18 法の権威を高めるためですから
ヤツカドさんは、ラノベとか読んでなかった人です。
「ここに法律の公布を宣言する」
魔王様はその御前に参じた四天王の前で厳かに告げた。
これで法律は施行された。
あとは四天王が各々各コミュニティに戻り法を誠実に執行してもらわなければ。
四天王の面々にはたびたび定時報告に来させた際、法の実施に関してもレクチャー済だ。
とはいえ理論と実践は違う。
これからしばらくは僕が現地に赴いて指導する必要がある。
今この場に四者全員揃っている。
四天王とは面識があるが、なかなか個性的な魔物達だ。
まずラヴァダイナスのダイナモス。
ダイナモスにはカッコいい二つ名を考えておく約束をしてあったので、何とか頑張った……。
僕にその手のネーミングセンスはない。
さすがに自覚せざるを得ない。
「ラヴァダイナス知事でいいかな」とクイに相談したら「ダイナモス気の毒に…」と哀れなものを見るような目で見られた。
分かりやすくていいと思ったんだけどな……。
その後公募に出したりしてみたが、魔物の連中は人のことを言えない。
ロクなアイデアを出してこなかったよ……。
ネーミングセンスがない場合は理論的に名前をつければいい。
『四天王』なんだから最後に『王』をつけておけばソレっぽくなるだろ。
ダイナモスは見た感じが爬虫類っぽい。
近いのは恐竜かな。
熱い場所が好きで火山窟に生息している。
火を吐く習性もあるので、なんとなく『焔竜王ダイナモス』と決めた。
……これ以上のものを僕に要求しないでくれ、頼むから……。
なお、ダイナモス本人は大いに気に入ったようなので良かった。
扱いやすい素直な魔物は嫌いじゃない。
あとの面子もこうなったら四天王全員セットだ。
ほとんどヤケになって適当に二つ名をつけさせてもらった。
『嵐荊王ドリュアキナ』
『砂蚯王オルゴイ』
『深涛王リヴァルド』
……あまりつっこまないで欲しい……。
見た目とコミュニティの特徴を当てただけなんだ……。
ネーミングセンスが足りないのは分かってるから……。
いくら僕がマルチな才能に恵まれているといっても、誰しもニガテ分野くらいあるんだ…。
その僕はというと、魔王様のやや後ろに控えている。
「ではみな、久しぶりに積もる話もあるだろう。
席を用意してあるので寛いでくれ」
魔王様の解散の合図で四天王は会場を移す。
食糧庫からいろいろなタイプの食糧を出しておいたので、好きに食べてもらうことにした。
以前は食糧庫にはロクな食い物がなかった。
これは生き物を生で食う方が好きな連中が多いのであまり備蓄する必要がなかったためだったが、最近は僕のリクエストで干し肉や果物なども入れてもらっている。
確かに生で食う野生動物は美味いが、仕事が忙しいとわざわざ狩りに行くのは面倒なんだ。
僕の生食は出張の折くらいにしている。
ダイナモスが干し肉を抱えたまま寄ってきた。
「ヤツカド殿。このたびはカッコいい二つ名を考えてくれたな!礼を言うぞ」
うん。大変だったからね。
たっぷり感謝していいよ。
「ヤツカド…」
そっと僕のジャケットの裾を掴んできたのは、リヴァルドだ。
見た目は小さな人間の男の子の姿。
だけどこいつは四天王の中で唯一化けている。
正体のままではこの場にいられないからなんだよな。
リヴァルドは住んでいる土地から離れるのが困難だったんだけど、僕が化ける練習に付き合って、今では少年の姿を取ることが出来るようになった。
だから今日もこうして魔王城まで来られるようになったわけだ。
「小さい姿がいい」と本人が言うので、僕が手本を見せてこの子供の姿を取るようになった。
……でもこの姿は僕の7歳くらいの頃の姿なので、ちょっと変な感じがするな。
「リヴァ、化けるのうまくなったでしょ……?」
「ええ。それにしゃべるのもうまくなりましたね」
リヴァルドは僕と同じく元の姿では発声すらまともにできない。
そのための練習時間も必要だったので他の四天王よりも長く相手をした。
そんな事情もあって親近感を持たれているのが分かる。
僕を見てにっこり笑う。
その姿からはとても想像出来ない凶悪な本体を持つ魔物だ。
子どもでもなんでもない。
相当長く生きているし。
「俺にもヤツカドと話させろよ」
そう言って割って入ってきたのはオルゴイ。
四天王の中では最も見た目が人間っぽい。
だからこいつと会話していると人間に戻ったような気分になるよ。
ただしオルゴイが人間らしいのは上半身だけで、腰から下は……えーと……ミミズ?だな。
その伸縮して動く様はなかなかエグいので、僕の世界の人間が見たら間違いなく逃げるんだろうなぁ。
全長は10メートルくらいかな。
伸縮するからよく分からないな。
上半身は結構イケてると思う……僕ほどではないとしても。
オルゴイとは初対面のときには色々あったけど、今は良い関係を築けている。
「ねえ、魔王様もいらっしゃるの? おしゃべりしたいです」
そしてドリュアキナ。
全身に棘が生えた蔦で覆われた魔物で、なんというか緑色なヤツだな。
声は女性っぽい。
蔦の奥に顔があるようなんだけど、まだ一度も見たことがない。
この四天王の連中と僕が友好的な関係を築くことは重要なこと。
なにせ魔王様の法律を実際に実施するのはこいつらなのだから。
こいつらが魔王様や僕の指示に従ってくれなければ法律も効果を発揮しない。
四天王には文字も学ばせ、法教育を行っているので、僕にとっては生徒みたいなものだ。
「それより法律のことで聞きたいことがあるんだよ、ヤツカド」
おお、オルゴイ。勉強熱心で素晴らしい。先生は嬉しい。
最初の頃の反抗的な態度が嘘みたいだ。
「もちろん……」
答えようとしたところで、ホールに魔王様がいらっしゃった。
僕はその場で跪く。
それを見て四天王も習ってくれた。よしよし。
魔王様はこういった様子を『大げさだ』とおっしゃられたけれど、これは必要なこと。
なにせ今、法律の権威の源泉となるものが『魔王様』しかないのだから。
法律は、最高決定権、つまり『主権』に基づいて存在し権威を持つものとされる。
権力を権力たらしめるものと言うべきか。
権威の存在あって初めて法律が力を持つともいえる。
当たり前のことだけど、誰が作ったのかも分からないルールに従う道理はないってことだ。
一般的に民主主義社会であれば、その法律が権威を持つのは、主権者である国民が選んだ代表者による立法は国民の信託があると考えられているからだ。
つまり国民は代表者の集まりである国会に『法律を作らせた』形だ。自分で作った法なら従うのは当然だろ。
それは権力者側のタテマエでもある。
このような民主主義国家は権力の仕組みとしては素晴らしいものだけど、残念ながら魔物社会ではまだ『主権者としての国民』が観念出来そうにない。
それほど原始的な社会なんだよ。
だから今は、王政でいい。
権威の源となるのは魔王様だけでいい。
それなら魔物にも理解出来る。
魔王様こそが権力の源泉である以上は、魔王様の権威は魔物にとって強大であることが明確でなければならない。
魔王様の権威こそが今の法律の根拠なのだから。
だからこそ魔王様に仕える者としては、ちょっと大げさなくらいに魔王様を立てなければならない。
そのあたりは以前から何度も魔王様に説明申し上げ、ご理解いただているつもり。
最近は魔王様も受け入れて下さっている。
……という名目で、尊くも美しく至上の存在である魔王様を大々的に称えるチャンスがあるのは素晴らしいと僕は思ってるけどね。




