16 夢で逢えたら
八足に戻り休むこと数分。
何とか手足に力が入るようになったため、僕は人間の姿に化けた。
「本日はこれで下がらせていただきますね。
また回復したら訓練のお相手をさせて下さい」
 
僕は姿勢を正し、そう言った。
魔王様の視線を感じるが今は自分の部屋に戻ろう……。
謁見の間を出て、魔王様の視線の届かない場所まで来ると、僕はその場に崩れ落ちた。
魔王様の前では出来るだけ平気な素振りをしていたけど、やっぱり生命を食われてるからそう簡単には回復しない。
壁にもたれかかり、足を引きずり僕は部屋に向かった。
身体が重い。
部屋が遠く感じる。
「ヤツカド」
部屋までもう少しというところで声を掛けられた。
そこにはクイがいた。
「クイ…? まだいたのか?
先に帰っていいって言っていたのに」
 
「そうだけどよ、ヤツカドがあんまり遅いから様子を見に行くところだったんだ」
「そんなに遅い時間か?」
クイに肩を貸してもらい、自分の執務室で時間を確認してみると確かにかなりの時間が経っていた。
僕はソファに身を預けて脱力した。
 
「ふう、ありがとなクイ」
「いいけどよ……。その様子だと、また魔王様に食われたのか?」
「んー。まあな。
でも今回は寝込んでもいないし。
ちょっと疲れただけなんだ。すごいだろ」
 
「ちょっと疲れただけには見えねぇぞ。
むしろ死にかけてる感じだ」
生命を食われているわけだから、死にかけてるというのもあながち間違ってはいない。
でも僕は今、魔王様とのキスの余韻で、幸福感でいっぱいだ。
今後『訓練』を継続したいと魔王様がおっしゃって下さった。
つまり、またこの最高の幸福感を味わえるということだ。
やばいな。どうしよう。
幸せ過ぎて滅びてしまいそうだ。
「そんな報われないの、見ててつれぇよ」
うちの有能なパラリーガルに心配を掛けてしまったのは良くなかった。
仕事の効率化のためにも常にパラリーガルからは全幅の信頼を得ておかなければ。
「ヤツカドがどんなに尽くしても、魔王様がヤツカドのことを好きになってくれる可能性はないんだろ?
それって辛すぎねぇ?」
つらい?
こんなに幸せなのに…?
僕は今、クイから見てつらい立場なのか?
むしろクイの表情の方がつらそうに見えるぞ。
「魔王様じゃなくったってさ、ヤツカドのこと好きになってくれるヤツ絶対いるよ。
誰かを愛することで得られる快楽ってのが欲しいなら、別に魔王様じゃなくてもいいんじゃないのか?」
それは考えたことがなかったな。
だけど、考えるまでもないこと。
「そんな簡単に愛する相手を変えることなんて出来ると思うか?」
「そりゃぁ……オレにはわかんねぇけど……」
愛することすら僕にとっては困難で不可能に近いことだったんだぞ。
せっかく見つけた、たったひとつの愛する気持ちを簡単に他の誰かに変えることなんて、それこそ出来るとは思えない。
 
それどころか、これを失ってしまったらまた前の何も持たない僕に戻ってしまうだけなんじゃないだろうか。
やっと見つけたんだ。
絶対に手放すことは出来ない。
魔王様が僕のことを想ってくれる可能性はないかも知れないけど、それは別に構わない。
ただ、魔王様が僕のことを求めてくれたらいいなとは思う。
 
だってもしも求めてくれたなら、僕を捧げることが出来るじゃないか。
僕を捧げて魔王様にお喜びいただけるじゃないか。
魔王様が欲して下さらないものを押し売りしても仕方ない。
望んで下さるものを差し上げたい。
「とにかくクイはもう帰って休めよ。僕も休むから」
クイは去りがたい様子だったが、弱っているときは一人にして欲しいものなんだ。
まだ完全に回復していないので、部屋で八足になって休むことにする。
八足の姿に戻ると、全身が解れて活性化しているのが分かる。
すごい勢いで回復しようとしている。
今まで、八足の姿で眠ることは滅多になかった。
眠るまでもなく回復したから。
だけど、そのときは本当に消耗していたから、意識は段々と薄くなっていった。
そういえば、なぜ魔王様は僕を少量食べる訓練を始める気になられたんだろう……。
考えがまとまらない。
意識が薄くなってしまって……。
考えるのはまた今度にしよう……。
薄くなった意識の中で、僕は夢のようなものを見たよ。
とても良い夢だった。
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魔王様の夢。
星の微かな輝きに照らされて、魔王様の身体がキラキラと光っている。
夜の闇の中で、風に髪をさらしている。
 
風になびいた髪は、巨大な蝶の翼に変わり大きく羽ばたきを見せた。
幻想的な風景に僕は言葉を失う。
「ヤツカド」
魔王様が呼んだということは、そこに僕はいるのかな。
分からないけど。
魔王様はやわらかく微笑んでいた。
キレイだな…
「私は、おまえが好きだよ」
夢でしか言ってくれない言葉。
「おまえを食べたい…。
もう抑えられない」
僕は、魔王様とキスを交わした。
 
とても深く、長く、熱い口づけ。
魔王様の一部が僕の舌を絡み取ったあと、僕の奥深くに侵入し、中から僕を貪っている。
凶暴な獣のような勢いで。
魔王様の腕は僕の身体を抑え込み、ピクリとも動けない。
これは誰も逃げられない。
僕も逃げる気はない。
僕は、されるがままに、その心地よさを味わう。
もっともっと、召し上がって欲しい。
魔王様が満たされるまで。
これはやっぱり夢。
現実ではこんなことはあり得ない。
これだけ食べられたら僕が生きているわけがない。
だけど、いつか僕が決して死なないくらいにずっと強くなれたなら
こんな日も来るかも知れないね。
今はまだ夢だけど……。
魔王様のキスは、『遊星からの物体X』のあの細いぴしゃぴしゃしたヤツが体内に侵入して内部で傍若無人に暴れるイメージです(台無し)。
ブクマ、評価、ありがとうございます。むっちゃ嬉しいです。
 




