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12 僕の隠し事

 最近いろいろ考えている。


 そのひとつは、魔物社会に貨幣制度を作るべきかどうか。


 価値観が多様な魔物だからこそ、通貨という価値の共有があると便利だ。

 何より、社会の発展においては富の蓄積を可能にする貨幣制度が重要であることは否めない。

 今の魔物社会においては、基本は無償の行為が中心で、ときどき物々交換が行われる程度だ。


 しかしこれでは富を『ためておく』ことが出来ないので『富の蓄積』が出来ない。

 そのため大規模事業が展開しにくい。

 また『富』に対する意欲も薄くなるので経済が発展しにくい。


 今後、科学発展を元に通信事業などを整えるに際しては、やはり貨幣制度の導入は必要と言える。


 だが、貨幣制度には弊害もある。

 富の偏在により、例えば国のリーダーが『優秀な者』ではなく『富がある者』になってしまう。

 そして富が富を生む資本主義の元では貧富の差は固定化する。

 これらはむしろ社会の発展を妨げることになる。


 やはり貨幣制度の導入には慎重になるべきなのだろう。

 ある程度十分に発展した後に導入しても遅くはない。


 場合によっては、人間が発見された後だ。

 人間の通貨を横取りしてもいい。

 むしろその方が手っ取り早い。


 今はまだ魔物社会には、流通させることが出来るほどの貨幣を作る能力もない。

 社会が発展すれば自ずと交換価値に値する物品が出てきてそれが貨幣化することだろう。




「と、いったことを考えているのですが、どう思われますか? 魔王様」


 僕は魔王様に今考えていることを開示した。



「おまえが一体何を考えているか分からない」


 そう魔王様がおっしゃったのがきっかけだった。


 僕が色々な仕事に手を付け目まぐるしく動いているため魔王様はご不安になられたのかも知れない。

 ご説明申し上げるために僕は玉座に鎮座される魔王様の御前にみまえった。


 魔王様を不安にさせることは本意ではない。

 僕の忠誠心の全ては魔王様のもの。

 忠誠心だけではない。

 愛も身体も心も全部魔王様のもの。


 だから『考えていることを知りたい』とお望みであれば何でも全部喋ります。

 玉座におわす魔王様に僕は最初から説明したのだけど



「すまん、さっぱり分からん」


「ああそんな! 謝らないで下さい魔王様。こんなことはどうでもいいのです。ご理解されなくても良いのです。こんな些末なことで魔王様の御心をわずらわせたくなかったから特に言わなかっただけなんです。煩わしいことは全部僕が何とか致しますから!」



「そういうことではなく、何か私に言いたいことで黙っていることはないのか?」


 魔王様に言いたいことで黙っていること……


「そうですね、あると言えばあります。でもお伝えすると魔王様が嫌がるのではないかと」


「今更か?」


 今更って、そんなに僕は魔王様が嫌がることを言っていただろうか。

 むしろ大絶賛し続けてきたはずなのに。


 それはともかく僕はそれなりにポーカーフェイスが上手いハズだし、あまり考えを悟られない方なんだけどな。

 やはり鋭い洞察力を備える魔王様には分かってしまうのか。さすが僕の魔王様だ。



「では申し上げてしまいますけど、実は僕は強くなりたいのです」


「なぜそれで私が嫌がると? 配下が強くなりたいと願うことは好ましいことだ」


「問題はその理由と手段なのです」


「言ってみろ」


「まず、理由は……。魔王様はうっかり僕らを食い殺してしまうことを心配なさっておられるじゃありませんか。だから魔王様がどんなに僕を食べても死なないくらいに強くなりたいのです」


「なるほど、確かに私が嫌がる話題だな。最近『食べて欲しい』と言わなくなったと思ったら、そんなことを考えていたのか」


「これでも僕は遠慮しているのですよ。魔王様に変な誘惑をしないようにと」


「……配慮はありがたい。で、手段は? 嫌な予感しかしないんだが」


 嫌な予感しかしないのに聞きたがる魔王様って、ちょっとかわいすぎやしませんかね。


「前にも申し上げましたが、僕、魔王様に食べられるたびに生命力のキャパシティが上がっているみたいなんですよ。まだ2回なのではっきりしないことなんですが。もうちょっと何度か回数をこなして確かめてみたいなと」


「却下だな。行ってよし」


 追い払われてる。

 魔王様……ここまで言わせておいて……。


 こうなったら得意の説得をしますかね。


 弁護士の『説得』は一種の凶器みたいなもの。それを魔王様に使うのは気が引けないでもないが……。

 これも魔王様のためになるからお許しを。



「魔王様、以前僕に鬼眼きがんの使い方を教えて下さいましたよね」


「ん? ああ」


「その際『無暗に使わないように少し慣れておいた方がいい』とおっしゃったのを覚えておられますか?」


 僕を見下ろす魔王様に、僕は絡みつかせるよう言葉を紡ぐ。


「覚えている」


「魔王様はいかがです? 食欲を暴走させないためコントロールしたいとは思いませんか?」


 これは僕の定番の説得方法。

 相手がNOと言えない質問を続け、こちらのペースに持ち込む。


「それは思っている」


「であれば、無理に食べるのを我慢するよりも『少量を食べる訓練』をした方が良いのではありませんか? 僕はその練習相手になれると思うのです」


「……」


 魔王様が考えておられる。


 ふふ……。魔王様の責任感の強さを利用させていただきました。

 魔王様とて、出来るなら何とかしたいと考えておられるはず。



「いや、やはりダメだ! 危険過ぎる。仮にヤツカドを殺さずに済ませたとしても、それから数日オマエは使い物にならなくなってしまうではないか。仕事はどうする」


「以前食べていただいたとき、2回目は2日で回復しました。何とか魔王様にガマンしていただき、半日ほど倒れる程度を目標に行えば良いのではありませんか? それくらいでしたら仕事にそう支障は生じません」


 魔王様に迷いの色が見られる。

 これが付け入る隙になる。



「ほんの3秒です」

「?」


「一度に3秒だけ、僕を食べる訓練をするのです。3秒で僕を離す。それだけでいいのです」


 最初は小さいところから相手の承諾を引き出す。

 それが皮切りになる。


 説得し相手に何かを飲ませるには、まずは小さい承諾を取ることが肝心なんだ。


「3秒でガマンできると思うか?」


「3秒くらいなら、理性ももつかと思いますが。なんなら1秒でもいいのです」


 ここでぐっと条件を甘くする。

 最初の提案がのめなくても、次の提案が受け入れやすくなる。


「それでもご心配であれば、最初と同じようにマルテルに見ていてもらいましょう」


 更に妥協案を出す。

 ここまで来れば断れる人はいない。


 魔王様には申し訳ありませんが、もう僕は勝ったも同然なのです。

 あと一押しで魔王様は折れる。


 今までの僕はなんでも自分の思うように方針を立て計画を進めてきた。

 クライアントのコントロールはお手の物だったんだ。


 今回もそうすべきだし、それは何も悪いことではない。

 魔王様のためには良いことなんだから。

 いつものように「仕方ない」と折れるのを待ち構えていればいい。



 ……そのはずだったのに


 困惑する魔王様の表情を見ていると、なんだか胸が締め付けられるように痛むんだよ。



「……申し訳ありません」


「ヤツカド?」


 おいおい、僕は何を言おうとしてるんだ。

 ここまで話を進めて来たのに。



「急ぎ過ぎました。この話はまた今度にしましょう」



 急ぎすぎた?

 とんでもない。良い展開だったんだ。

 それなのに、なんで僕は自分から引いている?

 

 わからない。

 なぜか引かなければいけない気がして。


 あと少しで魔王様を落とせるところだったのに。


 今まで『説得』でこんなことはなかった。



 おかしいな。

 やっぱり僕はどこかおかしくなってしまったのかも。


 説得は得意だと思っていたのに、魔王様相手の説得では失敗してばかりだ。





こっそり書いてる小説です。どこからか見つけ出して、誰よりも先に読んで下さっているあなたに心よりの驚きと感謝を…

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