命名と訓練と臨死体験
「おぉ、アザゼル!珍しいな君がこんな場所にいるとは!」
「お久しぶりです、魔王様。」
「ところでアザゼル、さっき君が言った。『ろすと、ぱすと?』だったかな?君は転移者だから、我々の知らない言葉をよく使うよな。我々にも説明したまえよ。」
「はい、魔王様。『Lost past』というのは私が以前から気に入っていた『地球』という星の様々な言語がある一つでございます。ちなみにさっきのは我々の言葉で『失った過去』という意味でございます。」
二人は悠長にそんな会話をしているが、僕は衝撃を受けていた。
魔族側にも地球を……前世の世界を知っている方が居たとは、そして日本にいた頃に本でしか知識を持ってないけど、悪魔のアザゼルに出会うとは。
「そうだ、アザゼル。このろすと…パスト、パストに稽古をつけてくれないか?」
おいおい、魔王様勘弁して下さいよ。
相手はアザゼルさんなんだぜ?
詳しい内容は覚えてないけど、第六感がヤバいと叫んでいる。
「いえ、魔王様。先に鬼神の方に稽古をつかせてはいかがでしょうか。」
鬼神ってなんだよ、あからさまに強そうだよ?
絶対後半ら辺で出てくる強キャラだよね?
「そうだな、先に鬼神の方に行かせようか。」
望みは絶たれた、それでも僕は生きてやる!
どんな辛い修行があっても乗り越えてやる!
ヤケクソじゃぁああああああ!!
「私の最高傑作を壊さんように鬼神様に伝えといて下さいね〜」
「分かった、壊れん程度に稽古させてくれ、と伝えておく。」
あのマッドサイエンティスト……!!
こうして、僕はアザゼルさんに担がれて『鬼神』がいると思われる場所に連れられていくのだった。
「おーい、鬼神ー。何処だー。」
アザゼルさんが気の抜けた声で呼ぶ。
そして、何だか張り詰めた様なオーラが僕を襲った。
「ついでに、聞くぞパスト。」
「は、はい!!」
「お前、地球人だろ?」
「………」
やっぱり知られてたか。
「簡単さ、俺が英語を言ったことに関しお前だけが反応していたからな。」
「……どうするつもりですか。」
警戒心を醸し出しながら聞いてみると、
「いや、地球人なら何か面白い話を聞けるかな、と。」
えぇ、信用しきれないなぁ。
と、悩んでいると何かを見つけたのかアザゼルさんが窓から外を見ていた。
「ん、コッチか。」
アザゼルさんは窓枠に手をかけて身を乗り出そうとしている。
えっ、マジですか?僕が肩に担がれている事を忘れてないですよね。
僕はチラッと下を見た。
「!!」
全身がゾッとした。決して落ちても五体満足で生きれる様な高さではなかった。
「よっこらせ」
アザゼルさんは僕の気持ちなんか知らずに飛び降りた。
「あ」
アザゼルさんが落ちる際にそんな声が聞こえた。
「え?」
僕はアザゼルさんから身体が離れていた。
「うわぁぁぁああああ!!」
望んで無い浮遊感、僕はアザゼルさんみたいに羽は生えてない。
近づいてくる地面が僕の思考を止めてくる。
嫌だ、折角辿り着いたこの異世界でこんな死に方はあんまりだ!!
幾ら思いを叫んでも死からは避けられない。
僕はもう現状を受け入れたくなくて、目を閉じた。
「……んぅ。」
目を開けると太陽が眩しくて目を細めた。
起き上がるとアザゼルさんが木に寄っかかりながら立ったまま寝ていたが、起きた事が気配で分かったのか、すぐに目を開けた。
「起きたか、パスト。」
いつの間にかアザゼルさんが僕を名指しで呼ぶようになっていた。
でもそれよりアザゼルさんに聞きたい事があった。
「僕は……落ちたはずなんですが、何故僕は生きていられたんですか?」
アザゼルさんは目を張ったが、すぐにいつも通りの目付きに戻り
「時期がくれば話す。」
と、素っ気なく言われた。
話すつもりも無さそうなので、会話は中断する予定だったが
「やぁアザゼル。と、誰?見かけない子だけど。」
話しかけて来た一角が目立つ人に視線がいった。ムキムキでは無いが、細マッチョというか戦闘向きの肉体をしていたがまさかこの人が、
「鬼神、コイツを鍛えてやってくれないか?面白いぞ、コイツ。」
やっぱり鬼神さんでしたかー。
でも見た目だけなら鬼神というか、何だかホンワカとしているし、実は優しい人なんじゃないのか?と考察をしていると、
「殺しても大丈夫?」
全然ダメだわ、サイコパスだわ。
鍛えるって言ってくれてるのに、殺していいかを聞くの?
「殺したらリューシャが五月蝿い、だが殺すつもりで訓練させといてくれ。ホムンクルスだから常人の比じゃない位に覚えがいいかもしれんぞ。」
「へぇ、楽しみだよ。」
いつの間にかアザゼルさんに物凄い期待されてる!!また逃げ道が消えた!!
「そうだ、パスト。ちょっとコッチ来い。」
アザゼルさんが僕を呼んだが、どうしたのだろうか。
「ヒントだ。お前は能力者だが、それは無意識下でしか今は発動しない。
だがそれでも今後次第ではお前は俺ですら予想出来ない領域にまで到達する事が出来るかもしれん。
だから鬼神との訓練はその一歩だ。しっかりやれ。」
アザゼルさんの意外なるアドバイスに少し戸惑ってしまったが、彼はスタスタと行ってしまった。
「それじゃあ君。名前を教えてくれ。」
「あ、はい。パストです。」
「よし、パスト君。今から訓練を始めるよ。」
「はい、よろしくお願いします。」
そして僕は日が落ちるまで鬼神さんと訓練を続けた。
僕は訓練が終わった後、部屋のベットに倒れた。
訓練自体は実践形式の稽古なのだが、なんせ相手が強過ぎる。
種族が鬼とホムンクルスという違い、更には向こうは戦闘慣れしていた。
傷つく事に嫌悪感や恐怖を持たず、僕が斬りかかりに行ってもまるで歯が立たなかった。
それならと、斬りかかる途中で剣を投げ格闘技で挑もうとしたらあの人自分の関節を外してまで最小限の動きで抑えて僕の動きに片腕で対応してきた。
本当にあの人の身体能力どうなってんだよ……。
何より殺意やオーラが怖過ぎる。
本気で殺しにかかって来たのかと錯覚する位だ。
本当に僕は鬼神さんを超えられるのだろうか。
僕は緊張と疲労で疲れて、水分も取らずに睡眠をとった。
だがそんな不安も、訓練を始めた頃から数えて2週間が経った頃には変化が出ていた。
僕は簡単には負けなくなっていた。
鬼神さんとようやくマトモに戦う事が出来るようになった次の日に鬼神さんが、
「今日は最後の訓練にしよう。俺も全力でぶつけるからパストも全力で挑んで来い。」
「はい、よろしくお願いします。」
準備体操をしている鬼神さんは素手でやるらしい。
僕は今までの訓練の中で上手く使える様になった模擬刀と太ももに巻き付けたポーチの中にナイフのような小さな模擬刀をナイフはポーチの中に入れたまま、模擬刀を構えた。
最後の訓練ということで今回限りで合図をしてくれるらしい。
「始め!!」
僕は合図と共に走り出し、鬼神さんの懐に飛び込み模擬刀を下から振り上げた。
鬼神さんもそれは予感してたのかギリギリの所を身体を反らして対応。
僕はそのまま模擬刀を空高く投げた。
「!?」
鬼神さんが目を見張る。
僕は落ち着いて太ももに巻き付けたポーチからナイフを取り出しスピード重視で鬼神さんに斬りかかった。
力比べに来ると予想してたのか、重心が前のめりだったが脅威の身体能力でギリギリ掠る程度にしかヒットしなかった。
以前まで掠る位は何度もあったが、今まで一度も勝った事は無い。
僕は今回で勝つ事で鬼神さんへの恩返しが出来ると思った。
だから無理して身体を追撃の形に変え鬼神さんにナイフを繰り出した。
やっぱり避けられる…そろそろか。
僕は鬼神さんの足元にナイフを投げた。
「フッ!」
鬼神さんは後ろに飛び退いたが、僕は鬼神さんが地面から足が離れるこの瞬間を待っていた。
「なっ!?」
「………。」
僕は鬼神さんに丸腰の状態で飛びかかった。
それでも鬼神さんはカウンターの構えをしたが、ここまでは読めなかったか。
「ツッ!?ここでか!!」
僕の手には空に投げたはずの模擬刀が握られていた。
僕は最初から模擬刀の落下地点を予想しながら戦っていた。そして落ちてくる頃合をみて、鬼神さんの体勢を崩し再び模擬刀に持ち替える作戦だった。
今回は見事にハマったみたいだ。
そのまま模擬刀が鬼神さんの頭に当たる直前に、
「そこまで!!」
アザゼルさんが咆哮の様な声が僕らの動きを止めた。
「ついに、負けちゃったかぁ〜。ホントに強くなったね。」
「ハァハァ……。」
肩で呼吸しながら、僕は鬼神さん達の言葉を聞いていた。
「どうだ、ルイン様についていけるか?パストは。」
「そうだね、今後次第では可能性は0ではないね。」
「というか、そろそろ目覚める頃だ。今回はパストも入れる、一応師であるお前もメンバーだ。勿論俺も入るが。」
「アザゼルがいるなら自分らは要らないんじゃないかな?」
「油断は禁物だ。黙って従え。」
「はいよ。」
ルイン様……魔王様の娘さんと会うのにメンバーって。そこまで暴力的なのか。
「パスト今から一週間、お前をルイン様沈静化メンバーに追加する。ルイン様が起きたら、遠慮なく無力化しろ。」
「は、はぁ…。」
僕は、「何もそこまで……。」という思いを三日後に後悔するのであった。
最近は調子が良い五十嵐 林です。
今回は長くなりました。
戦闘シーンがようやく書けたという事でこれからが異能力バトルの始まりなんでしょう。
さて、今回はいかがだったでしょうか。
何故パストは生きてられたのか、彼の飲み込みの早さとその戦闘慣れしてる様な戦い方の秘密は。
…一体何なんでしょう。
次回はルイン様とパストの御対面や新たな仲間が増えたりする予定です。
それでは、また。