4 人間との決別
牢屋の中の人物が見開いた目で僕を見る。
どこかで会ったことがあったかな。
僕は人間の知り合いなんていないぞ?
その人物はボロボロの皮を毛布のように体に巻いているが、その着ている服はよくよく見ると見慣れた形をしている。
それは、日本で見た服だ。
カジュアルジャケットかな。
「なんだ、あなた日本人ですか?」
僕がここに来ている以上、他に来ててもおかしくない。
ただ……
「オレだよ!センセイ!おまえの雇い主だよ!ご主人様だよ!」
はあ?
そんなこと言われる筋合いのある人物なんていないぞ。
「おまえ、どうしてそんなに変わってないんだ? 前に見たときのままだ!あれから随分経つっていうのに!」
んんん……?
僕はまじまじと中の人物の顔や服装を見た。
もうちょっとこれを小ぎれいにした感じ……
「あ!!あんた!!」
思い出した!!
こいつ!
こいつだ!!
女に刺されそうになったときに僕を盾にした、政界オヤジのバカ息子!!
あんたのせいで僕は死ぬ羽目になったんだ!!
「なんでおまえ、外にいるんだよ!オレはおまえのご主人様だろ!助けろよ!!」
は?
なんであんたが僕のご主人様なんだよ。
僕のクライアントはあくまでこいつのオヤジだったし、今はもう関係ない。
そもそも弁護士とクライアントの関係は『雇用関係』とは違う。僕は雇われていないから『雇い主』なんていない。
一応説明すると、弁護士とクライアントの関係は『委任関係』と言われている。
『雇用』は、雇用主の命令に従って仕事をする対価として賃金を支払うものだけど、『委任』は高い信頼関係の元に広い裁量権を持ち事務を行うというものだ。
一緒にしてもらっては困る。
いろいろ言いたいことはあるが、今は尋問の最中だ。
まずは情報を引き出さないと。
尋問、久しぶりだなぁ。
検察官だった頃にやって以来だ。
油断を誘うために僕は笑顔を浮かべ優しい声で語り掛ける。
「あなたをお助け出来るかは、あなたのお話次第ですよ」
実際のところは助ける気なんてさらさらないんだけど。
「なんだよ!何かオレに聞きたいことでもあるのか!?」
魔物達はこいつの背後関係、人間の仲間がいるかどうかを聞き出そうとしたが、どうにも要領を得ないと言っていた。
「あなた、なぜここにいるんです?」
僕は聞く。
「それはオレが聞きたいね。おまえと一緒に駐車場にいたと思ったのに、あの女に会ったところからよく覚えてねぇんだよ。気が付いたら暗い森みたいな場所にいて、人を探してさ迷ってるうちに変なバケモノを見て驚いて……。それで捕まってここにいるんだ」
なるほど。
これは確かに他の連中が聞いても要領を得ない。
同じような経験をした僕以外には理解できなかっただろう。
「それはいつのことです?」
「ずっと前だよ。もう何年も経ってるんじゃねぇか?
なのにセンセイ、おまえは全く変わらないな!」
目の前の男の、値段の高かったであろう服はもう見る影もなくボロボロに朽ちている。
髪はすっかり白髪がまじり、ひげ面で汚らしい。
顔には皺が刻まれている。
歳のせいか心労のせいかは分からないが。
僕は、まああのときのままだ。
最後に見たときの僕の姿のまま。
ストライプを基調としたイタリアブランドのスーツと靴。
薄いパープルのワイシャツにサスペンダー。
髪の長さも色も全く変わらない。
ただ……
「君は、化けているのか?」
僕は化けている。
こいつは、この姿のままここに来たのか?
僕はバケモノに変わり果ててしまったのに。
そんなことってあるのか?
「化け? 化けるってなんだよ。確かにだいぶボロボロになっちまったけど……」
化けてないのか。
つまりこのままなのか。
なるほど。納得いった。
これは朗報だ。
こいつは、この身ひとつでこっちの世界に来てから、他の人間とは接触していない。
つまり仲間はいない。
こいつを探すヤツもいない。
だから魔王様が懸念していた「人間との戦争」というのは、まだそれほど差し迫っていないんだ。
この話は魔王様がお喜びになるな。素晴らしい収穫だ。
気になさってたからなぁ魔王様……。
おいたわしい。
「分かった。君の話は真実なんだろうね」
僕は営業用の笑顔でそう言った。
「背後関係がないと分かれば君にはこれ以上生かしておく価値もない。処分させてもらおう。異論はありませんね、ダイナモスさん?」
側にいるダイナモスにも確認を取る。
「ヤツカドが良いと思うなら」
良いと思うな。
「なんだよ処分って!まさかオレを殺すのか? オレはご主人様だぞ」
「全く理解してないと思うし説明も面倒くさいからしませんけど、あんたはご主人でもなんでもない。僕のご主人様は魔王様ただお一人ですしね」
僕は牢屋の扉を開いた。
この男……もう名前は憶えていない。
男は弾かれたように僕の方に襲い掛かってきた。
恨みがないと言えばウソになる。
順風満帆の人生だったのに、このバカ息子のせいで台無しになった。
依頼を受けておいてなんだが、こいつは正真正銘のクズだった。
気に入った女を自分の息のかかったバーに呼び出し、レイプドラッグで意識を失わせてホテルに連れ込み、散々弄び、そこを撮影して脅迫し関係を続ける、なんてことが日常茶飯事だった。
あの事件で妊娠させたのはそのうちの女の一人だ。
政界の父親の力で何度も立件を免れ
「捕まって有罪にならなきゃ罪じゃねぇんだよ。オレみたいな上級国民は最高の弁護士をつけて逃げ切れるんだからな」
とヘラヘラ笑っていたのを覚えている。
『捕まって有罪にならなきゃ罪じゃない』というのは賛成だが、僕は決してそんなことはしなかった。
倫理の問題じゃない。
無理なんだよ。
父親の力も永遠ではないし、それが失われたら僕だって依頼なんて受けない。
自分の力で得たものではない力に溺れた者の末路は決まっている。
いつかそのツケを払うことになる。
あの女は僕を刺殺した後、ちゃんとこいつも殺したんだな。
事の顛末が知れてスッキリした。
あとの始末は僕がつけるのが筋だと思う。
男は恐怖に目を見開いていた。
そりゃそうだろう。
目の前にいるのは、何十メートルあるか分からない巨大な八足の怪物だから。
そんなのが立ちはだかれば驚かない人間はいないだろう。
恨みは確かにある。
けど、感謝もしているんだよ。
おまえのお陰で、僕は唯一の愛する存在を見つけることが出来たから。
だからあまり苦しまないよう
一口でいただく。
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ああ、読んでくれてる人いるんだなと思えるのありがたいです。
いつもありがとうございます。