ぼちぼち仕事に戻るよ」
「ヤツカドがいない間も進められるものは進めておいたぜ。
チェック必要な書類はデスクに置いてあるからな」
「さすがはうちの優秀なパラリーガルだ」
「へへっ。まあな!」
パラリーガルに自分から動く習慣をつけさせるには、仕事を積極的に評価することが肝心だ。
やる仕事にことごとくダメ出しするような上司では、部下は失敗を恐れて動かなくなってしまう。
最近のクイは自信に満ちていて本当にいい。
こっちの世界なら世界一のパラリーガルなんじゃないか?
といっても、まだクイの他にはパラリーガルはいないと思うけど。
そういえば僕が人間やってた頃のパラリーガル達はどうしたかな。
事務所には他にも弁護士はいるし、僕がいなくても誰かが引き継いであのまま法律事務所は続いているかも知れないな。
万が一解散していたとしても、しっかり育て上げたパラリーガルは引く手あまただろうから、僕がいなくても困らないとは思うけどね。
折角育てたパラリーガルが誰かに使われるかと思うと惜しいけど、こっちの世界に来ちゃったものは仕方ない。
それにこっちの世界には、代えがたい最高の幸せがあるからな。
もしも戻れと言われても戻る気はない。
なにより、素晴らしい魔王様との濃密なキス……(一瞬だけどね)
あの至福の時を僕が独り占めできるなんて……
待てよ……
本当に僕の独り占めなんだろうか。
代々魔王に伝わる秘術とやらで魔物全般の生命を召し上がっているとは聞いていたけど、口から召し上がっていただいているのは僕一人だと勝手に思っていた…
魔王様、他のヤツとキスしてないだろうな。
好きこのんで生命を捧げたいなんて変わり者が僕の他にいるとは思わなかったから考えなかった……
しかし、あのお美しい魔王様なんだぞ?
よく考えたらキスしたくて魔物が列を作ったっておかしくない。
魔王様の貴重な食糧になるのは僕ひとりで十分だ……
「お、おいヤツカド、大丈夫か?
なんか顔が怖いぞ」
「……なんでもない。
ところでクイは魔王様に生命を捧げたことってないよな?」
「当たり前だ。
そんなことしたら生きちゃいねぇよ」
良かった……
とりあえずクイは魔王様とキスしてない。
もしここで
「もちろんあるぜ!よく口移しで生命を食ってもらってるよ!」
とか笑顔で言われたら、思わず八つ裂きにしてしまって僕は魔物殺しの罪で被告人になるところだった……。危なかった…。
いや、僕なんかおかしくないか?
これってまさか、嫉妬……? なのか?
『嫉妬で自分の身を滅ぼすとかバカじゃないか?
自分の身が一番大事なのに自分を滅ぼしてどうするよ』って、以前の僕は普通に考えていたことだぞ。
こういうときこそ、冷静にならなくては……。
まずは現状把握と事実確認が肝心だ。
存在しない相手に嫉妬しても始まらないだろ。
そういう相手がいるかどうかを確認して、そいつの始末はそれから考えよう。
……いや待て、この思考はやっぱりおかしい。
自分は自分のまま、何も変わらないと思っていたけれど、本当にそうなんだろうか。
僕は自分でも気が付かないうちに、既に元の僕とは違う生き物になっているんじゃないだろうか。
もう確認する術はない。
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【 エピローグ 】
こうして僕は、魔王様の顧問弁護士になり、今も日々粛々と魔物の社会化計画を進めている。
『 僕こそが、あなたに必要なものです。だからこの世界に呼ばれたんですよ 』
口から出まかせで、そう魔王様に告げたけど、これは真実だったのかも。
魔王様が魔物世界の未来を望んだから、その切なる願いが僕をここに喚んだ。
僕自身は、ここに来て魔王様にお会いして何だか随分変わってしまった。
自分ではよく分からないけど。
たださ、よくよく考えてみると
ひょっとして、全部僕の望み通りじゃないか?
『死んでしまったものは仕方ないから、優良な顧問先を確保して、楽しく何不自由なく生きていく』
もともと僕のささやかな望みはそんなもんだ。
魔王様という最高の顧問先も得られたことだし。
僕の勝ち組人生は続行中。
全く問題なかったよ。
さて。少々連絡が遅れたけど
先立って、魔王様のご厚意により魔王城内に法律事務所を設立致しました。
以下告知です。
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【告知】
法律事務所設立に際し、設立したばかりで恐縮ですが
相談窓口をこれにて閉鎖します。
僕のような優秀で忠実な顧問弁護士をお探しのことと思いますが、残念ながら僕は魔王様の専属なので、どんなに金を積まれても他の依頼は受けられません。
しばらくは専属のクライアントの仕事に専念致します。
必要であれば、ご自身で弁護士を召喚してはいかがでしょうか。
満足な報酬を払い、自分が支えるに相応しい相手だと弁護士に信頼してもらえるなら
きっとその弁護士はあなたの素晴らしい味方になってくれることと思います。
それでは。
八角法律事務所
連絡先住所 魔王城
代表 八角人志
『とにかく完結させた方が良いよ』というアドバイスがあったので、『魔王の顧問弁護士』ひとまず完結させました。
読んで下さってありがとうございます。
こういうノリお好きでしたら感想等でお伝えくだされば、ぜひ続き書きたいとこです。
ブクマや評価、本当に嬉しいです。
2020-8-28追記
完結させた本作ですが、再開予定です。
感想むちゃくちゃありがたすぎて、続き書いちゃおっかなと。