表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/97

14 交渉の果てに

 おそらくこの世界にいう人間と魔物の関係は、『人間と野生動物』の関係に近い。


 野生動物は個体では強いものも多い。

 熊や猪や狼、人間にとって脅威となる野生生物はいた。

 三毛別羆事件さんけべつひぐまじけんのように、野生動物により人間が大勢犠牲になることもある。

 が、どれも最後は人間に討たれた。


 それはなぜか。


 知性こそが、世界を支配するからだ。


 それは歴史からも明らかだ。


 虎やライオンといった野生動物を駆逐し、人間が地球を支配したのは、ひとえに知能を持っていたから。


 人間社会でもそうだ。

 国のリーダーは筋肉隆々で身体のでかい男ではない。


 なぜこの世界で魔物が非力な人間に駆逐されるかといえば、恐らくだけど…人間には『知恵』があり『社会』があり『組織』があるからだ。

 一人の人間が非力であっても、人間社会を敵に回してかなう野生動物などいない。


 僕は魔王に分かりやすく説明をした。


「つまり、魔物に必要なのは『社会』なのです。

 それを構成することを提案させていただきます」


 僕の提案を魔王は不思議そうな表情で聞いていた。


「『社会』……。それがあれば、私たちは勝てるのか」


 僕は頷く。


 確かに、魔物は野生動物並みに知性が低い個体も多くいるようだ。

 しかし、それには個体差がある。

 知性があるものもいる。魔王のように。

『個体差』があるのは人間も同じこと。


 リーダーが知恵を持って統率を取った『社会』を作れば、恐らく『人間』に匹敵するほどの『組織』としての力を持てるはず。


「なるほど」


 魔王は強く関心を示している。

 この調子で僕を『頼り』『依存』する関係を作り上げれば……。

 そうすれば僕の立場は守られるはずだ。


「魔王様、社会を作ることはそう簡単ではありません。時間もかかる。ですから僕と顧問契約を締結し、僕を顧問弁護士にして下さい」


「前にも言っていたな。その『顧問契約』や『顧問弁護士』というのはなんだ?」


 その概念がこの世界にないことなんて承知の上だ。


「僕を信頼し、尊重し、そして権限を委託し任せて下さるという約束です。そしてその代わりに僕はあなたの利益のために助言し行動するのです」



 尊重してもらわなくては。


 顧問弁護士として。

 もう僕に簡単に指図なんてさせない。


「おまえは……この私に交換条件など持てるとでも思うのか。無条件だ。無条件で私のために助言し行動することしか認めない」


 さすが魔王と言うべきか、一筋縄ではいかない。


「しかし、尊重していただかねば僕の助言は価値を持たないんですよ」


「尊重ねえ」


 魔王はふふと微かに笑う。


「生まれたばかりのおまえが?

 私がいなければ姿すら保てないおまえが?」


 視線が合っていたはずの魔王の姿が視界からズレた。

 足元に感じていた重力が消えた?

 僕の立っていた位置の岩が崩れ落ちようとしている。隆起から落下する……。


 違う。僕が重くなったんだ。

 くっそ、魔王のやつ……、また僕を怪物にする気か。



「ぷしゅるるる…」


――― こんなことをして僕を好きにしても、解決にはなりませんよ―――


 姿は変わり果て、僕は声にならない声で言う。


「おまえの立場を分からせてやろう」


 こうやって魔物達をしつけてきたんだろうな。

 行儀の良いあの連中を。


 クイも「魔王はむちゃくちゃ怖い」って言ってたっけ。

 けど今ここで引くわけにはいかない。

 ここが交渉の瀬戸際だから。


――― あなたはもっと冷静に判断するべきだ。あなたが誰も逆らえない強大な魔王でいることと、魔物全体の未来と、どちらが大事なことか考えれば分かるはずです ―――


「うるさい」


 なにか固いものが折れる大きな音がした。


 折れたのは、僕の、腕……?


 この巨大な黒い固い毛の生えた腕が、簡単に折られた。

 魔王がやったのか?

 痛いぞ。これはヤバい。

 殺されるのは困る。


 僕は必死だった。


 こんな小さな魔王に殺されるなんて冗談じゃない。


 小さくて、食えてしまいそうなくらいに小さいのに…


 いっそ食ってしまえば…



 僕は魔王の瞳を強く睨んだ。


「なんだ私相手に鬼眼きがんを使ってくるのか。それはいけないな。おまえが何をしようとしているか教えるのが主である私の役目だ」



 こんなときなのに、僕は魔王の金色の瞳が本当にキレイだと思ってしまった。



_______________



 僕はそこで初めての体験をした。


 以前の生で生涯体験したことがなく、ここに来てからも初めてのこと。


 僕は、他人を『愛する』という経験がない。

 他人は自分のために利用するものだからだ。

 何よりも自分を愛しているし、それ以外は自分のための道具でしかない。


 気に入ったヤツはいた。

 お気に入りの女もたくさんいた。

 産みの親もいた。


 そいつらは自分にとって都合が良かったから側に置いていただけ。

 僕が幸せに暮らすため利用するもの。

 そこにあるのは、支配欲であり独占欲でしかない。


 けど、それって普通のことだよな。


 世の中声高に『愛』を唱える連中がいるけど、そんなのは自分の独占欲を美化しているだけだ。

 だから『愛している』と言いながら思うようにならない相手を殺したり暴力を振るったりする。

 そんな事件はたくさん目にしてきた。


 どいつもこいつも『愛』を語りながら、やっていることは自己満足の自己愛でしかなかった。


 確かに僕は『愛する』経験がなかったけど、どうせみんなそんなもんだ。

 僕だけが特別『愛』という感情を欠如させているわけじゃない。


 むしろ、自分の独占欲を自覚し自分の欲望をコントロール出来てる分、僕は他の連中よりも上等だろう。


 では偽りではない『愛』とは何かと言うと…

 物の本で読む限りのことだと、自分よりも他人を優先する感情らしい。


 自分を犠牲にしてでも、そして自分がその他人から感謝されるかも関係なく、ただその他人の幸福を願う。


 どうやらそれが『愛』らしいが

 その意味での『愛』なんて感情は抱いたことはない。



 なのに…


 なんだろう。

 この感情。


 魔王に見つめられて、自分の中に奇妙な、今まで感じたことのないものが沸き上がる。


 この美しく偉大な人

 尊い存在


 この方が存在し続けるためなら、僕は出来ることは何でもするべきだろう。

 この方の力になれるなら、捧げられるものは全て捧げたい。


 もしもこの方の血肉になれるなら、僕はどうなってもいい。

 いっそこの方に食べられて、この方の一部になれるならどんなに幸せなことだろう。


 僕は今、過去に感じたことのない圧倒的な幸福感に包まれている…。


 利用して欲しい。

 食べて欲しい。

 捧げられるものは何でも差し上げたい…。



 いや…待て……、おかしい!


 僕がそんなことを考えるわけがない。

 自分を犠牲にしてどうするよ!

 この世界で一番大切なのは自分だろ。


 そんなの分かってる。

 だけど仕方ない。

 この身よりも大切なものを見つけてしまったから……。


 僕は、たまらず魔王様の足元に跪く。

 そしてこの身を全て委ねる…

  


「こういう具合のものだ。鬼眼きがんというのは」



――― はっ…!!!


 魔王の声で僕は我に返った。

 僕は、魔王の前に跪いている。

 無抵抗に…。


 なんだ今の!? なんだ今の!?


 僕が、この僕が自分を犠牲にして…? 食われたい?


 信じられない!


「今の、今のが鬼眼きがん…!」


 怪物姿のまま、全身から血の気が引くような気がした。


 はあ、はあ、はあ…


 呼吸が乱れる…


 これは、いわゆる洗脳のようなものだろうか。

 自分でも信じられない思考が自分の頭の中にあった。


 しかも今までに感じたことのない気持ちの良さだった……。


「ヤツカド、おまえが使おうとしたのはこういうものだ」


「な、なるほど…だから『食べて』か…」


「分かるか? 私に逆らうことはおまえには許されないし、決して逆らうことは出来ない」



 僕はもう、抵抗する気が失せていた。



 この僕が……交渉に失敗するなんて……。






壁打ちで書き溜めてきましたが、そろそろ第1章終わります。

常識の皮を被ったサイコパスなヤツカド君はこれからまっさかさまです。

評価・感想・ブクマ、いただけるととても嬉しいです。

でも、見えない誰かが読んでくれていると思うだけでも嬉しいです。

いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 思ったよりやり手ではなかったね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ