1 わたしが死ななければならない理由
どうして、わたしは死ななければならなかったのか。
それを、わたし自らが語るには、思い出したくない出来事が、あまりにも多過ぎた。
だから、できるだけ淡々と語ってみようと思う。
途中で泣いてしまわないように、心臓の上を、力いっぱい握りながら。
――わたしはプフプ村という、総人口200人ほどしかいない、小さな村で生まれた。
村の周囲は大きな森に囲まれ、更にその外側は、大山脈と海に囲まれている。
端的に言うなら、世界から切り離された場所に位置する村だった。
そんなプフプ村も、この世界にある国の1つ、〈アークボルト帝国〉の一部であり、プフプ村を飲み込む大森林を含む一帯も、領地の1つとして一応の認知されていた。
どうして、孤立無援状態のプフプ村にいながら、〈アークボルト帝国〉に認知されていることを知っていたか。
それは、プフプ村に、〈アークボルト帝国〉からの遠征が、2年に一度行われていたから。
〈アークボルト帝国〉においての軍は、いくつかの〈団〉や〈隊〉によって構成されている。
その中で、プフプ村に派兵されてくるのは〈帝国騎士師団〉・〈帝国医療師団〉、そして〈帝国魔導師団〉という3つの師団。
それぞれの師団は、所属人数こそ大きく違えど、この村に来る人数は毎回100人ずつに決まっている。つまり、計300人になる。
それは軍団としては有り得ないほど少人数に思えるけど、それでも3つ合わせれば、わたしたちの村の総人口より遥かに多い人数。
なので、2年に一度、プフプ村は、お祭り騒ぎの様相を見せる。
かくいうわたしもその遠征を楽しみにしていた口で、その最大の理由が――。
……間違えた。 ここら辺の話は〝わたしの夢〟に繋がる話ではあれど、わたしが〝死ななければならない理由〟からは少しずれている。
えーと。……そうそう。どうして、こんな僻地に遠征が行われるか、その理由が大切だ。
このプフプ村に代々受け継がれている〝役割〟がある。
それは、この地に封印された〈厄災〉を監視することだ。
その役割があったからこそ、この村は〈アークボルト帝国〉――当時は国の名前が違ったらしいけど――に吸収され、1つの領地として認められ、2年に一度ではあるけど、外部からの物品や交流、そして、何より大切な、情報が手に入るようになった。
わたし、トリアは、そんなプフプ村の中での、最高責任者の立場にある村長の1人娘。 つまり、将来的な、村長の〝嫁〟となるべく育てられた。
そんなわたしの幼馴染であり許嫁、つまり将来的な村長になる予定の男が、プフプ村にある唯一の商店、その一人息子、ユーステス。
偶然にも、わたしとユーステスは同じ年……と言いたいところだけど、実は、わたしたちの関係は子種が作られる以前から決まっていた。
つまり、狙って同年齢になるように調整されていた。
ちなみに、当初の計画では、村長側が男、商店側が女パターン以外認めず、それが揃うまで子を成す予定だったらしいけど、母が、わたしを産んだ直後病死してしまったこと。結果的に性別が被らなかったこと。そして、わたしが生まれながら能力を持つ、『神からの贈り物』持ちだった為、この形で上手く収まった。
……ふぅ。ようやくここまで話が進めれた。 わたしは――うん、まだ、大丈夫。
わたしの死に関わってくる3つの〝鍵〟が、これですべて揃ったことになる。
〈厄災〉。幼馴染、兼、許嫁のユーステス。そして、『神からの贈り物』。
でも、もう少しだけ遠回りをしようと思う。
そもそも〈厄災〉はどういうものなのか。そして、どうして倒されず、封印されてしまったのか。それを語る上で外せないワードがある。
〈七英雄〉。
世界の危機が訪れる度に、この世界を見守る神々が、『神からの贈り物』を持つ人間たちの中から〝無作為に〟7人選び、その7人に更なる『神からの贈り物』を与え、世界の危機を救わせる。
これが、古くからこの世界に語り継がれていた真実だ。
前回〈厄災〉が出現したのは300年も昔。
出現原因は不明。当時のことが記された資料は、〝わたし〟が持っていたけど、その資料にさえ、原因は一切記されてなかった。
ただ、〈厄災〉の力が強大であったことは事細かく記されていて、当時この地に存在していた都市1つを完膚なきまで破壊し尽くし、残されたのは都市の残骸と、巨大な1本の木だけだったと記されている。
そして、その前後、神々によって〈七英雄〉が召喚、結成され、〈厄災〉に立ち向かった。
生まれながら、『神からの贈り物』を所持し、更にもう1つ『神からの贈り物』を得た〈七英雄〉たち。ただ、そんな7人の力を結集しても〈厄災〉は倒し切れなかった。
戦いの最中、〈七英雄〉の1人が命を落とし、6人となってしまった〈七英雄〉。
最早、絶体絶命かと思われた時、残された6人の1が、他の誰もが、その存在すら認知していなかった封印魔法を、自らの命を犠牲にして、行使した。
結果、その戦いで2人の犠牲者を出し、最終的に〈七英雄〉は5人残った。
そして、その5人はこの世界に、様々な影響を及ぼしたのだけど、まぁ、そこら辺の話は今回の話に関係ないので脇に置くことにする。
もうお分かりだろう。『神からの贈り物』を持って生まれたわたしは、〈七英雄〉の候補であり、それが、わたしの弟が生み出されなかった理由だ。
〈厄災〉の復活は、本当に突然のことだった。
15歳だったわたしとユーステスは、日課である〈厄災〉が封じられていると言われている封印の祠に赴く。
その道すがら、いきなり封印の祠の方向から、禍々しい光の柱が空に立ち昇り、空が、黒と紫を混ぜたような色合いに変化した。
危機感からか、ユーステスはわたしの足の速さを一切考慮しない速さで、わたしの腕を引き、来た道を引き返す。
村に戻ったわたしたちは、すぐに離れ離れになる。
ユーステスは、そのまま会議に。わたしは、父から自室に閉じ込められた。
そんな会議も数分で終わり、扉がバンと開けられる。
父から告げられたのは、ユーステスと共に〈アークボルト帝国〉に〈厄災〉復活の報告に行って欲しいという内容。
村にはまともに人を乗せて走れる馬など1頭しかいない。
即ち、わたしたちは村の人を見殺しにして、逃げろと言われたことに違いなかった。
この村にはわたしより小さな子もたくさんいる。
そもそも父を含む皆を置いて行ける訳がない。
そう、父に食ってかかったところで、一旦わたしの記憶は途切れる。
目覚めた時には、既にどうすることもできない状況と立場に追いやられた後だった。
……心臓が……うるさい……。
結論から話すと、わたしは『神からの贈り物』も持たず〈七英雄〉候補でも何でもなかったユーステスに裏切られた。
ここからは推測も含む話だけど、気絶したわたしはユーステスたちによって馬に乗せられ、大森林を疾走していた。
その時、神々から〈七英雄〉召喚が行われ、わたしが、その1人として選ばれた。
その際、気絶していたわたしを抱きかかえていたユーステスが〈七英雄〉召喚に巻き込まれた。
そして、わたしが気絶しているのをいいことに、神々相手に、「俺こそが〈七英雄〉の1人だ」と言い張ったのだ。
わたしが意識を取り戻したのは、小さな世界の中。
そこは、外の世界とは隔離された空間で、時間の流れも現実より遥かに遅い。
それこそ、外でのたった3日間が、ここでは1年になるように。
だけど、そんなことすら霞む事実が、意識を取り戻したわたしを待っていた。
わたしは、自分が〈転生者〉だったことを思い出した。
そして、ユーステス以外の6人も、わたしと同じ〈転生者〉だったということも、すぐにわかった。
そこから導き出されるのは『神からの贈り物』持ちが〈転生者〉である可能性。そして、〈七英雄〉として召喚されたタイミングで前世の記憶を思い出す、ということ。
ちなみに、その筋道が立てられたことで、「ああ、だからか」と納得できた事柄が1つあったんだけど、それを話すべきは今じゃない。
神々からの話を唯一聞いてなかったので、又聞きになっちゃうけど、神々は〈厄災〉討伐の準備期間として、この小さな世界にわたしたちを送り込んだ。
期間は外の世界で3日。つまり、この世界での1年。
つまり〈七英雄〉になれなかったわたしにとって、全く無意味な1年間を過ごすことに他ならならない――そう思っていた。
神々は、わたしにも2つ目となる『神からの贈り物』を与えていた。
わたしにとって〝呪い〟と言わざるを得ない『神からの贈り物』を。
能力、『即死無効』。
即死と判定された攻撃のみ、なかったことにされるという、世界の理、森羅万象を無視したような力。
一見、人を襲う魔物などもいるこの世界において、有用そうな能力だけど、これのせいで、絶望と呼ぶのも生温い、壮絶な日々を過ごすことになる。
この世界には、レベルという概念がある。
レベルが高ければ高いほど強いとされ、それは様々な方法で上げることができるけど、中でも、生物を殺傷する事で、レベルが上げやすい、とされていた。
そして、この作られた小さな世界の中には、動物や魔物は一切存在していない。
レベルを上げる最効率は、生物の殺傷。
わたしに贈られた『神からの贈り物』は、『即死無効』。
初めに〝それ〟を言い出したのは、誰だっただろうか。
……もう、これ以上は何も思い出したくない。
薄い茶色の髪は、ほんの何日かで白髪に変わり、何度も心を折られ、何度も廃人になり、何度も即死と判定されないような自殺を試みた。
だけどいつも成功しなかった。
いつ、どこにいても、死んでしまう前に傷を〝直〟され、心が壊れても、すぐに〝直〟された。
あの小さな世界は、わたしにとって、どこにも逃げ場のない監獄だった。
そして、そんな悪夢のような準備期間を経て、彼らは〈厄災〉を討ち滅ぼした。
恐らく、現時点で世界最強である彼らを待つのは、万来の祝福と約束された未来。
そんな彼らに、わたしの生存、存在が邪魔だということなんて、子供でも解る。
……そういう訳で、裏切られ、傷つけられ続け、最終的に処分されてしまった、わたし、トリアの物語でした。 また、次回作をご期待ください。