1 全ては愛しのあなたのために
第2章始まりました。
もともと書きたかったのはここからなので、よろしくお願いします。
あれから僕がどうなったかと言うと、魔王様のために『社会』を作るお手伝いをさせていただいている。
幸い、僕の専門は法律学。
法律学とは統治の学問だ。
支配者の学問でもある。
支配者が国を統治し、国民を支配するために学ぶ学問であり、帝王学では必ず学ぶべきものだ。
世の中には誤解している人も多い。法律を自分たちのためのルールだと思っているんだろうけど、それは違う。
法律は、もともとは『王』が国を統治するために編み出したもの。
国を統治するための秩序を作るための道具。
だからこそ僕は魅力を感じ、法律の世界を選んだ。
人類が長い歴史の中で、少しずつ発展していった法律学の最先端を僕は学んだ。
人類が2000年以上に渡り、育て上げていった学問だ。
これを駆使すれば、極めて短期間の間に人類2000年分の発展を遂げることも出来る。
「その『社会』というのは、我々にも作れるものなのか?」
「お任せ下さい魔王様。僕は貴方だけの顧問弁護士です。貴方のために『社会を』作り上げて差し上げます」
なんだか楽しくなってきた。
殺されたり化け物になったり災難だと思ったけど、今は愛しい魔王様のために自分の知識と経験を活かし社会作りが出来るなんて。
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今日も魔王様の顧問弁護士である僕はやることが多かった。
渉外法律事務所並みかも知れない。毎日忙しい。
本日の業務内容は、四天王の一人の定時報告の受領、そして報告書作成。
言語レッスンの実施、知性の高い魔物を集めるための人材募集要項作成。
あ、ちなみに『四天王』というのは、我が麗しの魔王様にお願いして選任していただいた4匹の魔物のことだ。
知性と力を兼ね備え、信頼できる配下を選んでいただいた。
現段階では、あまり多すぎると全員の統制が出来ない。
4人くらいがちょうどいい。
本当は知性だけで選びたいところだけど、この原始的な魔物世界では、上が強くないと下がついてこないということなので、それなりに強い者を選ばざるを得なかった。
なんで『四天王』なんてネーミングかと言うと、なんとなく……まあ、ノリかな?
戦争するっていうなら少しはコケ脅しがあった方がいいかと思って。
暇なときにでも仰々しい二つ名を考えておいてやらないとな。面倒だし公募してみるか?
さて魔物の世界は、魔王の城のある洞窟の他にも何か所にも点在している。
この洞窟だけでは全員収容できないからだ。
場所が点在するから、魔王様の命令が行きわたらない。
そこで、選任した4匹をそれぞれ送り出し、コミュニティごとに統治を任せることにした。
彼らには今後、法律の公布や施行もさせていかせたいので最低限の言語能力は必要だ。
魔物の世界にはまだ文字がない。
読み書きどころか、言葉で意思の疎通をはかれる者も限られているらしい。
文字を制定したところで、すぐに読み書きまで出来るようになるわけではない。定期的に城に来させて報告を受け、その際に言語レッスンを施す必要がある。
社会を作るのも先は長い。
けれど、幸い魔物の寿命は長いので、なんとかなるだろう。
早く使える人材を増やして、人に任せられるようになるといいんだけど。
今はまだその段階ではないので、大抵の事は僕は一人でこなさなくてはならない。
だけど、愛する魔王様のために尽くせる幸福感で、僕は満足だ。
ああ、そうだ。そろそろ法律案作成を進めなければ。
魔王様のご意見はまとまったかな。
僕はノックして我が麗しの魔王様の居室に入った。
今ならあの方はここにいるはずだ。
魔王様は、以前は忙しくてほとんど居室にいなかったが、今はある程度仕事を采配させていただき城内に落ち着く時間を設けてもらっている。
勿論、お忙しい魔王様を楽にして差し上げたいという僕の個人的な望みでもあるけれど、それ以上に、トップの人間がいつも不在では国政が安定しないものなんだ。
居室に入ると、麗しの魔王様はクイと一緒にいた。
クイと言語レッスンを進めていたようだ。
文字を設定した以上、魔王様にも文字を扱えるようになってもらわなくてはならない。
そうでないと内政上危ない。
『部下から騙されて国家が転覆』なんてこともある。
文字が読めるということは騙されないために必須のことだと説得し、勉強を進めるようにお願いした。
魔王様は当初渋ったものの、魔物の未来のために必要ならばと承諾してくれた。
一人で言語の勉強は大変だろうと、クイとペアを組んでもらっている。
「ヤツカド!来たのか!」
クイは両腕を広げて全身で歓迎してくれた。
「勉強はかどってるか?
ちょっと先に魔王様と話させてくれ」
そう言って僕は魔王様のもとに進むと足元に跪いた。
「我が最愛の魔王様。
……あ、申し訳ありません『最愛』という言葉は他に愛する者のある者の使う言葉でした。僕の愛するのは未来永劫魔王様ただおひとりだけですので『最愛』という言葉はおかしい。
唯一絶対の愛しき麗しの魔王様」
「ヤツカド、毎回用件を話す前に必ずその変な前置きを入れるの勘弁してくれないか……」
「申し訳ございません。あまりに美しき至高の存在を目の当たりにするとどうしても心が震えて魔王様を称えなければならないという使命感に駆られてしまいまして。麗しき魔王様の貴重なお時間を浪費させ御心を煩わせるつもりはないものの……」
「頼むから……」
魔王様が心底嫌がっているのが分かった。
仕方ない。魔王様を称える言葉は自分の頭の中だけで終わらせて、後は時間に余裕のあるときにまとめて称賛させていただくということで何とか折り合いをつけよう。
「法律案についてご検討いただけたでしょうか」
「ああ、その件か」
「以前にも申し上げましたが、魔王様のご要望を元に法律案として形を整えるのは僕の役目です。ですから魔王様は盛り込みたい内容を考えて僕に伝えて下さるだけで良いのです」
「それだが、簡単なもので良いということだったな?」
「その通りです」
法律は、魔王様の命令を正確に広い地帯に行きわたせるためのもの。
とはいえ、まだこの魔物の世界は言語能力が低い。
複雑な法律は施行しても誰も理解できず全く価値がなくなってしまう。
法律は社会の成熟度に応じて変わるもの。
今の未熟な魔物世界においては極めてシンプルで、そして少ない量のものしか法律として機能出来ない。
「ですから本当に魔王様が守らせたい核心に限定していただきたい」
魔王様が検討して挙げてきた事項を、ひとつずつ重要性を吟味し、内容を絞っていく。
「同族同士の共食いは禁止、というのを入れたいのだが」
魔王様がそう仰った。
僕は意見する。
「内容はシンプルで良いかと。
魔王様がお望みであれば構いませんが……。
個人的にはその条項には反対したいのですが」
「ヤツカドはどこがまずいと思うんだ?」
仕事が評価されているためか、最近は魔王様は僕の意見をかなり尊重してくれている。
僕は顧問契約の際に『尊重は不要』と言ったが、顧問弁護士にはやはり一定の尊重がなされないと効果的なアドバイスは出来ないので、魔王様のご配慮はありがたい。
やはり僕が愛する方は違う。
なんという広い度量。大きな器。
僕を捧げるに相応しいお方。
内心もっと魔王様を称えたいところだが、仕事に集中しなくては。
「共食いは魔物にとって誘惑的な行為だ。しかしこれがなされると同胞に対する不信感に繋がる。それに自滅への道でもある。だから共食い禁止は入れたいのだが…」
「その理屈は分かります。ただ……」
「なんだ?」
「僕はいつだって魔王様に食べていただきたくて……」
魔王様がまた引いている。
仕方ないじゃないか。
魔王様にこの身を捧げたくて捧げたくてたまらないんだから。
離れた場所でクイもかなり顔を引きつらせているのがちらっと見えたが、クイの反応はどうでもいい。
「たまにちょっと食べてしまうくらい、良いのではないかと……」
「……やめなさい」
魔王様がのけぞっておられる。
「僕、すごくお仕事頑張っていると思うんですよ。以前、魔王様が何か褒美を取らそうかとおっしゃっていたではありませんか。そのときは遠慮しましたが、折角なので僕をちょっと食べていただけませんか。それ以上のご褒美はありませんから……」
「今はダメだ……」
「では良いときもあるんですね? お待ちしております」
僕はそう言ったあと
「というわけで『共食い禁止』はやめましょう。法律は王自らもまた守らなければなりません。そうでなければ民は法を守らない。守られない法律ほど王の権威を失墜させるものはありません。魔王様や僕が必ず守ると誓った上で施行するのです。法律の権威を保つため、王は自ら規範にならなければならない」
「そ……そうか」
なぜか魔王様の表情が引きつっておられるようだが、それはそれで美しい。
「そうです。ですから僕が魔王様に食べていただくためには、この法律が施行されては困るのです」
かなり私情を挟んだけど、そう間違ってはいない。
法の歴史を紐解けば分かることだが、王が法に従うことが法の確立には必ず必要なことであり、法を守らないで命令だけする王には破滅の運命が待っている。
「そうか……、法は王が率先して守らねばならないのか……。それならば確かに……」
魔王様には何か思うところがあるようだ。
思案するお姿は美しいだけでなく凛々しくもある。
「では『相手の同意のない共食い禁止』ではどうか?」
さすが僕の敬愛する魔王様だ。理解が早い。しかし
「とても良い案なのですが、今はまだそれは早いでしょう。『同意がない』という点が魔物達にはまだ複雑過ぎて対応できないのです。今は法律の最初の段階ですからとにかく単純な文章でなければなりません」
『複雑?この程度で?』と、ちょっと教養がある者なら思うかも知れないが、まだこの世界は文字を読める者が少ない。
すると法を制定すれば、それを『絵で説明する』という場面が生じる。
絵で『同意』を説明するのは難しい。
今の段階では『複雑』かどうかは、絵による説明の難易度という基準で判断しなければ。
説明すると長いので今はやめておくが『同意』がないことを当然の前提に置く立法も出来るが、やはり今はまだ早い。
そんなやり取りを詰めていき、最終的に初の法律案は
・魔王に服従すること
・魔物を殺さないこと
・鬼眼を同族に使わないこと
となった。
「罰則も作りましょうね。
違反した場合どうなるかという話です」
僕は言う。
世界で最も古い法典に記載されていたのは『刑法』だという話だ。
法が国家を統治するための道具であることを考えれば納得する。
・違反した場合は、死刑
これに限る。
死刑に限定するのは、別に残酷でもなんでもなく、シンプルな法律を作ろうと思えばこの一択なだけだ。
細かい刑種を作ることも僕には当然お手の物だけど、魔物にはまだ早すぎる。
身柄を拘束する懲役刑であれば収監場所も管理者も必要だが、まだそれらを用意できるほど設備を整えていない。
言い分を聞く司法機関も整える必要があるが、今のところは全件魔王様のもとに持ってこさせて魔王様に判事を務めていただくほかはないだろう。
誰でも彼でも『死刑』を実行できるのでは同族殺しと変わらない。
被害者の同意があった場合や正当防衛などの場合など、細かい事情調整は法律には組み込まず、魔王様の元で行うとした方がいいだろう。
まどろっこしいとは思うが、今の段階では仕方がない。
人類2000年強の法律の歴史を短縮して社会を作り上げるとはいえ、焦りは禁物だ。
「本日の魔王様のお仕事は以上です。
あとは休養か勉強にお勤め下さい」
僕はそう言って部屋を去ろうとした。
「もう行っちゃうのか?」
クイだ。忘れてた。
「僕はまだちょっとやることがあるから」
そりゃ僕だって至高の存在である魔王様のご尊顔をもっと拝見していたいが、自分の欲望より魔王様のための仕事!
そんな僕の切ない葛藤が伝わってしまったのか魔王様が側に来た。
「色々私の仕事を肩代わりしてくれるのはありがたいが、少し働き過ぎではないか?休みは取っているんだろうな」
ああ、愛しの魔王様にご心配をいただくなんて、ありがたい……ありがたいけど、心配をかける僕はなんと罪深いんだ……。
でもまあ、実際大丈夫なんだ。
「ご心配には及びません。麗しの魔王様のためであれば寝食など忘れて常に仕事をしてもいいぐらい……と言いたいところですがそんなことはしておりません。
適度に休憩を取らなければ仕事で最高のパフォーマンスを発揮出来ませんからね。魔王様に尽くすためにも自分の体調管理も含めて完璧な自己コントロールを行っておりますから」
「あ、ああ……うん。」
ということ。
休むのも仕事のうち。それがプロ。
それに僕には裏技がある。
「あ、そうだ、魔王様」
いけないこれは伝えておかなくちゃ。
「四天王の一人が定期報告を怠っているので、近いうちに僕が行って注意をしてきますけど、特に問題ありませんよね? 何かついでの用事があれば承りますが」
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ああ、読んでくれてる人いるんだなと思えるのありがたいです。
いつもありがとうございます。