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14 万事完璧にして恙無く…?

「四天王の召集日程も決まりましたし、初の法律の公布の日も近づいております。まだまだ魔物の『社会化』には遠いですが、事は順調に運んでおります。

ご期待下さい」


 僕は今日も節度を守り、玉座に鎮座する魔王様の前に跪いたまま報告を行った。


 有能な僕は同じミスを繰り返さない。

 あれ以来、不要に馴れ馴れしい態度も慎んでいる。

 セクハラを疑われる行為は取っていないつもりだ。


「ああ。恙無つつがなく頼む」


 僕はおもてを上げない。

 魔王様の許しがなければ頭は下げたままにする。

 魔王様へは常に最高の敬意をもって接したいから。


 今の僕の態度は完璧なはず。


 魔王様にもきっとご満足いただいていることだろう。


 魔王様の美しいご尊顔をじっくり拝見することが出来ないのは残念だが、僕の望みよりも魔王様のご意思を何より優先すべきだから仕方ない。


「ヤツカド」


 魔王様が僕の名前を呼ぶ。

 その言葉の響きで愛しさが募る。

 おかしいな。なんで胸が痛むんだろう。

 今回は何もセクハラ行為はしていないはず。


「はい」


「そんなに下を向いたままでいるな。顔を見せてくれ」


 魔王様のお許しが出たので僕は顔を上げた。

 魔王様のお顔を拝見出来る……!


 ああ、やっぱり美しい。

 最高です。素晴らしい。


 なのに、僕の胸は痛くなる一方で、僕は最近自分がよく分からない。


 僕の胸が痛い理由は、もしかしたら魔王様のご表情のせいなのかも。



 何も問題はないはず。

 仕事は順調だし僕の態度は完璧。

 きっと満足な笑みを浮かべていらっしゃるとばかり思っていたから。


 それなのになぜ、その表情に憂いが見えるのですか?


「何かお気を煩わせることがございますか?」


 問題があるなら、僕が全て排除してみせますから。

 だからどうかあなたの憂いの理由を教えて下さい。


「いや、何も問題はない」


 魔王様はそうおっしゃるが……。

 ひょっとしたらここでは言えないような問題があるのかも知れない。

 魔王様の玉座のあるこの部屋は今は『謁見の間』として扱われている。

 あまりプライベートな場とは言えない。


「では魔王様、法が施行されれば魔王様がしばし裁判を執り行うことになると以前申し上げましたが、予め裁判のやり方などをレクシャーさせていただければと思います。後ほどご予定がなければ魔王様の執務室に伺っても宜しいでしょうか」


「そうだな……。私も予め学ばねばならないことは多いだろう」


 一瞬、魔王様の表情がわずかに明るく見えたような気がしたが、それもすぐに消えた。


「私とヤツカドだけでか?」


「その予定ですが、クイも一緒に連れていきましょうか? 裁判について勉強する機会になりますし」


「ああ、いや。クイにも仕事があるだろうから。ヤツカドは後ほど執務室に来てくれ」


「かしこまりました。」


 これで良しと。


 魔王様が僕に何か内密に相談したいことがあるならこの機会に話してくださるだろう。



_____________________




 僕は自分の執務室に戻ると、そこで仕事をしていたクイは手を止めてやたらニコニコしながら近づいてきた。


「ヤツカド! 今日の魔王様との謁見はどうだった? 忙しい?」


「ああ。急な予定だけど、あとで魔王様の執務室に伺うことになったよ」


「そうなのかぁ。そっかぁ」


 なんだか残念そうだ。


「何かあったのか?」

「ええとな、仕事とはあんまり関係ないけどさ……。ヤツカド前に言ってただろ?『魔物社会にもお茶菓子が必要じゃないか』って」


 そう言えばそんなことをこぼしてたっけ。


 人間社会における茶菓子は、ちょっとした空腹を紛らわす程度で栄養面で言うならほとんど価値はない。

 それでも、美味い菓子を食えば気も和むので、茶菓子は対面の会話を促進するツールでもある。

 僕の執務室にいらして下さった魔王様に、せめてお茶を出すなり歓迎の意を込めた対応が出来なかったのが残念でもあった。


「でさ!時間を見つけてヤツカドから聞いてた『茶菓子』ってヤツ、開発してみたんだよ!」


「え? マジか? 毎日忙しいのに、よくそんなことできたな」


 過剰な仕事はさせていないつもりだけど、そこまでヒマもさせてないつもりだったぞ。


「それなんだけどさ、弟分に頼んで色んな魔物の好きな食べ物を収集させたんだよ。そしたらいくつか傾向があってさ。多様な魔物であっても毒にならねぇし味覚として好むある特定のタイプの食い物があるって気が付いて」


 ちょっと待て。クイ優秀過ぎないか。

 僕のちょっとした一言から鋭く弁護士の需要を察知して調達するとか、ここまで出来るパラリーガルはそうはいない。

 さすが僕。人材を見抜く眼力に我ながら惚れ惚れする。


「試作品が何種類か出来たからヤツカドに見て欲しかったんだよな」


「そうか。僕も見たかったよ。今ここにはないんだろ?」


「食糧庫に置いてあるからさ」


「じゃあ後で見せてもらうよ。楽しみだ。素晴らしいのが出来たら魔王様にもぜひ召し上がってもらおうな」


 魔王様の栄養になるわけはないけど、食感や味覚を楽しむくらいにはなるかも知れない。


「……うん、そうだな。魔王様にも召し上がってもらえるような出来だといいな」


 クイの表情がやや曇った。


 それもそうだ。

 僕ならともかく魔王様のように尊く高貴な方に差し上げるとなるとハードルが上がるもんだ。


 それよりも。

 これから魔王様の執務室に行くわけだ。


 裁判のレクチャーという口実で、久しぶりに魔王様のお傍近くにいられるわけだから待ち遠しくたまらない。


 本当はすぐにでも直行したかったところだが『後ほど』というのは少しは時間を置いて来いという意味だ。

 あまりガッついて無礼だと思われたくはない。


 とりあえず魔王様にお会いするのに失礼のないよう身支度を整える。


 なお僕の身支度の整え方は、一旦八足の姿に戻ってからもう一度人間の姿に戻るというものだ。

 僕の執務室の一角には何も置いてない広々とした場所を設けてあるので、余裕で八足に戻れる。

 これをやると髪の乱れや服の皺などがリセットされる。


 昔に比べて身支度は本当に楽になったもんだ。

 シェービングもヘアカットも歯磨きも、ジャケットをクリーニングに出したり靴磨きを頼んだりする必要もない。

 本体の方はときどき水浴びする程度に身支度が必要だけど、日常では滅多に八足の姿を取らないからあんまり汚れないようだ。


「じゃあ魔王様のところに行ってくる。

 後のことは頼む。ほどほどに仕事したら僕のことを待たずに帰って休んでいいからな」


 僕は弾む気持ちで部屋を出た。




「ヤツカドが魔王様のことが一番なのは分かってるから……」


 クイが何か小声で呟いたようにも感じたが、何を言ったかは聞こえなかった。





読んで下さってありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

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