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11 焦りは禁物です

 毎回言っているような気がするけど、今日も魔王様の顧問弁護士として仕事がいっぱいだった。


 法律案の審議と施行の際には四天王全員の召集を行いたいけど、そもそも予定の日に全員集めるためには暦がないと。

 それもまだ時間がかかるからとりあえずは全員に連絡して数日こちらに来てもらうしかない。


 連絡手段はどうするよ。

 電話やメールなんてものも当然ないし。


 いくら僕が万能でも、通信設備を整えるような技能はないぞ……。

 マニュアルがあればともかく。

 そうなれば……



 執務室の机に向かっている僕に、クイが声を掛けた。


「なあ、ヤツカド、これでいいかな」


 そう言って石板を僕に渡した。


 ここでは紙はまだ貴重なので、重要な書面以外は紙を使わない。

 その代わり石板を使っている。


 表面を削って文字を記す。

 幸い採石には不自由しないしね。

 なお石板は表面を削れば何度か書き直せる。


「してんのうは まおうのしろに はやくくること」


 書かれているのは、召集通知だ。

 パラリーガルのクイに作成を頼んだものだった。


 もちろん僕が作れば一瞬だけど、少しでもうちのパラリーガルの成長の機会を作らなければ。

 早く使える魔物材じんざいになってもらうために。


「おお、クイは仕事が早いな。うん。ちゃんと書けてるよ。文字もキレイだ。これを使おう」



 クイは褒めれば褒めるほど伸びるタイプだ。

 本当によくやっている。


 召集といっても、すぐというわけではない。

 まだ会議開催の見込みも立っていないし、石板には魔王様のサインもいただく必要がある。


 それに問題は通信手段だ。


 魔王様に四天王全員をすぐに連れてきていただけば10分で終わることとはいえ、それでは全然進歩がない。


 ワンマンで何でも出来るリーダーというものは、つい自分で物事を進める方が早くて効率的だと言ってやってしまうものだけど、それではそのリーダーに何かあったときには全く対処出来ない。

 それに人材が育たないから組織が全く発展しない。


 通信も、召集も、法律の施行も、それ自体は目的ではない。


 こういった社会的行為の積み重ねで、社会性を学ばせるのが一番の目的なんだ。


 やることが沢山あると、焦りばかりが先立ち結局何も進まないというヤツは多い。

 だけどこういうときに焦りは禁物。

 ひとつひとつ淡々と課題をこなしていけばいい。



「なあヤツカド」

「どうした?」


 石板を前に考えにふけっていると、クイが声を掛けてきた。


「通信のことだけどさ、マルテルに頼んじゃダメか?」

「マルテル?」


 一拍だけ考える。


「伝書鳩か」


 確かに良い手かも知れない。

 伝書鳩なら訓練が必要だけど、マルテルならそれも殆ど不要だろう。


「いい手だクイ!マルテルを陣頭に置いて郵便組織を作るぞ。飛翔能力のある魔物を集めてくれ!」


 彼らに石板を持って行かせればいいんだ。


「お、おう。分かった!」



 解決策が見つかっても忙しいことには変わりない。

 こうやってバタバタと日々が過ぎていく。


 魔王様のお役に立つために出来る仕事があるのは、それは喜びだけど。

 出来れば仕事の合間に時間を作りたい…。


「そうだクイ、おまえ前に強くなりたいって言ってたよな?」


「ああ。強くなりてぇよ。ヤツカドみたいに」


「魔物が強くなるには、どうしたらいいのかな」


 僕は今、強くなりたい。

 強くならなければならい。


 魔王様がどんなに食欲を増しても食べ尽くすことが出来ないくらいに、大きく強く。

 魔王様のために、僕は決して死なない強さを手に入れなければ。


「僕も強くなりたいんだよ」


 クイは驚いた顔をしている。


「ヤツカドは十分強ぇえじゃないか!」


「魔王様に食われても死なないくらいに強くなりたいんだ」


「食われても、って。食われないように強くなるんじゃねぇの?」


「それじゃ意味ないだろ。魔王様がお腹いっぱい僕を食べても死なないようになりたいんだ」


「……ん、ひょっとして、セバダンの話をしたのか? 魔王様に」


 クイは察しがいいな。


「したよ。魔王様から直に話を聞くことが出来た」

「そうか。セバダンの話は正しかったか?」

「大体のところな」


「じゃあ、セバダンの言う通り、オレも魔王様に近寄らない方がいいのかな。今も時々一緒に勉強させていただいてるけどよ」


 魔王様は、好意を持つ相手に対して強く食欲を持つ。

 その意味では確かにクイの今の状態は危険とも言える。


 けど


「大丈夫だよ。セバダンの話は、そりゃもうずっと昔のことなんだ。魔王様が生まれたばかりの頃。そんなときに自分のコントロールを失うなんてありがちだろ」


「そうだな。誰でもそんなもんだよな」


「ここ暫くの間に、魔王様がそんなヘマやったなんて話は聞かないよな? 魔王様は理性的なお方だ。クイに危害を及ぼす恐れはないよ」


「そっか。ヤツカドがそう言うならオレはそれを信じるぜ」


 正直言えばクイは危険なポジションにいると言える。


 しかし魔王様も仰っていた。


『私が本当に強く誰かを愛し惹かれることがあったなら、恐らく抗えないほどの激しい食欲を覚えるだろう』と。


 クイがそこまで愛されるとは思わないし、それより変に警戒して魔王様を孤独にしてしまう方がよっぽど良くない。



「そうそう。強くなる方法が知りたいんだっけ? ヤツカド」

「そうなんだ」


 と言っても、強くなりたいと言っていたクイが別にそれほど強くなっていないところを見ると、多分そう簡単ではないんだろうな。


「そりゃ、トレーニングして、たくさん食って栄養つけて、よく寝る。これだろ」


 ベタだった……。


 筋トレか……? 僕が人間の頃にやっていたように、八足の状態で筋トレするしかないのか?

 スタミナをつける運動をやるしかないのか?

 それやってたら魔王様に食われるキャパシティを増やせるのか?



 多分、手っ取り早いやり方はアレだと思うんだよなぁ……。


 焦りは禁物とは分かっているけど……。




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