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3 二千の夜をこえて


「トリア姉様が、マリアの記憶を持ち合わせていないことがわかりましたので、まずは自己紹介させてください。わたしはマリア。元〈厄災〉です」

「――は? え?」


 狼狽えるわたしの前で、真面目な顔のまま佇む少女。

 嘘をついているようには見えないし、そんな嘘をつく意味もない。

 

 ……有り得ない。


「……だって、〈厄災〉はディアナが」


 わたしは、確かにこの目で見た。〈七英雄〉一のKY、エンドゥリーの『能力スキル』で凍り付いた〈厄災〉に、巨大な光の柱が落ちる瞬間を。


 エンドゥリーと同じ〈七英雄〉一の魔法の使い手、ディアナが放ったその一撃は、まさに〝神のいかづち〟と呼ぶに相応しい威力だった。凍り付いた〈厄災〉の身体を粉々に粉砕し、その勢いのまま、大地に巨大な穴をあけてしまったほどに。


「そうですね。原型が保てなくなるほど強烈な魔法ではありました。ですが、それでも〈厄災マリア〉は、穴の奥底……つまり、この場所で生存していました」

 

 ……やっぱり、ここはディアナが作り出した穴の中なんだ。


 その後のマリアの話と統合すると、どうやらわたしは、この穴の中に投げ棄てられた、という認識で正しいらしい。

 付けられた時は嫌がらせのようにしか思えなかった、あの重い鎧も、穴の中に、〈厄災〉の粘液があると推測された上で、浮かんでこれないように、という意味合いがあったっぽい。


 ……そう考えると、わたしに迫っていた死は……失血死、転落死、溺死、毒死。少なくと見積もっても4つ。……待って。どうして、そんな状態から生きてられたのわたし? ……わたしが持つ呪いの『神からの贈り物ギフト』のことを含めても、ちょっと意味がわからない。


 自身の想像に身震いしていると、その嫌がらせ鎧が、なくなっていることに気付く。


 あれ? 鎧は? ……そういえば服も? 腕を斬られた時に、一緒に斬られた袖まで元通りに……あれ、よく見ると、この服ほとんど新品なんじゃ?


 自身が着ている服装について、ハテナマークが浮かんだけど、それ以上に聞かなければならない内容が多過ぎるので、一旦頭の隅っこに寄せておく。


 まずは、どうしてマリアが5年もの月日が経っていることを理解していたのか。

 それは、マリアが〈厄災〉時の段階で、記憶があったかどうかという話に言及する必要があったけど、結論から言えば、あった。……ただ、自我がまったくない状態で。

 自我がないのに記憶がある。その矛盾は、マリアの持つある『能力スキル』の存在によって説明がつく。

  

『忘却耐性』。

 効果は、一度見たことを忘れにくくする、というもので、能力スキルレベルを上げれば、数年前の朝ご飯、みたいな些事も決して忘れず、更にレベルを上げると、一度忘れてしまった出来事さえも、労なく思い出せるという、便利極まりない効果だった。

 

 その能力スキルによって、自身が〈厄災〉であった時の記憶を呼び起こし、なおかつ、この穴に落ちてからの日数も正確に把握できていた。そういうカラクリだ。


 だからこそ、5年が経過したという彼女の言葉には、誤りなどあろうはずがない。 

 ちなみに、正確には、2011日、ということなので、5年半を過ぎたくらいらしい。


「ですから、あのゴミクズ共は、とっくの昔にトリア姉様のことなど忘れ、呑気に暮らしていると思いますよ? 大体、向こうは5年もの月日を過ごしていますが、姉様は15歳時の姿のまま、髪色まで変わっているんです。まず気付かれませんよ」

「いや、ゴミクズ共って……」

 

 目の前に現存する、例えるなら天使みたいな少女から、発せられるとは到底思えない単語が聞こえ、思わず聞き返してしまう。というか、彼女の笑顔がめちゃめちゃ怖い。 


 待って、そうじゃない!

 

「どうして、わたしは15歳のままなの?」


 5年が経った、というマリアの言葉に、何か違和感があったけど、その正体がようやくわかった。

 髪色以外、変化がなさすぎたのだ。

 

「必要ならばすべてを説明しますけど、一つ言うならば〈厄災〉の身体は、あの〝男嫌い〟に倒されたことで、性質を変え、〝即死レベル〟の猛毒と溶解効果を得ていました。姉様なら、この情報で十分なのでは?」


 マリアの言う通り、それは十分過ぎる情報だった。

 つまりわたしは5年以上もの間、〝巻き戻り〟続けていたのだ。

 結果的に、それで命が助かったとはいえ、本当に能力スキルというやつは、常軌を逸してると思う。


「……理解したよ。じゃあ、もしかしなくても鎧がなくなっているのと、わたしの服がまるで新品みたいになっているのは――」

「はい。鎧も服もあっという間に溶けてしまったので、今、姉様が着ている服は、マリアが用意しました。着心地は如何ですか?」


 むしろ、前より良くなってます!

 でも、明らかにおかしくない? こんな、何もない穴の中でどうやって……?

 その疑問をマリアにぶつけてみたけど、「せっかくなので、後のお楽しみにします」とはぐらかされた。

 多分能力スキルなんだろうけど、どんな能力スキルなのか、かなり気になる。


「そういえば、さっきすっごい言葉使ってたよね……。ゴミクズ共って……。多分、わたしの為に怒ってくれてるとは思うんだけど、どうして当事者じゃないマリアがそこまで?」 


 もしかして、〈厄災〉として倒されたことを根に? と勘繰ってしまう。

 もしそうなら、逆恨みもいいところ。なにせ〈厄災〉は世界にとっての危機なのだから。

 そう聞くと「姉様の為だけ、という訳でもないのですが」と前置きした上で、可愛らしい顔を思いっきりしかめた。


「そうですよね? どうして、って思いますよね? トリア姉様は〝マリアと違って、何日も何週間も何か月も何年も、絶望と悲しみと吐き気を催す記憶が、こちらが求めていないのに勝手に流れ込んでくる〟なんてこと、ありませんもんね? 申し訳ありません姉様。当事者でもないのに怒り狂ってしまい――」

「ごめんなさいっ!!」


 そうだった! この子は、わたしの追体験をしているようなものだった。

 しかも、長期間……? ……とても考えられない。……わたしが言うのもあれだけど、よく……。


「そういう意味では、『忘却耐性』が役に立ちました。能力スキルのお陰で、2週目からは〝一度観たスプラッタ映画〟、と割り切ることができましたので」


「それでも苦しかったですけど」という呟くマリアの顔は見ていて痛々しいほどだった。

 あくまで記憶でしかないので、わたしが受けた痛みこそ、なかったと思うけど、まざまざと〝人の闇〟に何度も何度も触れてきたのだ。

 決して、普通の精神じゃ乗り越えられなかったと思う。


 その後、話の流れで重複した部分もあったけど、ここに落ちてからの5年間の話を聞いた。

 初めはわたしを殺そうとしていたこと。その内段々と自我を取り戻し、様々な記憶が戻ったこと。わたしの記憶が勝手に流れ込んでとても苦しんだこと。だからこそ、わたしを不幸なまま終わらせたくない、と強く願い、わたしを死の淵から助けてくれたこと。様々だ。


 記憶が勝手に流れ込んできた原因はマリアにもわからないらしい。いくらか推論を立てることはできるらしいけど、結局、憶測の域を出ないらしいので、敢えて聞くようなことはしなかった。


「その話を聞いて思ったんだけど、マリアは、どうして人の姿に戻れたの?」

「マリアが願ったからです。トリア姉様を助けたい、という全身全霊の想いが、きっと神様に伝わったのです!」

「つまり、わからないってことね」

「……マリアの話、聞いてました?」


 あまりに信じ難い話のオンパレードだったけど、現象を説明できないことも多々あったので、色々な不思議なことが起こっていた、で纏めることにした。


 あとは何か聞くことあったかな? ……あ。 これだけは聞いておかないと。

  

「マリア、最後に一ついいかな?」

「一つと言わずマリアに答えられることでしたら」


 実は、ここまでの中で一番気になっていた質問を口にする。


「どうしてわたしの髪色が変わったの?」

「わかりません」


 この疑問も、めでたく〝色々あった不思議なこと〟の一つに纏められることとなった。

 


 ▽



「さて――」


 わたしは遥か上空を見つめる。

 目線の先にあるのは、ここからだと5円玉の穴のサイズにも満たない穴。地上だ。


「どうやって、あそこまで登ったらいいのか」


 わたしが持つ『能力スキル』は現在4つある。

 ここに落ちる前から持っていたのが3つで、穴に落ちてから得た……というか、何故か得ていたのが1つ。

 残念なことに、その中でこの場からの脱出に確実に役立つと断言できる能力スキルはない。


 唯一、可能性があると思えるのが、この穴に落ちてから得ていた『水銀魔法』能力スキル

 

 というか、わたしの知る能力スキルというものは、毎日毎日神様に祈り続け、何年もかかって、ようやく取得できたりできなかったりするもの、と認識してたけど、こんな能力スキルが欲しいだなんて、一切願った覚えがない。


 だから、どうしてこんな能力スキルを取得できたのか、さっぱりわからない。

 体温計でも作れ、とでも言いたいのだろうか。


 冗談はともかく、能力スキルは、能力スキルレベルを上げないと、使うことができない。

 ただ、どの程度のことができるのか、というのは、実はおおよその感覚でわかったりする。


 その感覚から言うと、幾つかレベルを上げれば、誰もが知る、液体状じゃなくて、個体状の水銀も作れるっぽい。んだけど……使っちゃったんだよね、能力スキルポイント。


 能力スキルポイントは、自身のレベルを上げることで自動的に付与され、その付与数は完全ランダムと言われている。


 わたしがよく読んでいた〝本〟の中では、『あまり能力スキルポイントを使わない方が、レベルアップ時に付与されるポイントが多い傾向がある』、とあった。


 ただ、それは相当な覚悟がないと難しいと思う。

 わたしの感覚で例えるなら、調べものをする際、手元にスマホがあるのに、わざわざ図書館に足を運んで辞書を引かなければいけないと言われているようなものだから。


 人間は楽を求める生物だと思っている。なので、周囲を見てもわざわざポイントを貯めているような人間なんて一切いなかった。

 

 考えが逸れたけど、レベルが上がらない限り、能力スキルポイントを入手することもできないし、『自動治癒』にほとんどすべてのポイントを使ってしまった今、1レベル分ならまだしも、固体水銀を作ることのできるレベルまで上げることなんて、今のわたしには到底不可能なのだ。


「という訳で、わたしはお手上げ。マリアは? ……あれ? マリア?」


 現在わたしたちがいる、穴の直径は50メートルほど。

 その、ほぼど真ん中にわたしがいるにも関わらず、彼女の姿を見つけ出すことができない。


「呼びましたか? トリア姉様」


 思いがけない方向――頭上から声が聞こえ、その方向を見やると、マリアが絶壁の上に当たり前のように立ち、手を振っている。


 ……嘘でしょマリアさん。


「何か、考え事をしているようだったので、止めませんでしたが、それが終わったら、早く上がってきてくださいねー」


 え待って。上がってって言った? どうやって? というか、あれ、浮いてない?


 マリアの態度があまりに普通のなの、わたしが気付かない何かがある、と考え、目を皿のようにし、まじまじとマリアのいる壁面を見る。すると、彼女の足元に板状の突起があることに気付く。

 

 なにあれ? ……っ! 階段状に……。


 一旦見えてしまえば、〝それ〟はハッキリと見えてくる。

 彼女は、どうやってか、壁面に板状の突起を作り出し、それを階段状に作ることで、簡易的な螺旋階段を作り上げていた。


 一体、どうやって……? ……まさかこの服と同じ『能力スキル』だったり? 

 まさか〝願ったモノが作れる能力スキル〟とか? え、あるの? そんな便利な力?


 後でのお楽しみにされたけど、実際明かされてみたら、嫉妬する未来しか見えないよ。なんてことを考えながら、マリアの作った階段を進む。

 

「ひぃ……。この階段、壁と色が一緒だから、怖さがヤバい……」


 横から見た際は分かり辛かったが、実際登ってみると、思ったより厚みがあり幅も広いので、一応の安定感はある。

 ただ、手すりなどが別途ある訳でもないので、一歩間違えば、大惨事は必至。

 わたしには『即死無効』があるから、どんな高さから落ちようが死ぬことはないけど、怖いものは怖い。

 汗ばむ手を壁につけながら、一段一段マリアの後を追った。


「お待ちしてました」


 2時間ほど登っただろうか。天井の穴の大きさを見る限り4割ほどの高さを登ったところで先を進んでいたマリアと合流した。

 彼女が立つその場所は、突起物が広く作られ、キングベッドほどの広さがある。


「……えーと、……ここは?」


 正直、非常に嫌な予感がしたけど、聞かない訳にもいかないので、恐る恐る聞いてみる。。


「すみません、わたしが未熟で、魔力がもうすぐ尽きてしまいそうなのです。だから今夜はここで休みましょう。あ、水くらいならすぐに出せますので、喉が渇いてたりシャワーを浴びたくなったら言ってくださいね?」


 ――思わず、横に目をやる。


 縦に広がる大空洞は、上部からの光が弱いせいか、既に底がまったく見えない。


「――――――降りる」

「え、ちょっ! トリア姉様!?」

「離して!! 降りる!! むしろ自分から落下おちさせて!! その方が精神的ダメージが少ないからっ!!」

「何を!? 姉様!? 姉様!!?」


 まさか、壁登りの最中に一晩明かすことになると思わなかったわたしは、必死に止めるマリアから逃れようと、残った体力すべてを、穴の底への逃走に使った。


 残念ながら、既にヘロヘロだったわたしは、わたしより頭1つも低く、あまつさえ魔力を酷使していたマリア相手に引き止められ、その僅かに残った魔力も壁面作成に使用され、逃走は失敗。断崖絶壁の途中で眠ることになった。

 しかし、当然一睡もできず、翌日フラフラになりながら、なんとか大穴からの脱出を果たしたのであった。


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