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十四話 善行悪行

 これといって色の無い世界で、アァ、アァという叫びにならぬ声が続いている。が、その声の主の疲れに伴って細くなり、今にも・・・消える。


「泣くのは終いか?」


〔泣いてなどおらんわ!〕


 まぁ、それはどっちでもいいのだが。


 今ので殺意がすっかり失せてしまった。というよりも、こいつを殺していいという、己を正当化する為の理由がぐらついた。


 人は、その命を奪おうとする敵が現れたとき、その相手によって身の振り方を変える生き物だ。


 人を食うことしか頭にない獣は、他に手が無ければ、食われる前に殺そうとするだろう。


 だが、その敵が人であったなら、如何に狂っていようと命乞いをする人も多いのではないだろうか?


 違いは何か。その相手に、命乞いが伝わるだけの知性や感性の持ち合わせがあるか否かだ。


 ならば、それは今、知性を持っているこいつと和平し共闘しえる可能性があり、ただ殺すのは非道だということなのではないだろうか?


 そう理論武装した自分は、どうしてもこいつを仲間にしたいと思うようになっていた。



「おい、そいつ、死んだのか?」


 その声で、外の世界に引き戻される。


「んにゃ、まだ生きてるぞ。」


「だったら、とっとととどめを刺しちまえよ。その黒毛、多分ボスだぞ。殺せば、弱いのは逃げるだろうから。」


 彼も犬も何故か戦っていない。ただ自分たち二人の様子を伺っている。


〔多分も何も、ボスだぞ。〕


 と、聞こえ、だろうねーと適当にはぐらかしながら、僕は再び雑音の無いその狭い空間のもう一体と対峙する。


「それで、何が嫌なの?」


 彼の声は、回答というより、愚痴に近かった。


〔儂はこんな弱いものに生まれとうは無かった。儂はこの中でも長く生きてきたが、そこには飢えと仲間の死しか無かった。この苦は何の罰じゃ!どこで間違えた!嫌なのはこの境遇じゃよ。こんな生でも、何かいいことがあると待っておったのにのう。〕


「己が弱いとわかっていて、一人で挑んできたのか?」


 次の質問に、彼は殺すなら早くしろという様に睨み、またすぐに目を逸らし答える。


〔お主が殺したのは儂の伴侶じゃ。ただ見捨てたとあっては、死んでも面目が立たん。〕


「にしてはあっさり降伏したな。」


〔如何にボスとて、ここで長引かせるわけにはいかんからな。〕



 ドゴォン


 その言葉を聞き終わるか終わらぬかの内に、町の方から今日一番の爆発音が響いてきた。


〔おぉ、こうなってはそろそろ儂も行かねばならんな。〕


 咄嗟に耳を塞いでいたにも関わらず、明瞭に聞こえたその声に内心で舌打ちし、離れていく奴を何も出来ずに見続けた。

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