6 納税の義務ですよ
納税の義務って、憲法に書いてありますけど
書いてなくても納税は義務なんです。
なぜかというと…
「ただいま戻りました」
僕は城に着くと早速魔王様の居室へ向かった。
「ご苦労だったな。報告を聞こう」
鍾乳石の玉座に鎮座する魔王様の神々しいまでの美しさを4日ぶりに目にして、僕の目はスパークを起こしてしまいそうだ。
うん自分でも意味分からん。
「まずこれをどうぞ」
魔王様に両手いっぱいの花束をお渡しした。
「帰りの道中に目を引く花が咲いていたので摘んで参りました。もちろんこの花など魔王様の御美しさに比べれば些細なものでしかありませんが」
魔王様の好まれるものが分からないので、とりあえず花を差し上げることにしたわけだが。
「ああ……? うん」
魔王様が花束を受け取って下さった。
特に機嫌を損ねている様子はない。
カラフルな花に彩られる魔王様もお美しい。
僕の経験から言えば、花を渡して喜ばない女はいなかった。
花と一緒にブランドもののアクセサリーやバッグをあげるとなお良し。
もちろん相手の好みかどうかは知らないし、恐らく現金を渡すのが一番手っ取り早いんだろうが、現金を渡して買春扱いされても困る。
一応プレゼントの体裁は必要なのだった。
渡した後に好きに換金するなりしてくれればいいんだ。
女の気を引くために渡すというよりは、これをやっておくと無用のトラブルに発展しないんだよな。ケチはいけない。
……って、あれ?
カラフルだった花がほんの一瞬で塵も残らずに消えていた。
「まだ生きていたから食わせてもらったが、用途が違ったか?」
そんなことを魔王様は仰っている。
そうか……花は魔王様に食べられてしまったか……。
羨ましい。僕も花になりたい。
「いえ、構いません。ところで参考にしたいのですが、魔王様の好物ってなんですか?」
最初からこれを聞いておけば良かった。
「私が食べるのは、生きている者の生命そのものだ」
「ああ、生き物を食べるんですか。僕と一緒ですね」
「厳密に言えば私は肉は食べないんだ。ただ生命を食うとその肉は塵も残らず消えてしまうだけで」
あまり違いが分からないけど、とりあえず僕を食べていただいたときも口でむしゃむしゃ食べている感じではなかったし、そういうものなんだろう。
それにしても魔王様ほど強大な方なら、食べる量も並ではないだろうに、ほとんど何かを召し上がっているところを見たことがない。謎な生態な方だ。
「ところで先日、『共食い禁止』の法律の話をしたな。そして法律は王自らも守らなければならないと」
「ええ。何か疑問点などあればなんでもおっしゃって下さい」
法令について関心を持って疑問を投げかけて下さるのは大切なことだ。
これからしっかり法教育を施させていただかなければならないんだし、魔王様には出来るだけ主体的になっていただきたい。
魔王様の望む『社会』をこの世界にもたらすために。
「私は、魔物達を食っている」
別に驚かない。
僕も食べて欲しい。
「つまり、歴代の王達もそうなのだが…その強大な力を維持するために膨大な量の食糧が必要となる。多くの野生動物や自然からも滅ぼさない程度に生命をいただいているが、それだけでは追いつかないのだ」
それは分かる。
「私も歴代の王と同様、魔物を守る代わりに、日常的に彼ら皆から少しずつ生命力をいただいている。それは代々続く特殊な秘術によるものなのだ」
「それは……僕からもですか?」
「そうだ。本人も気が付かないほど少しずつだが」
なんと……、なんということだ……!
僕は日常的に魔王様に召し上がって頂けてたのだ……!!
嬉しい……!
なんという光栄でありがたいことなのか……。
つい顔が緩んでしまう。
「なぜニヤニヤするんだおまえは」
魔王様に不信がられてしまった。
だってこれが喜ばずにいられる? 普通。
「だから私には『共食い禁止』を命ずる資格はないのだ」
なるほど。魔王様はそのようなことを考えて憂いておられたのか……。
しかし大丈夫。
僕には魔王様の憂いを払拭することが出来る。
「ご安心下さい魔王様。それは問題ありません」
「そうなのか?」
「それは、要は納税です」
「なんだそれは」
実を言うと、魔王様が魔物から少しずつ生命をいただいていると聞いて、非常に納得いっていた。
この世界には『通貨』というものはない。
個性豊かな魔物達はそれぞれ『貴重なもの』も異なる。
魔物達から税金のようなものを徴収することなく、なぜ魔王様が魔物のために尽くさなければならないのかと僕は非常に納得いかなかったから。
けれど、魔物みなから少しずつ生命を徴収し、その『力』で魔物を守るための『行政活動』を行っているというのならそこには見事な権力構造が成立するじゃないか。
原資は『生命』だ。
『納税』の義務については、憲法に盛り込まれることが多いが、本来国家は性質上、国民の税金によって運営されるものであるから、納税の義務は言うまでもなく当然の義務だ。
憲法上規程がなくとも凡そ国家であれば納税は認められる。
だから例えば『共食い禁止』を定めていたとしても、納税により生命を強制的に徴収することは許される。
日本の制度に例えるなら、強制的に他人の財産を奪うことは窃盗や強盗として禁じられているが、納税の義務に従い財産を徴収することは許される。
それと同様というわけだ。
「ふむ……。『社会』というものは興味深いものなのだな」
魔王様は納得して下さったようだ。
とはいえ、納税の義務は『公平』なものでなければならない。
むしろ『公平』だからこそ、みなが許容するものと推測されるので、その義務が認められていると言われている。
だから特に根拠なく特定の人物から好き勝手な量を徴収して良いというわけではない。
特定の個人から気まぐれに大量に生命を奪うことを許すようなものではない。
そんな僕の蘊蓄話に魔王様は興味深げに耳を傾けて下さっている。
「税金……か。私はずっと、王は無断でみなから生命を奪い生きる罪深い存在だと思っていたが……。ヤツカドの言葉で少し楽になった気がするよ」
おお、魔王様の御心を慰めるお役に立てたのか!
光栄の至り……!
「魔王様、ではどうか僕にご褒美をいただけませんか?」
ここはオネダリのチャンス。
跪いていた僕は姿勢を戻し、目線を魔王様に合わせた。
そして返事を待つことなく、魔王様の涼やかで小さな唇に口づけをした。やったね!
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それから丸1日、僕は動けなくなってしまったので自室で療養した。
さすがの魔王様も口に直接食べ物を運ばれれば、つい食べてしまうものだろう。
魔王様に食べていただけた……。
それでもう十分だ……
全部食べられても悔いはなかったけど、生き残った。それなら早く回復し、またいつでも食べていただけるように体調を完璧に維持しなければ。
……って、いかん。
僕は肝心なことをすっかり失念していた。
ラヴァダイナスへの出張の報告するの忘れてた。
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