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13 セクハラ、ダメ絶対

ヤツカドさんがポンコツになっている…

 僕はおかしくなってしまったのだろうか。


 確かに魔王様を愛するこの気持ちに至高の快楽を覚えて以来、この快楽を貪るように味わってきた。


 欲しいものは何としてでも手に入れる。

 それが僕のやり方だった。


 魔王様を愛し己を捧げることで味わえる快楽があるなら、それを手に入れればいい。

 僕が己を捧げることを魔王様に求めさせればそれで僕の快楽は満たされるはずだ。


 それはほとんど成功していたはずだった。


 僕を日常的に食べることを魔王様自身の望みとして受け入れさせることが出来るはずだった。

 そして僕は今よりずっと強くなり、もっともっと魔王様の望みを叶えることが出来るようになる計画だったのに。



 なのに、魔王様のあの困惑する表情を見たときに

 胸のあたりが締め付けられるように痛くなった。


 これは一体何なんだ。


 僕は逃げるように魔王様の御前を辞した。



__________________



 そして今日も僕はいつもと変わりなく仕事をしている。

 例え何があっても仕事に自分の気分を持ち込まない。

 それが僕の主義だ。



「頼まれていた書面、こんなもんでいいか?」


 クイが持ってきた書面に目を通す。

 クイの仕事にはかなりの成長が見られ、最近は石板だけではなく紙もぼちぼち使わせている。


「クイの仕事はいつも早いな。でも無理することはないんだぞ。長いスパンで取り組む事業ばかりだ。大事なのは自分のペースで進めることだからな」


 パラリーガルの仕事の配分をコントロールするのは僕の役目だ。

 この調子で育って欲しい。


 優秀なパラリーガルは、下手をしたら弁護士よりも事務仕事に詳しい。

 パラリーガルがいなくては回らない事務所も多い。


 大抵の法律事務所ではパラリーガルは宝だ。自分の事務所で育てたパラリーガルを手放すことは滅多にない。

 そのためヨソでの経験者を採用するのは至難の業なので、自分の事務所で育てなければならない。


 それでも、もっと良い雇用条件でパラリーガルが引き抜かれる恐れもあるから、常にパラリーガルにとって居心地よい環境を作っておくことは大事なこと。

 充実した福利厚生と高い報酬。


 そして機嫌にムラのない弁護士。


 誰が機嫌の悪い上司の元で働きたいだろう。

 パラリーガルを使う弁護士は常に機嫌よく彼ら彼女らに接しなければならない。


 とは思っていたけれど、意図せず少し無口になっていたかも知れない。

 クイが仕事と関係ない話題を振ってきた。


「あのさ、ヤツカドが必要としてくれるのオレすげえ嬉しいんだ。だからもっと仕事を任せてくれてもいいんだぜ?」


「そうか、ありがとな」


 とは言われてもそれを真に受けてはいけない。

 下手に仕事を振って部下を潰すほど僕は愚かではない。


「ヤツカドはよく魔王様に全て捧げたいって言ってたよな。そういうの前はヤバいなって思ってたんだけど、なんとなく最近は気持ちが分かるような気がするよ」


 んん?


「なんていうかさ、自分以外の誰かのために何かしたいって気持ち、すごく嬉しくて気持ち良いだろ。ヤツカドの気持ちもそれかなって」


 そうなのか?


 僕は魔王様の鬼眼きがんを受けるまでは、人のために何かをするなんて考えたこともなかった。

 全部自分のためだった。

 クライアントのために仕事をしていても、それは全部自分の報酬や成功のためだった。


 クイが僕の役に立とうとするのも、僕に仕事を認められることで自分の実力や優秀さを誇りに思え自信や有能感を得られるからだと思っていたんだけど


 僕以外の『普通』のヤツはこの快感を知っているのか?



「クイはさ、誰かを愛したことってある?」


 もしも分かるなら教えて欲しい。

 愛することで感じるこの快楽と、そして胸の痛み。

 これは一体何なのか。


「オレ!? 誰かを愛したこと?

 うーん、分かんねぇ」


 答えを聞いてしまった後に気が付いた。


 しまった…!

 他人の恋愛経験を聞くなんて、これじゃセクハラじゃないか!

 パラリーガルに対するセクハラはご法度だ!

 僕としたことが。


「すまない、今の無しだ。聞かなかったことにしてくれ。セクハラをするつもりじゃなかったんだ」

 

「なんだよセクハラって」


 そうだよな。まだ魔物にセクハラの概念はないよな。


 しかしこれはしっかり教えておかなくては。

 今だけの問題ではなく、今後事務所を大きくするときにパラリーガルやスタッフが増えることになるだろう。

 その際にクイにはスタッフを教育してもらわなければならない。

 セクハラは職場環境が悪くなり仕事に支障を来すから、適切にスタッフに注意できるようになってもらわないと。


「セクハラ……これはつまりセクシャルハラスメントの略だ。職場で労働者の意に反する性的な言動が行われて労働者が不利益を受けたり、職場の環境が不快になって仕事に支障を及ぼすことを言って……」


 そこで僕は恐ろしいことに気が付いてしまった……。


 まさか……


 魔王様に執拗にキスを迫ったのは、セクハラなんじゃないか……!!


 魔王様の困惑した表情を見て、胸が締め付けられるように痛かったのは、僕の弁護士としての経験が『これはセクハラだ!やめろ』と警告を発していたのではないだろうか!

 相手が断れないように仕向けるのもセクハラの典型的な事例だ。


 危なかった……!

 危うく取り返しのつかないセクハラをするところだった!

 あそこで押さなくて本当に良かった……!!


 さすが僕!有能な弁護士としての理性が僕を止めたんだ!!

 人間捨てても、弁護士としての理性はしっかり残るものなんだな!



 ともかく問題は解決した。

 以後は節度をもって魔王様に接すればいいだけの話だ。


 方針を決めたらもう悩むことはない。



 そして僕のTODOリストに『職場内セクハラ対処マニュアル』の作成が加えられた。





 

いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

すっごく嬉しいです。

せめて感謝の気持ちだけでも伝われ…

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