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10 魔王様の過去

 魔王様は、怒りもしなかったし、傷ついた様子もなかった。

 ただ、表情が消えた。


 沈黙のまま、時間が流れる。


 何をお考えになっておられるのか。

 過去を思い出されているのか。


 僕はただ、静かに待った。

 時間はいくらでもある。魔王様のための時間であれば、どんなに費やされても惜しくはない。


 ふと。

 魔王様がふうと息をついた。


「何も話すことはない。

 セバダンの言うことが正しいのだろう」


 魔王様はそうおっしゃるが、僕はこの話を切り出した時点で覚悟を決めていた。

 何が何でも魔王様の真実を聞き出すと。


「セバダンはこう言っていました。

『当時のことを知る者がほとんどいないのは、みな魔王様に食われてしまったからだ』と」


「その通りだ。セバダンは元々変わり者で独り洞窟の離れに住んでいた。だから幸い私に食われずに済んだ。もう話すことはなかろう」


「もしもそれが真実であるなら、もう僕は全て知っていることになります。だから隠すことは何もないはず。何も躊躇うことはないのです。あなたは誰かに話したかったはずだ」


「なんだと……?」


「話すということは、伝達の手段です。ですが、それだけではない。話すことによって人はその重みを軽減することが出来るのです」


 例え真実がどうあれ、僕は魔王様の重荷を軽くして差し上げたい。


「秘密を抱えている者は、その重みに苦しみます。知られてはならない情報であれば誰かに話すことも出来ないからです。

 しかし貴方にもはや秘密がないとおっしゃる。そうであれば遠慮することはないのです。ただ話して、その重圧を軽くなさって下さい」



 ふふ……。

『隠していることがないというのなら自分の言葉で言ってみろ』なんて警察や検察の尋問の常套句だったな。僕としたことが。


 ただ検察の尋問と違うのは、僕は魔王様の罪を暴こうなんて思っていないこと。


 僕は魔王様だけの真実があると確信していた。


 鬼眼きがんをきっかけに魔王様を愛する感情に至極の快楽を覚えるようになってから、確かに僕は少々おかしい。その自覚はある。


 魔王様が素晴らしく尊く愛しく、例え過去にどんな事実があろうともこの気持ちに揺らぎはない。

 その気持ちが目を曇らせている可能性も考える。


 けどさ。

 僕の知る限り、魔王様は責任感が強く自分に厳しいお方だ。

 個人の欲望や望みよりも常に魔物達の未来を優先する。

 それどころか自分を犠牲にすることすらいとわない。


 昔の僕なら「バカじゃないか」と思っていたところかも知れない。


 その己に厳しい姿勢が、魔王様を必要以上に苦しめているのではないかと思っている。


 これは単なる状況判断であって、例え昔の僕であっても考えることだろう。

 その上で『お救いしたい』と考えるかどうかが昔と違うだけ。


「私の話など、聞いても面白くもない」


「魔王様は僕を楽しませたいなんて思ってます?それなら僕は魔王様の麗しき美声を聞いているだけでも最高にハッピーな気分になっちゃいますよ。

 内容なんていっそどうでもいい。魔王様のお話を聞かせて下さい」


 毎度のことながら僕は口が達者なので、魔王様はいつも最後には『仕方ないな』と折れて下さる。

 もちろん全部魔王様のためにやっていることだから、魔王様が折れても決して損はさせませんけど。


「本当に仕方のないやつだな……ヤツカドは」


 そう言って今回も魔王様は話し始めた。


「ヤツカドもまだ生まれて間もないから分かることと思うが、私達魔物は個体によって全く異なった姿や性質を持っている。……だから生まれたばかりの頃は自分のことがよく分からない。私もそうだった」


 そうだな。僕も自分がどんな姿なのか、何を食べるのか、どんなことが出来るのか、全部知らなかった。

 色々試して少しずつ自分を知っていったんだっけ。


「生まれて間もなく自分が生命を食うことはすぐに分かった。だから自然や野生動物から生命を奪って食っていた。

 けれど、すぐに分かったんだ。私が相手に好意を持てば持つほど、その相手を私は食べたくなってしまうことを……」


『好意を持つほど相手を食いたくなる』……?


「私は生まれた当初から比較的知能があった。だから無暗に周囲の者を食うようなことはしなかったんだが……、成長期とでも言うのだろうか。自分のコントロールが効かなくなる時期というのがあってな」


 魔王様の表情は消えたままだったが、口元が僅かに震えているようだった。

 誰も気が付かないほどの小さな震えだが、僕には分かる。


「みな、優しく親切だった。気の良い奴らだった。生まれたばかりの私に手を差し伸べてくれる者達だった。私が自分を知るのを手伝ってくれた者達……

 それが、目の前で次々に塵も残らず消えてしまった。食べたくなんてないのに、私が全部食ってしまった……

 残ったのは、強い力を持った当時の魔王や数名の強き者。そして私とは縁がなかった遠い場所で暮らしていた者達だけだった……」



 セバダンも言っていた。

 自分が生き残ったのは魔王様に近づかなかったからだと。

 そして今も頑なに魔王様のお傍にくることを恐れている。


「生き残った当時の魔王は私を導いて下さった。

 だがその魔王もそれから間もなく人間に討たれた。

 それもこれも、私が多くの魔物を食ってしまって城内が手薄になっていたから……。私が滅ぼしたも同じこと……」



 魔王様は淀みなく語り続ける。

 なんという自制心だろう。


「私には罪がある。これは償わなければならない。

 魔物達のために尽くし、そして魔物達の未来を守らなければ。そうでなければ私のせいで犠牲になった者達の死が無駄になってしまう」



 僕には存在しない感情のひとつ。


『罪悪感』


 それはこういうことなのかも知れない。


 僕は自分が糾弾されなければ『罪』など存在しないと思っていた。


 けれど、もし……愛する者をこの手にかけてしまったら僕は自分を責めるだろう。

 誰よりも大切にしたい、幸せになって欲しいと思う相手の未来を奪ってしまったなら。


『罪悪感』は『愛』から生まれるんだ。



「私はもう誰に対しても好意を持つわけにはいかない。誰も好きになってはいけない。再びあのようなことが起こらないように。誰に対しても分け隔てなく公平に、感情を伴うことなく接しなければならない」



 クイが言っていた「魔王様は決して誰のことも好きにはならない」というのは、こういうことだった。


 魔王様は、自分を責めるかのように言葉を紡ぐ。

 その言葉のひとつひとつが魔王様自身に対する戒めのようだ。


「セバダンの言ったことは正しい。私に近寄ればいつ食われるか分からない。今はもう私は自分のコントロールを失うことはないはずだ。

 しかし、もしも私が本当に強く誰かを愛し惹かれることがあったなら……。恐らく激しい食欲を覚えるだろう。抗えないほどの」



 まるで呪いのような本能だ。



「ヤツカドも、必要以上に私に近寄らない方がいい。

 私が好意を持てばおまえも命はない」


「僕は食べていただきたいくらいですが」


「そしてまた私は、大切に思う相手を失うのか?」


 は……


 そうか。


 僕は、なんてバカで自分勝手で自己中心的だったんだろう。



 魔王様に全てを捧げたいなんて言って、結局どれもこれも自分の願望を押し付けていただけじゃないか。

 知性派が聞いて呆れる。


 今になってようやく分かった。

 僕が求めるべきことは、魔王様に召し上がっていただくことじゃない。

 


 絶対に死なないこと。



 例え魔王様が欲望のままに僕を貪って食べたとしても、決して尽きない命。

 魔王様が安心して好意や愛をぶつけられる相手になること。


 そのために僕はもっと強くならなければ。



 大丈夫、僕はまだ生まれて間もないし、まだまだ伸びしろがある。


 以前僕が魔王様の不安を払拭するために言った言葉。


 あのときはただ魔王様を安心させたくて言ったけれど

 今度は僕の誓いを込めて、魔王様にお伝えする。


「大丈夫です。僕は死にませんから」



 絶対に、死なない。


 僕はそう決めた。




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