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2 なにも、変わらない


 痛い、痛い、痛イ!

 イタイ、イタイ、イタイ イタイ イタイ……!


 突然の激しい痛みが僕を襲う。


 胸が痛い、今までの痛みの比じゃない。

 心臓が八つ裂きにされているかのような痛み……!

 なんだこれ、なんだこれ…!


 僕の身体は全身が痙攣を起こし出した。

 僕の意思に反して、身体が上下に激しく揺さぶられる。


「ヤツカド!」


 魔王様が支えて下さるが、痙攣が止まらない。


 くそ、こんな醜態を魔王様にお見せしてしまうなんて、僕としたことが……。


「ぐっ……げ……」


 内臓から何かがこみ上げてきて僕は嘔吐する。


 ああ、魔王様の執務室の床が汚れてしまう……。

 掃除しないと……。


 緑色の吐瀉物がこぼれると、床が煙を出して溶けていく。

 ……掃除じゃ済まないな。

 あとで床を修理しないと…


 というか……これ、僕の消化液じゃないか。

 この姿で消化液を吐いてしまうなんて、これは相当ヤバいんじゃないか?


 魔王様が僕の腕をつかんだ。

 一瞬で洞窟の外に出ていた。

 魔王様が連れて出て下さったんだ。



 夜の闇の色も、立ち並ぶ木々の匂いも今の僕には感じられない。

 少しでもこの痛みを軽減するために、八足の姿に戻った。


「ぷしゅ、るる……ぶふっ……」


 いつもなら楽になるはずなのに、身体の痙攣が止まらない。


 おかしい。


 僕の身体……黒いこの巨体のあちこちがボコボコと波打つ。


 頭が痛い。

 頭が何かに引っ張られている。


 全身が熱い。


 この硬い身体がところどころ裂けているようだ。

 メリメリと音が聞こえる。


 身体が大きく脈打つたびに、僕は口から消化液を吐き出している。


 魔王様にかからないか心配……するまでもないか。

 魔王様はかなり遠くまで距離を取っているのが微かに見て取れた。良かった。


 これで安心して痛みに悶えることが出来るぞ……。



 ということで僕は痛みのあまりのたうち回った。


 僕の八足は無秩序に、ところかまわず周囲の木々をなぎ倒し、岩を粉々に破壊し続ける。

 吐き散らかした消化液は次々に木々を枯らす。


 頭が痛いと思っていたけど、どうも後頭部から後ろに伸びていた触覚?角?みたいなものが幾重にも分かれて縦横無尽に伸び散らかっている。なんだよこれ…。


 たわしのような硬い毛が生えていた身体がところどころ裂ける感覚。

 裂けた場所から更に生える毛は、毛というよりは鋭い刃物のようだ。


 それに口に違和感が……僕の牙が、いや爪もだ。

 なんかさっきより伸びてないか……?


 尻尾も、こんなに太かった覚えはない……。

痛みのあまり尻尾を地面にビタンビタンと叩きつけると地面が揺れる。

 身体が全体的に大きくなってる……?


 かなり長い間僕は肥大化する痛みに耐えていたが、ようやく伸びるだけ伸び切ったところで、裂けるような痛みが少し引いてきた。



 そうかと思うと次は恐ろしい食欲がわいてくる。


 エネルギーが足りない。

 何か食べないと、煮えたぎる僕の消化液で内臓が焼けてしまいそうだ……。


 なんでもいいから、口に、腹に入れないと…!


 僕はほとんど意識しないまま、5つの赤い目それぞれ別々に獲物を捕捉し鬼眼きがんで捕らえていた。

 野生動物達はこの騒動で遠くに逃げてしまっていたが、その程度の距離では僕の鬼眼きがんからは逃げられない。


 捕らえた動物を次々に口に引きずり込むが、それでも動物の肉だけじゃ足りない。


 目につくもの全て手当たり次第に口に入れた。

 樹木だろうが岩だろうが構わなかった。

 視界に沼が見えたので、沼が涸れるまで全て飲み干した。

 口に入ったものは僕の消化液でキレイに溶けて栄養になっていく。


 身体の変化は、正直もうどうでも良かった。


 それよりも、僕は朦朧とした意識の中で、強い恐怖を感じていた。


 変わってしまうのは、身体だけじゃない。

 精神も、何かおかしい。


 僕の中にどす黒いものが広がっていく。



 認めたくない僕のこころ


 今思うと、少し前からその傾向はあったんだ。

 だけどそれを認めたくなくて、抵抗して……

 その度に胸が痛んだ。


 僕は、愛する魔王様に全て捧げ、魔王様の望みを叶えていられればそれで良かった。


 見返りを求めず、ただ愛していられればそれで満足だったのに。




____________________




 あれからどれくらい時間が経ったのだろう。


 気が付くと僕は八足の姿のまま、草一本ない枯れ地の上に横たわっていた。

 

 ……そうだ。周囲にあったものは全部食べてしまったんだった。


 自分の姿は少し変わってしまったのかも知れないけど、もともとバケモノだったんだから今更どうということもない。

 鏡がないから確認も出来ないし。


 ふと見ると目の前に魔王様がいた。


 改めて見ても本当に美しい。


 ただここはちょっと眩しいな……。


 日が昇っていた。


 魔物は日の光がニガテだ。

 だけど、それも気にならないくらい朝も夜もずっと暴れていたような気がする。



「……ま……魔王様」


 言った後に驚いた。

 声が出てる。

 八足の姿のままで。


 ちょっと発声の途中にボコボコ消化液が邪魔するけど、喋れるじゃないか。


 魔王様は僕を眺めるように見回した後、僕のこの、一回り太くなってしまった腕をつかんだ。


 一瞬だった。

 僕は既に洞窟の中にいた。


 魔王様の移動は本当に便利でいいな。

 洞窟の中は日の光が遮られており、居心地がいい。


「落ち着いたか?」

「あ……ありがとうございます。もう大丈夫です…」


 声が出ると言っても、やっぱりちょっと発声しづらい。


 僕はいつもの人間の姿に化けた。八角人志やつかどひとしの姿に。


 うん。大丈夫。

 何も変わらない。


 ……変わらない、よな?


「僕、かなり広範囲に壊してしまったと思うんですが、魔物達の住処は無事ですか?」


 洞窟の中まで壊していないだろうか。

 壊してしまったら直さないといけない。面倒くさい……。


 それに故意でないにしても、もしも魔物を殺してしまっていたら。


 作ったばかりの法律で、さっそく僕が被告人になってしまうじゃないか。

 意識がなかったから『意思能力無し』『責任無能力』として無罪になる予定だけどね。


「それは大丈夫だ。

 かなり遠くに移動させたからな」


 魔王様の配慮がありがたい。


「それで僕は一体どうしちゃったんですかね……」

「あれは成長期みたいなもんだ」


 成長期?


「以前に話しただろう?

 私がまだ生まれて間もなかった頃、コントロールを失って大勢食ってしまったこと」


「ああ……」


 それが僕にも起きたってこと?

 僕、成長期だったの?

 そりゃまあ、確かに生まれてからまだ間がなかったけど……。


 でも、そうかぁ。

 それは納得する。


 魔王様がもし僕を遠くに運んで下さらなかったら、危うく大惨事になるところだった。

 さすが魔王様。


「魔王様のお陰で犠牲を出さなくて済みました。

 本当にありがとうございます」


「ああ、うん。

 大事無くて良かったな」


 魔王様はやっぱり偉大でお美しく、素晴らしい方だ。

 僕の全ての愛と忠誠を捧げるに相応しい至高の存在……。


 あの痛みの中で、僕が変わってしまったように感じたけど

 別に何も変わらないな。


 良かった。僕は僕のままだ。

 魔王様を愛しく思う気持ちも、この気持ちを抱くことで感じる快感も、何も変わっていない。


 これからも何も変わらない。


 魔王様の望む『社会』を魔物世界にもたらすこと。

 そして魔王様の憂いを取り除き、魔王様にお喜びいただくのが僕の望み。


 さてと。

 落ち着いたら気を取り直して仕事に励もう。

 何日無駄にしてしまったのか、確認してスケジュールを組みなおさなくては。






読んで下さってありがとうございます。


ヤツカドさんに成長期が来るのを魔王様は分かってたんですね。


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