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13 魔王様はお悩みのようです

 あれから暫く、魔王は姿を現さなかった。


 あの日食事の帰りも先に消えてしまったし、かなり忙しい様子だ。

 お陰で干渉されずに情報収集が出来るのは助かる。


 城の中の様子も大体把握出来たし顔見知りの魔物も増えた。

 出会ったときのクイのように喧嘩腰のヤツもいたが、城内を出歩く際にはクイがついてきたのでうまく取り成してもらった。

 コイツなかなか便利だ。


 そんな訳で魔王の留守中八足の魔物に変わることもなく、穏やかな日々を送ることができた。



 その日はとても静かだった。


 マルテルはよく眠っている。

 普通の鳥は眠りが浅いものだが、マルテルは僕が羽の下から抜け出しても気が付かないくらいなんだから少し違うのかも知れない。


 今日も部屋に魔王がいる様子はない。


 そう言えば魔王が部屋で寝ているところも見たことはなかった。

 ときどき戻ってきているようだが、すぐに消えてしまう。


 僕は静かに部屋を抜け出した。


 このエリアは魔王の居室の近くなので、魔物の気配はしない。

 鍾乳洞の城は音を吸収するのか、歩いてもあまり足音が響かない。


この魔物に囲まれた生活に慣れてくると、やはり自分の今の姿は仮の姿なんだなと実感する。


 人間としての生理現象がない。

 髪も爪も髭も伸びている様子がない。

 それはそれで楽だから別にいいんだけどさ。



「ヤツカドか」


 うひゃあ! 

 いきなり背後から声を掛けられるのは心臓に悪いな。

 静かだったからなおさら。


 確認するまでもなく魔王だった。


「ああ、お帰りですか」

「……」


 無言だ。どうも疲れているようだ。

 疲れというよりもやはり悩みを抱えている様子か。

 僕のハッタリもそう間違ってはいないんだろう。


「お悩みのようですね」


 魔王が視線だけ向ける。


「以前にも申し上げましたけど、僕に話してみませんか? 解決のお手伝いが出来ますよ」


 僕は慎重に魔王の悩みについて探りを入れる。

 悩みというのは人のウィークポイントでありアクセスポイントだ。

 他人を操るには、そいつの弱みを掴むのが一番いい。

 悩みとは、弱みのひとつだ。


 僕は今、大人しく魔王に従いながらチャンスを待っている。

 致命的な弱みを握るチャンスはきっとある。

 魔王が全面的に服するほどの決定的な弱み。

 それが何なのか慎重に見極めなければ。


 恐らく、チャンスは一度しかない。


 致命的な弱みが魔王の生殺与奪を握るに足らなければ、交渉は失敗し、それを握ろうとしていた僕の意図も悟られる。

 そしてそうなれば魔王は二度と僕を許すことはないだろう。


「魔王様。僕と一緒に検討してみましょう。問題点を分析し対策を練るのです。解決の糸口は必ず見つかります」


 このセリフは僕の法律相談では大抵言う定番だ。


 魔王は少し考えていたが意を決したように低い声で呟いた。


「私は誰かに聞いて欲しかったのかも知れないな……」


 おいで、と魔王に誘われた。


「誰にも聞かれない場所に行く」



____________________



 洞窟から出ると今が夜であることが分かる。


 せり上がった岩肌むき出しの丘、魔王はその頂上の盆状になった場所に僕を案内した。

 確かにここなら周囲が見渡せるし人が寄ればすぐに分かる。


 ただ風もあるし、寒くないかな。

 と思ったが…。


 そういえばここ暫く、暑さや寒さみたいなものに鈍くなっている気がする。


 鍾乳洞の洞窟の中なんて寒そうなものだけど、気になったことはなかった。


 風が直接吹き付けるこの場所も、寒さは感じない。

 今、気温は何度くらいなのだろう。温度計がないから分からないな。


 吹き付ける風に髪を靡かせる魔王は心地よさそうだ。

 この場所は魔王のお気に入りスポットなのかも。


 魔王は僕の方を見つめた。


 やっぱりあの金色の瞳は美しいな。

 そういえば魔王は鬼眼きがん使えるのかな。


 もしも魔王にアレを使われたら、僕は何を見るんだろう。



 僕が黙っていると、魔王は言いづらそうに切り出した。


「どこから話したものか……」


 話の始めに悩んでいるようだ。

 なんだか慣れたこの感じ……。


 ああ、法律相談に似ているんだ。


「ここはいい場所ですね。一人きりになるにはもってこいだ」


 こういうときには、まずはアイスブレーキングを兼ねて、本題と外れた話を向ける。

 アイスブレーキングというのは名称の通り、緊張と警戒で氷のように固くなっている相手の心を解す交渉テクニックだ。


「そうだな。考え事があるとき私はときどきここに来る」


 悩んでいる相手は、例えどんなに話を変えても必ず『悩み』に関連する話題にしてくる。それが『悩む』ということ。

 なかなか頭から振り払えないから厄介なものらしい。


 ただ、僕自身は『悩む』ということはほとんどない。


 方針を立てたらそこでもう考える必要なんてないはずだ。

 なぜ大抵の連中は無駄に同じことをぐるぐると考えるのか。


「お疲れのご様子ですね」

「ん……」


 法律相談に来るタイプにはいろいろある。

 なかなか話が出ない人もいれば、とにかく無駄で余計な話を山ほど話してくるタイプも。

 どっちも厄介といえばそうだが、相手に合わせてやり方はある。


 話がなかなか出ないタイプは、話が出てくるまで軽く質問をしていこう。喋りたい話題になれば話し始めるから。


「毎日、忙しく何をなさっているんですか?」


「それはいろいろ……。最近は魔物の連中に何か揉め事があるたびに収めに行っている」


「放っておいてはいけないんですか?」


「騒動が起きると我々の居場所を知られてしまうから……」


 誰かに任せるということをしないんだろうか。


「知られるって誰にです?」

「敵」

「敵って誰なんですか?」


「人間」


 やはり魔物達の敵は人間なのか。


「そもそも人間と魔物って何か違うんですか?」


 聞くとどうやら、この世界には大きく分けて2つの生命体が存在するらしい。

 ひとつは、親から生まれる生き物。

 もうひとつは『混沌』から生まれる生き物。


 そう言えば言ってたもんな。

 混沌から生まれる魔物には性別がないって話…。


 魔物は『混沌』と呼ばれる地核のエネルギー体から生まれる存在で、その見た目や大きさ、力などは多種多様なのだそうだ。

 ときどき力の強いものが生まれるときがあれば、知恵があるものが生まれることもあるとか。


「ここで聞いた話は、他言するなよ」


 もちろん弁護士ですから守秘義務は守りますけど。

 改めて言うなら相当重要な話なのかも。


「実は……最近、人間を1人、捕らえた」

「はあ?」


 どう重要なのか。


「数百年ほど前、この辺一帯にまで勢力を伸ばしてきた人間を私は一掃した」


 なかなか怖いことをさらっと言った。


「誰一人残らないよう、誰も私たちの存在を知らないように徹底的に。まだどこか遠くには生息していただろうが、私たちの存在を知らないのなら問題はないはずだった。

 だが、先日、一匹の魔物が密林の中で人間に遭遇した。魔物の姿を見た以上は帰すわけにはいかないので捕らえてある。だからまだ人間達には私達の居場所を知られていないはずだ。

 しかし近くに仲間がいたかも知れない。

 捕らえた人間を探しているかも知れない。

 私達の存在が人間達に知られるのは時間の問題なんだ」


 捕らえてあるということは、洞窟のどこかにいるのか……


 基本、相談者が喋っているときには最後まで喋らせる方針ではあるが、やはり気になる。


「そんなに怖いものなんですかね。魔物みんな強そうじゃないですか」


 これは無知な質問だろうかと少々心配したが、杞憂だったようだ。


「その通りだ。私達に比べて人間は非力で大した取り柄もない」


「じゃあ、また一掃すればいいんじゃないですか。そんなに心配なされなくても」


 魔王は困ったような表情をした。

 意外と表情豊かだ。


「確かに私たちの個体は人間よりもずっと強い。数えきれないほどの人間を殺した。歴代の王達もそれで対抗できると高をくくっていた。

 だがいつも最後に追い詰められ住処を追われるのは私たち魔物だった。歴代の王達はどなたも強大な力を持っていたが最後には人間に殺された」


「卑怯な手で殺されたのだから仕方ないと多くの者は言うが、それでも、負けたのは事実。最後には私達は殺される。貪欲で繁殖力の強い人間は、数百年かけてこの一帯にまで生活圏を伸ばしてきたんだ。

 あいつらはしぶとい。何度滅ぼしても蘇ってくる。

 多くの他の生物を殺し続けながら…」


 魔王の目はどこか遠くを見つめている。

 その方角に人間が生活する場所があるのだろうか。



「か弱き魔物達を不安にするわけにはいかないから、まだ事情を知るものは少ない。しかし戦争は着実に近づいている。どうしたら良いのか。なぜ私達は負けてしまうのか。戦争は回避出来ないのか。戦争をしたとして勝機はあるのか……」



 魔王は言葉を続ける。

 やはり誰かに話したかったんだろうな。


「私はずっと考えている……。しかし、私には打てる手がない。せいぜいお前のような混沌から生まれたばかりの魔物をしつけて戦力にするくらいか……」



 思い詰めた悲しそうな表情だ。

 同情心なんてものは僕にはないが、この悲しみは利用できる。


「お気持ち、お察しします」


 とりあえずそういう素振りを見せる。


 ともあれ本件の問題を自分なりに理解した。


 魔王はずっと悩んでいた。繰り返してきた敗北の歴史の中で殺されてきた歴代の王や多くの魔物達。

 自分達が殺される未来を回避出来ないかと。


 ところでえらい長生きなんだな魔物って。


 僕は自分の記憶の中の過去の事件のデータベースから似た項目を即座に出した。


『従業員思いのワンマン社長の悩み』ってとこだ。

 単純化するとそういうことだ。


 僕はクライアントにするように、優しく、そして自信たっぷりに声を掛ける。


「大丈夫ですよ。解決策はあります」





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