12 情報収集中なのです
食べた獣は、以前魔王が運んできてくれた魚や牛に比べて小ぶりだったが、それほど空腹ではなかったので丁度良かった。
それにやっぱり肉は旨い。
パンもどきよりも旨いものが食えたのは良かった。
「よくできた。えらいぞ」
魔王が褒めてきた。
ペットみたいな扱いで納得いかない。
「もういいのか? また食うならもうしばらく付き合ってやるぞ」
完全にペットの世話を焼く飼い主だな。はあ……。
「ぷしゅるるる……」
もういいです満足しました、と僕は答える。
「おいで。姿を変えてやるから」
約束を守ってくれるのはありがたい。
犬扱いだけど。
ともかく僕は無事人間の姿に戻った。
「ふー。戻れた良かった」
「また肉が食いたくなったら言うといい。姿を戻してやるから。次からは一人でここに来るんだぞ」
魔王はそう言うけど……。
あの八本足の怪物の姿にならなきゃいけないなら、しばらくはマルテルのゴハンでいいよ。
美味しくないけど。
「自力で何とかならないもんですかね、僕」
そうなんだよ。自力でこの姿に戻れるなら本当に助かる。
それに人間社会に戻ることも可能になる。
この世界にも人間はいるらしいし。
人間がいるなら社会もあるだろ。
いつでも怪物社会からおさらばできるのに……。
「才能はあるかも知れないな」
おお!? 希望の光が見えた!?
僕の未来に新たな選択肢が!?
「それには訓練が必要だが……」
訓練ですか。
それなら大丈夫、勉強は得意だ。
執念深く粘り強く物事に取り組む方だ。
大抵の技能は身に着けられる自信あるぞ!
「訓練する際には、元の姿でいないと」
元の姿……というと
まさか八足の怪物の姿のこと?
説明によると、なんでも今の僕の姿は魔王の力で維持されているんだそうだ。
ここから変わるにはまずその魔王の力を解除してから新しく化け直さなくちゃいけないらしい。
つまり、化け物の姿で練習をしないといけないと……。
ま。
先は長そうだけど、何とかなるだろ。
次に運悪く化け物になってしまったらそのとき練習しよう。
そのときまでに、訓練のやり方をクイに教わるなどすればいいだろ。
方針が決まれば後は機を待つだけ。
この件の問題処理はひとまず終わりっと。
僕があまりストレスをためずに仕事が出来たのは、この切り替えの良さがあるからでもある。
「鬼眼のコツはつかめたようだな」
魔王の声で気が付いた。
そうそう。その話もありました。
「ええ。なんとなく分かりました。今度から空腹のときに無暗に相手の目を見るのはやめます」
「強力な鬼眼は結構だが、魔物にまで効いてしまうのは災難だったな」
そのせいでマルテルからはかなり警戒されたしね。
ふと。
「ちなみに、これは試してみたいとかじゃないんですけど…。僕の鬼眼って魔王様相手にも使えたりしますかね。あ、別に食べたいとかじゃないですよホントに」
魔王は一瞬きょとんとした後、また笑い出した。
今日はよく笑うな。
「生まれたばかりというのはかわいいものだな。ヤツカド」
……かわいいか……。
そっちの路線で押した方がいいか?
とにかく魔王に取り入って油断を誘えるなら手段はどうでもいいし。
「無礼なところもあるが、そこはゆっくり躾けてやるからな」
『躾』というのは嫌な響きだ。
まあ見てろ。
近いうちに立場を変えてみせるから。
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帰り道は魔王だけ先に風のように帰ってしまったため、僕は一人歩いて城に戻った。
道はしっかり覚えていたので問題なかったけど……。
もし道に迷っていたらどうなっていたんだろう。
そうだ。マルテルに食事を持っていく約束をしていたっけ。
クイに案内してもらい食糧庫からパンもどきを持って二人で魔王の部屋に向かった。
城には他にも住人がいるようだが、クイはやはり顔見知りだし、なによりあの一件以来少女の姿のままでいてくれるので威圧感がないので頼みやすい。
「魔王様に狩りを教わったのか。そりゃ良かったな」
クイの少女姿、やっぱり絶対こっちの方がいい。
『少女』と言っても性別がないという話を聞いてしまったから奇妙な感じはするけどね。
「確かに魔王様以外にヤツカドに教える適任者はいねぇもんなぁ」
クイは続ける。
「ヤツカドみたいに、でかいし強ぇえヤツ、オレ見たことねぇもん。魔王様はむちゃくちゃ怖ぇえけど、普段はでかくはないし」
ちょっと待て。
そこ情報が盛りだくさんじゃないか。
あの八足の怪物って規格外にでかいの?強いの?
魔王って怖いの?
『普段は』ってことは、普段じゃないときもあるの?
ひとつずつ質問しようとしたが、クイが話を先に続けてしまった。
仕方ない。ある程度落ち着くまで喋らせよう。
「オレもさぁ、もっとでかく生まれたかったぜ。姿を変えるの練習して何とか出来るようになったけど、あのサイズが精いっぱいでさぁ」
そこも聞きたいことが盛りだくさんだ。
「だからオレ、でけぇヤツ好きなんだよね。ヤツカドもでけぇし強ぇえし、それになんか優しいから、オレおまえのこと好きだ」
照れたように僕を見上げる。
今のクイは僕よりも小さい。
なかなかかわいいな。魔物なのにな。
でも僕が優しくしてやってるのは別に好意でもなんでもない。
それが今は必要だからというだけ。
君も大事な情報源なんだよ。
しかし次から次へとペラペラ喋るものだから、ちっとも質問を入れる隙がない。
こいつ第一印象と全然違っておしゃべりだ……。
無理やり話を中断することも出来ないではないが、気持ちよく喋っているときは油断して貴重な情報をぽろっと漏らすから、こういうときには喋らせておくのは大事だ。
クイの喋りは結局終わることなく続き、マルテルの元に到着した。
「マルテルさん。食事持ってきましたよ。
食べたら薬塗り直しましょう」
我ながら親切な好青年のフリが上手いと思う。
「アー、ヤツカドおかえり~。
クイも来てくれタのネ~」
マルテルは出掛ける前と変わらず藁の上で丸まっている。
本当はケガをしたマルテルの面倒を看るなんて面倒くさい。
が、マルテルにかなり警戒されてしまった以上は仕方がない。
マメに接しないと……。
こいつも人が好くて貴重な情報源だ。
「ケガして寝てるダケってのも退屈でサア」
パンもどきを嘴でつつきながら、マルテルが喋る。
ああ……パンの粉が散らかる。
後で掃除しないと……。
面倒くさいなぁ。
……と思っても表情には出さない。
「で、ヤツカド、魔王サマとゴハン食べてきたんデショ?どうだタ?」
「美味しかったですよ」
「イイナ~」
「ヤツカドは魔王様に鬼眼を使った狩りのやり方を教わったんだとよ」
あ、クイ、その話題は…
「ヒィ……、鬼眼……」
ほら、マルテルが怯えてる。
「ヤツカド……、ほんトに、ほんトにもうあれやめてネ……オネガイ……」
マルテルが涙目だ。
ここはマルテルを安心させとこう。
「魔王様にやり方を教わったからもう大丈夫ですって。あの時はずっと同じ姿勢で丸まっていたので疲れて僕もおかしくなってたんです」
「やられるとすげぇトラウマ残るから絶対に同胞相手に使っちゃダメだって、かなり前に魔王様が命令したんだよ」
へえ? 鬼眼って命令で禁じられてるんだ?
「ヤツカドは運がいいよ。魔王様の命令に逆らったわけだから八つ裂きにされてもおかしくなかったんだぜ。フォローしたオレに感謝しろよな」
「してるよ。ありがとう」
礼を言うとクイは嬉しそうに笑った。
でもフォローしてもらったんじゃない。
するように仕向けたんだよ。
そんなこともあろうかと、クイの好感度を上げておいた自分がすごいんだ。
だから勿論、感謝なんてしてない。
とはいえ形だけならいくらでも感謝する。タダだし。
リップサービス、誉め言葉。
コストをかけずに相手から好かれるから素晴らしい道具だと思う。
もっとみんな使えばいいのに。
タダなんだから誉めとけばいいのに。
意外とみんな使わないんだよな。バカなのかな。
「にしてもさぁ、魔王様も大変だよな。命令っつったって直接自分で聞いてない連中も多いし、話が変わって伝わることもあるもんな。大抵の連中は魔王様を敬ってるけど、そんなだから命令違反が多いんだ」
「クイだって命令違反したじゃナイ。ムヤミに争っちゃダメって言われてたのにヤツカド殴ったりしてサ」
「それは……ヤツカドが人間っぽくてつい……」
彼らの会話をにこにこしながら聞かせてもらう。
やはり会話を聞いていると得るべき情報が色々出てくるな。
こいつらに喋らせるのは正解だった。
「トニカク、ヤツカドもいっぺん鬼眼やられてみれば分かるヨ!」
遠慮します。
誰が好き好んでトラウマを持ちたいもんか。