8 パラリーガルを採用してみました
さて。体調も回復したことだし。
魔王様の顧問弁護士として、本日も仕事がいっぱいだ。
どこから手を付けたものか。
「体調はもういいのか? ヤツカド」
クイは僕が寝込んでいたのを知っていたから、いろいろ面倒を見に来ていた。
つくづく面倒見が良いヤツだ。
なお僕の体調不良は出張の疲れという話にしてある。
魔王様に食われたと言って下手に魔王様の評判を下げるようなことはしたくない。
無理やり食わせたのは僕だけど。
「ああ。助かったよ。もう大丈夫」
僕はそう言いながらも事務机に向かい書面を作っていた。
とりあえずはラヴァダイナスでの報告書を書面にしておかないと。
魔王様への報告は口頭で済ませたし、報告書に目を通す者はまだ誰もいない。
しかし自分にとっての備忘録になる。
それにマメな記録は自分を守る。
「回復した途端に仕事か? 忙しいのか?」
クイが心配そうにのぞき込んで来るので書きかけの報告書を見せてやった。
興味深げにしている。
文字を勉強し始めたから自分がどれくらい読めるか気になるんだろうな。
「ふーん。報告書かぁ。ダイナモスのいる洞窟はラヴァダイナスって名前になったんだな」
読めてるな。
こいつやっぱり学習能力が高い。
「なにか手伝ってやろうか?」
コイツ見返りもないのに色々世話を焼いてくるのが、正直助かる。
頭の回転も速いし、手先は器用だし。
前にもちょっと考えていたことだけど
「なあクイ、僕のパラリーガルにならないか?」
僕の仕事が多忙過ぎることだし、常に手伝ってくれる魔物材がいた方がいい。
「なんだよそのパラリーガルって」
ほらな。
パラリーガルなんて言葉は初めて聞いただろうけど、こいつ一度聞いた言葉をそのまますぐに覚えてくれる。
やっぱり地頭がいいんだ。
「弁護士の法律業務を補助する仕事をする人のことだよ。つまり、クイがいつも側にいて手伝ってくれるといいなって思ってさ」
「ヤツカドの側に? いつも?」
なんか嬉しそうだな。
まあ人から頼られるというのは自己の存在意義を確認する上で重要なことであるのは確かだ。
特に自己肯定感の低いタイプにはたまらないらしい。
「そうなんだ。いつも側にいて僕の仕事をずっと見ていてくれれば、いちいち事情を説明して誰かに頼むよりもずっと効率的だからさ。クイなら頭もいいし器用だし気が利くし、それに見た目もかわいいから僕が落ち着けるんだ」
とにかく褒める。
前にも言ったけど、リップサービスは無料で相手から好意を持たれる便利ツールだ。
実際クイは嬉しそうだ。
顔を赤らめて照れている様子が見て取れる。
「クイが城の中でいろいろ仕事してるのは知ってるけど、その辺は魔王様に頼んで僕の手伝いを優先するよう調整してもらうからさ」
城の中の連中にはそれぞれ役割がある。
特に報酬をもらっている節はないようだが、みな自分たちの住む場所を居心地良いものにするためにそれなりの役割を持つのは当然と思っているようだ。
「よくわかんねぇけど、ヤツカドの手伝いか。パラリーガル面白そうだな!それやってたらオレもヤツカドみたいになれるかな」
「僕みたいっていうと?」
「あちこちで噂になってるぜ?魔王様の顧問弁護士のヤツカドは『知性』でぶん殴ってくるって」
なんだそれ。
「オレも『知性』でぶん殴れるくらいに強くなりてえよ!」
うーむ……。何か『知性』が誤解されているような気がするな……。
あーでも言われてみればラヴァダイナスでも散々『知性でぶん殴る』ことしてきたような……。
「なれるんじゃないかな……」
「じゃあオレやるよ!ヤツカドといっしょに仕事する!オレの今やってる仕事は多分大丈夫。弟分がいるんだけど、そいつがそろそろオレの仕事引き取ってくれそうだからさ!」
「それは良かった。助かるよ。
それじゃあ早速だけど……」
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クイを連れて洞窟の奥を進み、大理石の採石場まで来た。
あまり採石されている様子はないようなので、遠慮せず僕も使わせてもらっている。
「何するんだ?」
「結構前に石の加工が得意な魔物と知り合いになってさ。材料さえ持っていけば作ってくれるって言うから前にテーブルを作ってもらったんだ。また頼もうと思って」
「へえ、今度は何を作るんだ?」
「魔王様とクイのデスクを作ってもらうよ」
「え?オレのも!
そりゃあすげえな!」
本当は魔王様の分だけ頼むつもりだったんだけど、パラリーガルとして働かせるならクイの分の机も必要になるので計画を変更した。
「採石したら、職人のとこまで運ぶから、とりあえずクイはついてきてくれ」
「おう!」
僕は早速、八足の姿に変わった。
この身体は便利だ。
この硬い爪と消化液があれば石材を切り出すなんて簡単なもの。
机2台分の石材を切り出すと、尻尾で巻いて運んだ。
クイは走って僕についてきている。
石職人の住む地区まで来ると、僕は大理石を地面に置き、ようやく人間の姿に戻った。
「ふー。セバダンさん、いらっしゃいますか?ヤツカドです」
僕の声を聴いて、一匹の魔物が奥から出てきた。
彼はセバダン。
鉱物で出来た石の魔人のような姿の魔物だった。
以前、洞窟内を探索していたところ、城からかなり離れた場所にやたら精工な石の細工が並んでいるのを見つけ、彼がそれを作っていることを知った。
こいつは使えると思ったので、例によってその石の細工を褒めちぎって親しくなったというところ。
セバダンだけではない。
他にも何匹もの魔物材を既に発掘済みだ。
とにかく人材は宝だ。
優秀な人材を確保することは自分の能力を何倍にも高めることが出来る。
ビジネスの相手だって、僕に頼むことにより幅広いジャンルの専門家へ繋がると分かればいちいち他の専門家を探す手間が省ける。
そして僕には紹介手数料も入る。
「坊や、また来たのかぇ」
彼は……魔物に性別がないという話から彼と言っていいのか分からないけど……かなりの歳を経た魔物のようで、生まれたばかりの僕は坊やにしか見えないということだ。
まあ呼び方なんてどうでもいいんだ。
「オレはクイ!よろしくな!」
「おや元気がいいねぇ」
セバダンはほぼ隠居生活らしく石の細工は趣味でやっているそうだ。
「前に頼んだ『デスク』を2つ作って欲しいんだ」
「構わないけどさ、年寄りには大きいものの加工は大変でねぇ……。ある程度形を整えてくれないかねぇ」
「分かりましたよ」
僕はそういうと再び八足の姿に戻り、大きな大理石を二つに割り、爪で各々凡その直方体の形に整えた。
「はい。これでいいでしょ」
「作業場の中に運んでおくれ」
大理石の塊は、僕のこの姿で持つには重すぎる……。
とはいえ八足の巨体では作業場には入れないしな。
そう思っていたところ、クイが持って行ってくれた。
こいつ、力持ちでもあるんだよな。
僕が非力というのもあるけど。
「ありがとな、クイ」
「いいって!これもパラリーガルの仕事なんだろ?」
ちょっと違うような気もしなくもないが、そういうことにしておく。
「クイのデスクは僕のと同じように機能的なのでいいんだけど、魔王様の分については魔王様の至上の美しさを引き立てるような精工なものを頼みたいんだ」
「ほいほい」
セバダンは快く応じてくれた。
「今度来るときには美味しいものでも持ってきますよ。好物とかあります?」
本人が『タダでいい』と言っていても、それが何度も続くとイヤになるものだ。
今後も必ず仕事を引き受けてもらうためにも、こういうときにはケチではいけない。
「そうさね。セバダンはキノコが好きさね」
「キノコね。了解」
パラリーガルのクイの出番だ!任せたぞ。
(パラリーガルとは)
「それにしても、坊やの魔王様への忠誠心には感心するねぇ」
「まあね!この僕の全ての愛と忠誠を魔王様に捧げてますから」
僕は自信を持って答える。
「けどね、どんなに愛を尽くしても、魔王様は決してそれを返してはくれないよ」
ん?
別に見返りが欲しくて尽くしているわけじゃないけど……。
なんか引っかかるな。
「オレ、聞いたことあるよ。魔王様は決して誰のことも好きにはならないって」
クイもそんなことを言う。
「そりゃあ、魔王様は王様だから、みんなに公平にあろうとしてるんじゃないですかね」
あの理知的な魔王様のことだから、厳しく自らを律しているに違いない。
「そういうことじゃあないんだよ。魔王様はとても恐ろしいお方……。このセバダンが魔王城に決して近寄らないのも偏にあの方が恐ろしいから……」
「いや、まあ……恐ろしいほどに美しいとは思いますが」
「当時のことはね……もう知ってる者はこのセバダンを除いては殆どおらんよ……。なにせ、当時のことを知っておった者はみないなくなってしまったから……」
「オレはまだ生まれてなかった頃の話だよ。オレも他のヤツから聞いたことしか知らねぇけど。セバダンは知ってるんだな。あれは本当の話なのか?」
クイも何か知っているようだ。
僕も知らなければならないな。
僕がこの世界に来る前の話を。
初めて評価いただきました。こんなにも嬉しいのに直接お礼言えないのが歯がゆいです。むちゃくちゃ励みになります。