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青い薔薇白い薔薇  作者: 霧島勇馬
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第四章 共犯者たち

   第四章 共犯者たち

 意識を取り戻した時、側にいてくれたのは、父と母だった。父は不安そうな顔で、母は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

「ママ……私、いったいどうなったの?」

「車で事故を起こしたのよ。顔に傷が付かなかったのが奇跡だわ」

 そうか……顔は無事なのか。よかった……。

「私、また女優ができる?」

「もちろんよ! あなたは白い薔薇よ。誰も代わりは務まらないわ」

 代わり……。最近、身近にちらちらとうるさい存在がいたが。インクを吸った青い薔薇など、所詮は偽物だ。

「ふふふ、そうよね……その通りだわ」

 気に懸かる問題が、いくつかあったような気がする。最優先は、何だっただろうか?

「お腹の子は、どうなった?」

 父が優しく、ドリスの髪を撫でた。

「……残念だったな」

 駄目だったか……。産みたくもない子供だった。そもそも、なぜ堕胎しなかったのだろう?

 そう……ローズとのつまらない確執のせいだった。自分はローズとは違う。ほいほいと男と寝て、できた子供は簡単に始末する。そんな女とは違うと、証明したかっただけ。

 それでも、涙が溢れる。なぜだろう? ぜんぜん欲しいと思わなかったのに、失ってみると、とてつもない喪失感だった。

 母がそっと、ドリスの頬に触れた。

「子供は、またの機会があるわ。今回は、早過ぎたのよ。あなたも赤ちゃんも、母と子になる準備ができていなかったんだわ。きっと天国に戻って、あなたがもう少し大人になる日を待っているわ」

 なるほど。そういう慰め方もできるわけだ。

 なぜか可笑しくて、小さく声を立てて笑った。母がぎゅっと、ドリスの手を握った。手首に包帯が巻いてある。骨折はしていない。事故が大きかった割には、怪我は最小限に済んだようだ。

 首をゆっくり、動かしてみる。白い部屋には、父と母の他、キャロルがいてくれた。ドリスは、キャロルに向かって、尋ねた。

「ねえ、キャロル。クロードは、どこ?」

 キャロルの表情が固まった。唇を何度か動かし、なにを言うべきか戸惑っている様子だった。

 だんだん、怒りが湧いてくる。ドリスがこんな大変な目に遭ったのに、恋人であり、子供の父親でもあったクロードが、側にいないなんて!

「クロードは、どこなの? なぜ、側にいてくれないのよ! クロード、クロード! どこにいるの?」

 母が枕の上の緊急ボタンを押した。すぐに医師と看護婦がやって来た。

「意識が回復しましたか?」

 母が不安そうな声を出す。

「ちょっと興奮しているんです。もう少し、眠らせてやりたいんですが」

「安定剤を注射しましょう」

 看護婦が素早い動作で、ドリスの腕を消毒液で拭いた。

 なぜ、誰も答えないのか? クロードはいったい、どこにいるのか? 両手でベッドを叩いた。左肩に、ずきんと痛みが走った。

「痛っ! クロード! クロード! どこにいるの? どこにいるのよぉお!」

 看護婦がドリスの体を抑え、医師が注射をした。すぐに体がだるくなった。大声を上げる気力もなくなった。

 クロードは、ドリスの元を去った。なぜ急に、こんな事態になったのか? 考えられる理由は一つだけ。

 ――ローズが奪ったんだわ……。私のものを、一つ残らず奪う気なのね……!

 ドリスの自動車事故は、当然ながら新聞紙面でも大きく扱われた。また、その事故が、共演者クロードの裏切りを知った直後だとわかると、記者たちは色めき立った。

「ドリス・ハート、白昼の暴走! 自殺未遂か?」

「妹に恋人を奪われ、自棄の疾走!」

「魔性のローズと清純なドリス、勝利の鍵はスカートの下にある」

 ローズは納得のいかない思いで、口の端を下げ、新聞を下ろした。

「馬っ鹿みたい。恋人に振られた程度の問題で、自殺を図るタマかっていうのよ!」

 ルイスのアパートのリビングで、ルイスは寝椅子に脚を投げ出し、ローズは床のラグに直に座っていた。

 情事のあとでもないのに、大胆な格好をしていると、自分でも思う。でも、ルイスには常に、色っぽい女として意識させておきたかった。

 はしたなくない程度に、しかし大胆に。いつ飛びかかられても、瞬時に受け入れられるように。

 男を知ってからというもの、ローズはルイスに対する興味を更に深めていた。

 ルイスなら、どうするだろう? 電気を消す? いや、ルイスはローズの表情一つ一つを堪能したいだろう。灯りは点けたままだ。

 ローズに、なにを要求する? 女優ローズ・ヘスター以上の大胆さを求める? もっともっと過激になれと、はっぱをかける?

「清純派のドリス・ハートには、ありがちの展開じゃないか?」

 上から聞こえてきたルイスの声に、我に返る。

「あら、呆れた。姉さんったら、まだ清純派の扱いなの? 私があれほど、口を酸っぱくして、底意地の悪い性格だって訴えてるのに」

「男は、事実ではなく、そうであって欲しい妄想を信じたがるからね」

 ――ルイスは私に、どういう妄想を抱いているのかしら?

 思い切って、立ち上がり、寝椅子に寝転んだルイスの上に跨がった。

「おい、止せよ、重い」

「男のくせに、こんな小柄な私が重たいの?」

 色っぽい顔を意識して、唇を近づけた。ルイスは、キスだけはしてくれた。でも、ぜんぜん、男としてローズに関心を抱いているようには思えない。

 ――男って、いけないこと思うとき、あそこが立つんだったわよね。

 ローズの前にいるとルイスは、まるで不能者のような冷静さだった。ルイスはローズには全く燃えないのだろうか?

「姉さん、子供は駄目だったって」

「そうか……。でも本人も内心、ホッとしてるんじゃないかな」

 ローズは試みに、ルイスの鼻を摘んだ。

「きっとそうね」

 鼻を塞がれたまま、ルイスが呼吸しようと口を開けた。すかさず、そこに熱いキスをした。

 ルイスが、堪らず、ローズを軽く押しのけた。「窒息するだろう!」

 ローズはなんとか、ルイスの体に乗ったまま、ふて腐れて、唇を尖らせた。

「ねえ、ルイス。私たち、婚約しているのよ?」

「知ってるよ。婚約者であると同時に、大事な仕事のパートナーだ」

「今、妊娠されたら、困るでしょ?」

 ルイスは、ぽかんとした顔で、眉尻を下げた。

「ああ、困るな。クロードとの企画が本決まりになったところだ。体調不良で君が抜けてもらったら、困る」

「あなたが種を蒔かなくても、クロードとどうにかなっちゃうかもよ?」

 ルイスが、むっくり起き上がった。いぶかしそうに顔を歪め、小さく呟いた。

「避妊はちゃんとしてるんだろう?」

「もちろんだわ。噂にもならないよう気をつけなきゃならないんだもの。大変よ。クロードは、最近、どこでも私を求めてくるのよ」

 ルイスは、先程からのローズの行動にようやく納得がいったと、息を吐いた。

「ローズ、君は虐げられてきた家族の代表だ。多くのファンが、君に自分を投影している。くれぐれも、へまはやらないでくれよ」

 だんだん愛しさがどこかへ去り、憎しみがむくむくと湧き上がった。

「あなたは、何とも思わないの? 自分の婚約者が、他の男と寝ているのよ? あなたはぜんぜん、嫉妬もしないの? 私は、愛されていないの?」

 ルイスは驚いた様子で、目を開いていた。ルイスの頬に、ぽとりとローズの涙が落ちた。

 ルイスの声が、上擦った。

「ローズ……誰よりも、君を愛している。この気持ちは本当だ」

「なら、なぜ、抱いてくれないのよ! 私にこんな恥ずかしい真似をさせても、あなたがなにもしてくれないのなら、私、もう別れるわ! それだけじゃない。婚約解消を記者発表して、あなたが不能だったって暴露するから! それでもいいの?」

 ここに来て、ようやくルイスの手に力がこもった。ローズをしっかりと抱き留め、上体を僅かに上げる。

「ローズ、君とそうなるときは、ドリスを完全に蹴落としたお祝いとしてやりたかった。でも、君は違うんだね? もう、一刻も待てないんだね?」

 ローズは拳を作り、髪を振り乱して、わんわん、泣いた。

「駄目、待てない! ここで私を抱かないのなら、玄関の外に走り出て、喚き散らすから! ルイスは不能者だ! ルイスは女を抱いても、なんとも――」

 不意にローズの唇が塞がれた。ルイスが大きく喘ぎながら、ローズの唇を吸っていた。

 体も納得の変化を起こしていた。よかった……ルイスは不能じゃない。ローズを愛する力はある。

 では、なぜ、こんなにも我慢していたのか?

 思いを巡らせているうち、ローズは素早く、ラグの上に転がされた。ルイスがローズの上に跨がる。上着を脱ぎ、ローズの服も脱がしに懸かる。

 今は、いい……どうでも、いい。

 ルイスとの初めての瞬間を、思い切り楽しまなければ。これ以上なく燃え上がり、ルイスがローズから離れられないと思うまでに、胸に刻み込まなければ。

 目の奥に虹色のフラッシュが焚かれた。とてつもない衝撃、快感の連続。これがクロードと同じ男の体だとは、とても思えない。

 初めて感じる恍惚感に、ローズはもう、明日なんてなくなっても構わないとさえ思っていた。

 退屈な入院生活だった。外での騒動は、だいたいが想像がつく。でも、周囲の人間は、ドリスの耳に入れまいと、気を配っていた。

 このまま、すんなり復帰できるのだろうか? 不安で目眩がしそうだった。

 怪我は大したことなかった。腕を骨折していたが、入院を続ける程度の問題ではなかった。ただ、世間が騒いでいる。ほとぼりが冷めるまで、ドリスを隔離しておく必要があったらしい。

 ドリスは不安で堪らなかった。この先、どうなっていくのだろう? ドリスは本当にローズに敗北したのか? 人々はそういう認識なのか?

 真実が知りたい! でも、知ったら最後、この病室から出る勇気がなくなってしまいそうだった。

 そんなある日の夕方、ルイスが不意に訪れた。ドリスの恐怖は極限に近かった。ルイスがにっこり微笑むと、気味が悪くて、吐きそうになる。

 ドリスはシーツを頭の上まで上げて、ルイスを見上げないように試みた。

「出てってよ! あなたは、どうせ、ローズの味方なんでしょ!」

 味方? その程度の呼び名でいいのか?

 そもそも、この男さえいなければ、ローズは女優になどなれなかった。相変わらず冴えない容貌のまま、ドリスの妹とも滅多に気づかれることなく、高校に通っていただろう。

 ローズはプラチナ・ブロンドに髪を染め、〝青い薔薇〟となった。つまり、ルイスは青い薔薇の制作者というわけだ。

 顔を見る勇気がなくて、シーツの下から、くぐもった声にしかならなかった。

「もう、わかっているんだから! あなたが、私をはめようとローズを利用したって! いったい何の恨みがあるのよ!」

 ルイスが大きく息を吐く音が聞こえた。次に、椅子をベッドの側に引きずり、腰を下ろす音。

「僕たちは先日まで、実に清い付き合い方だったんですよ。まあ、言っても信じないと思いますが」

 ドリスは思わず、顔を出して叫んだ。

「当たり前よ! あの色情狂が、清い体だったなんて、笑っちゃうわ! 私からクロードも奪ったくせに! 全て、知っているんだから!」

 ルイスの声は、どこまでも平坦で、まるでなにも関心がないかのようだった。

「クロードを奪った件は、申し訳なく思っています。ローズには、これといって、客を呼べる相手役がいなかった。クロードなら、申し分ないと判断したんです。その結果、あなたがどうなるか、考えないわけでもなかった。でも、命に関わる事故じゃなくて、本当に良かったと思っています」

 ルイスの声を聞いていると、怒りが湧き起こる。あらゆる感情が揺さぶられ、目の奥や喉が熱くなる。

「むしろ、死んだほうがよかったわよ! こんな思いをするくらいならね!」

 するとルイスの声が、急に鋭くなった。

「短絡的に、死なんて言葉は使わないでください」

「なんですって?」

 遂にドリスはシーツを剥がし、上体を起こした。もう、我慢の限界だ。

「死のうが生きようが、私の勝手だわ!」

 ルイスは険しい顔で、断固とした口調で諭した。

「あなたは、男一人に捨てられた程度で、人生を終わらせるつもりなんですか? 器が小さいにも、ほどがある」

「そんなの、人の勝手でしょ!」

「いいえ、勝手な真似はできない。あなたは、白い薔薇なんですよ。ハリウッドに咲く、清純な大輪の薔薇です。あなたを見て、あなたを思い、あなたを崇拝する観客が、どれだけいると思っているんです?」

 なんなのだ、この男? ただ単にドリスを憎み、貶めようとしているだけだと思っていたが……。

「あなた、いったい、なにを考えているのよ?」

 ルイスは考えられない言葉を吐いた。

「あなたの崇拝者の一人ですよ、ドリス」

「なんですって?」

「あなたを愛する気持ちは、誰よりも強かったと自負しています。そう、婚約者のローズより、僕はあなたを愛していた」

 ドリスは言葉をなくした。

 ドリスはなんとか起き上がり、話を聞く体勢を整えた。枕を二つ、背に当て、ゆっくりと息を吐く。

「私の空耳だったのかしら? あなたは、私を愛していたと言ったわ」

「ええ、言いました。このハリウッドに今、崇拝すべき女優は、数えるほどしかいない。人によっていろいろでしょうが。イングリッド・バーグマンと名指しする人間がいれば、いいや、リタ・ヘイワースだと主張する者もいるでしょう」

 イングリッド・バーグマンは、誰もが認めるハリウッドの聖母だ。『カサブランカ』と『誰がために鐘は鳴る』で不動の地位を築き、ヒッチコック監督の映画でどんどん注目を集めている。そんなイングリッドが今一番演じたい役が、ジャンヌ・ダルクだというのも納得だ。

 リタ・ヘイワースは、なんといっても、一九四六年三月に公開された『ギルダ』で圧巻の存在感を示した。誰もが劇場に足を運び、リタが赤い髪を振って顔を出すファースト・シーンに釘付けになっていた。

 どれも大人の女で、ハリウッドに輝く巨大な星だった。二人の功績に比べたら、子役上がりのドリスなんて、ものの数ではないはずだ。

「私がバーグマンやヘイワースより上だなんて、さすがに誰も考えないわよ。私自身も、そこまで馬鹿げた考えはしないわ」

 子役から娘役への脱皮に悩んでいた。なんとか娘役に昇格できたものの、突然、実の妹がライバル宣言した。

 妹に仕事の上でも私生活でも負けっ放しのドリスを、負け犬と考える人間は、多いだろう。

「今はね、二人のほうが上ですよ。それは認めます。僕は、あなたに夢を重ねていたと言えばいいでしょうかね」

 意味が、ぜんぜんわからない。いや、究極のサディストなのかも。このポーカー・フェイスならあり得るかもしれない。

 するとルイスは、意外な話を始めた。

「僕が映画の世界に興味を持ったきっかけは、メアリー・ピックフォードの映画を、たまたま見たからなんです。タイトルは、『嵐のテス』でした。まだ声がない時代でね。俳優たちの演技も今よりずっと、オーバー・アクションでした」

 メアリー・ピックフォードは、草創期のハリウッドに生きた、最初の大スターだった。三人姉弟の長女で、子役時代からずっと、メアリーの稼ぎで家族は潤っていた。

 身長が五フィートしかなく、幼気な少女役が、それはよく似合った。ブロンドの巻き毛を肩まで垂らし、短いスカートで走り回るメアリーを、観客は〝アメリカの恋人〟と呼んだ。

 二度目の結婚で伴侶となった、活劇王ダグラス・フェアバンクスとは、空前のベスト・コンビとなり、二人の名を取って、〝ピックフェア〟と呼ばれた。

 今はもう現役を引退したが、会社経営などに才能を発揮し、この半生は、成功の連続。あんな一生が送れるとしたら、どんなにいいだろう。

 ――まさか、この私に、メアリー・ピックフォードを重ねていたというの?

 ルイスはドリスの頭を覗き見たかのように、ニヤリと笑った。

「メアリー・ピックフォードは、映画人生の最後まで、成功の連続だったとされていますが、実は、そうでもなかったんですよ」

 ドリスは緊張に、唇を噛み締めた。この男、いったいなにが言いたいのだろう?

 ルイスは、うっとりと目を細め、話を始めた。

「僕は、できるなら、ハリウッド草創期に生まれたかったんです。検閲の厳しい東海岸を離れ、なにもない原っぱを映画の撮影場所に選んだ、草創期の偉人たちと共に、働きたかった」

 ドリスは訝しい思いで、口の端を下げた。

「でも、その頃の映画って、五分程度がせいぜいの、子供騙しみたいなものだったんでしょ? 今のように、テクニカラーも存在しないし、音だって出なかった。そんな不自由な世界で、やれることだって限られてくるわ」

「でも、チャップリンも主張していました。無声映画の芸術性をね。五分から十分の一巻もの、二巻ものの時代から、グリフィス監督が『國民の創世』という映画で十二巻ものにチャレンジし、映画は芸術に昇華した。そんな時代を知っていたら、どれだけ幸せだろうと思うんですよ」

 ドリスはじろりと、ルイスを見やった。

「ふん! どうせ、あなたも、今の時代で偉人になれるわよ。青い薔薇、ローズ・ヘスターを女神としているんだから」

 皮肉たっぷりに言ってみたところで、ああ、と納得した。

 この男、メアリー・ピックフォードのファンだったっけ。清純な少女を二十代後半まで演じ続けた、アメリカの恋人と、ローズは基本的に質が違う気がする。

「そういえば、話の始めは、メアリーがどうとかだったわよね。成功の連続ばかりではなかったって。どういう意味?」

「一九二〇年、女優のオリーブ・トーマスが、パリのホテルで服毒死した事件は、知っています? それまでハリウッドで話題になる大きな問題は、だいたいが映画会社が映画を売るために考えついた嘘ばかりだったんですが、オリーブの死は、ハリウッド最初のオリジナルなスキャンダルとなったんですよ」

 ドリスは言葉を返そうとして、躊躇した。

 オリーブは、死後に麻薬常習者だと発覚して、一大スキャンダルとなった。麻薬のお世話になっていたドリスが、喜々として話題にできる問題ではなかった。

「オリーブは、メアリーの弟で俳優のジャック・ピックフォードの妻だった。オリーブの死により、メアリーの周囲に焦臭い噂が立ち始めたんですよ。ジャックも麻薬中毒者だった。当然、姉のメアリーも、という話になりました。メアリーも後になって、その頃の苦い思い出や、義妹オリーブとの確執などを、インタビューで答えているんですよ」

「ふん、そんなの、どこにでもある話だわ。メアリーが特に苦しんだとは思えないわね」

「そうですね、確かに。しかし、ハリウッドは当時、本当に狂っていたんですよ。二年後の一月、パラマウント社の映画監督、ウィリアム・デズモンド・テイラーが何者かによって射殺される事件が起きます。この事件は迷宮入りで、犯人も捕まらないままなんですよ」

「あはは、面白いわね。それで、実は犯人はメアリーだった、なんて結論じゃないんでしょ?」

「この事件では、二人の女優が、スキャンダルによって女優生命が絶たれています。テイラーという男、実は真面目な性格だったらしいんですが、殺されてからというもの、色情狂だったとか、男色家だったとか、それは散々叩かれたんです」

「あら、それは災難だわね」

「メアリーはテイラーの映画に主演しています。弟のジャックも。だから、テイラーが殺されたとき、メアリーは実はテイラーの愛人だったとか、部屋からヌード写真が出てきたとか、それはもう酷い叩かれ方をしたんですよ」

 古き良き時代と人は言うが、昔のハリウッドを報道するイエロー・ペーパーは、規制もなく、今では眉を顰めるようなえげつない記事のオンパレードだったと聞く。

 アメリカの恋人といえども、いや、だからこそ、マスコミはこぞって書き立てたのだろう。メアリーの、聖女でない部分を。

「でも、今の人たちには、そういう記憶は残っていないわよね。メアリー・ピックフォードといえば、ハリウッドいちばんの成功者だわ」

「とことん、強い人だったんですよ。醜聞が撒き散らされているときは、じっと無言で耐えていた。そのうち、マスコミが他の女優を餌食にし出すと、本業の映画で、きっちり結果を残した」

 つくづく、凄い女優だったと思う。ドリスたちが一番に真似しなければならない、大先輩だ。

 でも、メアリーとドリスのどこが、一つに結びつくのか?

「ねえ、ルイス。あなたはこの話をする前、重大な問題を告白したわ。私を、ローズよりも愛していた、って。それと、この問題が、どう繋がるの?」

 ルイスは椅子に深く腰を掛け、上体を前に倒した。ルイスの美麗な顔が近づき、ドリスの心臓が跳ねた。

「人は、メアリーを成功者だというが、三十過ぎてすぐ引退したのは、不本意だったと思うんです」

「まあ、そうだったの?」

「実際、少女役が似合わなくなり、髪をばっさり切って、大人の女の役にトライした。オスカーは手に入れたけれど、観客はちっとも気に入らなかった。結局、そのあとすぐ、引退をしています。要するに、子役から娘役への脱皮が、ついにできなかったんです」

 ドリスは自分でも顔が強張るのを感じた。

「私は、もう大人の女を演じられるわ。確かに、ローズと抱き合わせの格好になって、得をしたとは思うけれど、勝ちは勝ちよ」

 ルイスは優しく微笑んだ。

「そうですね。ドリス、あなたには、メアリーのその後を体現してもらいたいと思っていました。大人になり、三十代、四十代でも輝ける女優にね」

「あなた、私を応援しているの?」

「正確に言えば、過去形です。僕は、もう、ローズと結ばれた。あなたの応援は、もう一切できません」

 ドリスは呆れて、口をあんぐり開けた。過去形? ローズと関係を持ったから、もうできない?

 だったら、なぜ、最初からドリスを応援しなかったのか?

「じゃあ、なぜ、ローズを育てたの? まるで私に対抗するみたいな真似をして、どこが私を愛していたと言えるのよ!」

 ルイスは今度は、体を背凭れに預けた。脚を組み、ふうっと息を吐く。

「あなたは、もう、堕ちていくだけだ。僕が最初、考えていた器じゃなかった」

「質問の答に、なってないわ!」

 ルイスはまるで、神が審判を行うかのように、静かに述べた。

「あなたに捧げて書いた脚本を、昨日の夜、燃やしました。僕はローズと共に歩くと、結ばれたときに決めました。もう、あなたは僕らの敵でしかない。これからは、手加減なしで行きますよ」

「じゃあ、なぜ、こんな話をしたのよ!」

 相変わらず静かだが、しかし断固とした口調だった。

「あなたと、決別する必要が、僕にはあったんです」

 ドリスは、ショックで、それ以上、声が出なかった。

 ルイスは静かに立ち上がり、病室を出ていった。ルイスが話した、夢のような草創期のハリウッドの名残が、次第に消えていく。

 やがてドリスは、一九四七年現在に立ち返った。草創期の偉人たちも、アメリカの恋人も、もういない。今、ハリウッドの一番の話題は、ドリスとローズ、二人の薔薇だ。

 二人のなにが違うわけではない。ローズの唯一の利点は、ルイスを手に入れていること。

 ローズがある日、突然、女優になると宣言した日、散々馬鹿にした。新進の脚本家だとルイスを連れてきた時も、大した関心を抱かなかった。

 新人同士のカップルが、どう頑張ったところで、たかが知れていると思った。

 MGMは大会社だ。所属さえしていれば、上が当たり前のように道を作ってくれると信じ込んでいた。

 いつの間にか、成功への階段を上るローズ、堕ちていくドリス、という構図が出来上がっていた。

「……なんで、ローズなの? なんで、私じゃないのよ?」

 ふと思う。ルイスはローズと知り合う前、ドリスと会った経験があったのだろうか?

 もちろん、ドリスが覚えているわけがない。金持ちのぼんぼんが、暇潰しのように脚本を書いていると知ったって、関心が湧くわけがない。

 そこで、はたと気づいた。

 ――私は以前、ルイスと会ったんだわ。そこで、すげない態度を取った……。ルイスは今、その報復をしているに違いない。

 憧れの女優にすげなくされ、怒りを感じ、虐げられた妹を掬い上げた。

 今日のルイスは、ドリスに宣戦布告しに来たのだろう。ローズとぐずぐずと関係を求めずにいたのも、ルイスの躊躇だったのかもしれない。

 ああ、この期間にせめて事情がわかっていたら、なんとかルイスを取り込む努力をしたのに!

 どう行動すればいいんだろう? 今更、謝ったって、問題が解決するわけでもない。むしろ、覚えてもいないのに謝るなんて、怒りに火を点ける結果になるだけだろう。

「どうすればいいの? このまま堕ちていくなんて、嫌ぁあ! 絶対に嫌よぉお!」

 ローズにルイスがいるのなら、ドリスにもルイスの役目をする人間を見つければいい。

 共に仕事をし、ドリスをバックアップしてくれる人間……。ドリスを無条件に愛し、応援してくれる人間を――。

 ドリスが退院する頃、ローズとクロードの共演作は、すでにクランクインしていた。新聞には毎日のように、二人の仲が良さそうなツーショットが掲載された。

 ドリスはまだ足を骨折していたため、二階の寝室ではなく、一階の客間に寝起きするようになった。ローズは既に、ルイスと共に暮らし始めていた。

 ドリスは新聞なんて、見たくもなかった。邪魔な存在だったローズの顔を、ようやく見なくて済むようになったのに。

 活躍している様子を、自宅のベッドの上で見るなんて! でも、見ないで時代に置いていかれる不安も、同時にあった。

 ――倒すには、まず、敵をよく知らないと!

 ローズはルイスとクロード、二人の王子さまに囲まれ、それは有頂天の顔をしていた。

「お兄ちゃまとは、映画界に入る前から、ずっと仲良くさせてもらってきたの。本当の兄のように、私を優しく包んでくれるのよ。私たちこそ、この時代のベスト・カップルだわ」

 クロードを褒めちぎった言葉を並べているかと思えば、別の新聞にはルイスとの仲をアピールする。

「ルイスとは、大きな愛と、強い信頼感で結ばれているの。人生のこんなに早くに、天国での半身と巡り会えるなんて、私は本当に幸せ者だわ」

 ローズのイメージからすると、二人を両天秤に掛けていると受け取られかねない。ローズのブレーンのルイスは、そこをきちんと考えているようだ。

「僕とローズは、今年の七月に結婚式を挙げます。クロードと僕は、もう親友ですから、彼にはベストマンとして出席してもらいます。その頃には、義姉のドリスも怪我から回復すると思いますので、祝福して欲しいですね」

 祝福? 冗談じゃない!

 ルイスの真意がわかった当初は、絶望の一歩手前まで行った。こんな頭の良い男を敵に回したなんて、なんという失策か!

 ルイス以上の人間なんて、この先、ドリスの前に現れないのではないか。

 つまり、ドリスに味方は一人もいなくなる。クロードまで、ローズに奪われた。クロードも上手く丸め込まれたものだ。

 ローズとルイスが夫婦になるのに、なにを期待して、ローズの側にいるのだろう。それが、ローズの魔性なのか?

 新聞を叩きつけると、お見舞いに送られた封書が、ぱらぱらと床に落ちた。ドリスは、ちっと舌打ちし、上体を大きく下に倒して、床に散らばった手紙を集めた。

 どれも、かつて共演した俳優や女優からのものだった。フン、っと鼻を鳴らしながら、差出人の名前を確認していった。

 その中に、ドリスの目を釘付けにする氏名があった。

 ジョーン・メイスン! ドリスが子役としてデビューし、毎年、何作も続けて制作された、『青い空の下』で母親役、つまり主役を演じた大女優だった。

 もう四十過ぎの婦人だが、オスカーに三度もノミネートされ、ハリウッドで不動の地位を築いている。

 ドリスも、実の母親「ママ」と区別して、「マミー」と呼び、慕っていた。

 ドリスは逸る気持ちを抑えられず、封を切った。綺麗な白い薔薇の花びらの押し花と一緒に、便箋が一枚、出てきた。

「愛しいドリス、お元気ですか?

 事故を起こして、怪我をしたとのこと、とても心配しています。何度か病院にお見舞いに行こうとしたのだけれど、あなたの周りは騒がしくて、火に油を注ぎはしないかと、遠慮していました。

 それにしても、あなたの妹のローズに対して、怒りが湧き上がるこの頃です。幼いあなたが頑張って稼いだお金で育ってきたのに、ちっとも姉を尊敬している様子はないわね。

 このままあの子をのさばらしておいて、いいの? ドリス、私はあなたの味方よ。何でも頼ってちょうだい。あなたがこのまま、映画界から消えていくなんて、耐えられない。

 白い薔薇は、今こそ咲き誇らなければならないの。忘れないで。私はあなたを大事に考えています。いつでも力になるから」

 読みながら、心臓が激しく鼓動するのを感じた。顔が喉が、目の奥が熱くなる。

 ――私の最大の味方となる人間が現れたわ! ジョーンに比べたら、ルイスなんて、ひよっこも同然。マミーと一緒なら、ローズに戦いを挑める!

 目の前が、急に開けた思いだった。ドリスはさっそく返事を書くべく、ベッドサイドの呼び鈴を鳴らした。

「便箋と封筒を持ってきて。白い薔薇をモチーフにして作って貰った便箋、あれがいいわ」

 ――ローズ、見てるがいいわ。笑っていられるのも、今のうちよ!

 控え室のドアをノックする音がして、ローズはハッとした。

「僕だよ、クロードだ。入ってもいいかい?」

 ローズは小さく、諦めの息を吐いた。この男、既にローズ相手に遠慮という言葉を捨てていた。

「早く入って。他人に見られると困るわ」

 ドアが細めに開き、クロードが滑り込んだ。後ろ手に鍵を掛け、ローズの前に歩み寄る。クロードはすぐに、ローズにキスを求めてきた。

「……お兄ちゃま……こんなことしてて、いいのかしら」

 罪の意識はしっかりと植え付けるのを忘れない。クロードは激しくローズに口づけながら、喘ぎ声を出した。

「ああ、僕らは……いけないことをしている。……でも、こういうことって……凄く燃えるだろう?」

 今、クロードを手放すわけにはいかない。もっと強力な駒を手に入れるまで、利用していかなければ。

「ええ、そうね……悪いことしてると、すごく燃える……」

「君たちは、七月に結婚するんだろう? 結婚した後も、こういう関係を続けていける?」

 どうなのだろう? 結婚した後もクロードと関係を持ち続けるなんて、なんだか面倒だが。ルイスの意見を聞きたいところだ。

 案外と、焼き餅を焼いて、害のない別の男優を探してくるかもしれないし。

 結婚した後は、共演者は妻子持ちのほうがいい。家族同士で仲良くし、信頼関係を築く。写真に収まるときは、両家族一緒。

 ジェームズ・スチュアートとジューン・アリソンのコンビのように、舞台裏でも家族同士で仲の良い絵が撮れる男優がいい。

 不意にノックの音がし、ローズの肩が跳ねた。クロードが一歩、後ずさり、きょろきょろと辺りを見回す。

 無言で、シャワールームの扉を指さす。シャワールームのドアは、下が大きく空いていたが、バスタブに身を潜めれば、姿を隠せる。

 ローズは無言で頷いた。せかすように、顎でドアを指し示す。

 ――早く! こんなところを誰にも見られたら不味いわ。

 ルイスだったら、ノックはしない。小声でドア越しに呼びかけてくる。

 いったい誰なのだろう? もう撮影は終わった。後片付けに忙しいはずなのに。

「はあい、どなた?」

 声の主は、実に意外な人物だった。

「ジョーン・メイソンよ。ちょっと近所まで来たから、あなたに挨拶しようと思って来たの」

 ――ジョーン・メイソン! なんだって彼女が、こんなところに来たのよ!

 同じMGMの女優だから、撮影所に来たとしても、不思議はない。しかし、ローズとはそれほど親しい関係ではない。

 姉ドリスが「マミー」と慕い、家族ぐるみで付き合いをしてきた。その頃から、ローズはジョーンとは、距離を置いていた。

 ジョーンは、ドリスを溺愛していた。二人が一緒にいると、まるで映画の世界をテクニカラーで見ている思いだった。ジョーンといる間、ドリスは別世界の住人だった。

 どうせ私は、醜いアヒルの子……。拗ねた思いになり、だんだん理由を付けて、ジョーンを避けるようになった。ジョーンもローズが苦手意識を抱いている事実に気づいているはずだった。

 なのに、今更、なにしに来たのか?

「ま、待ってください、今、開けますから」

 一度、どうにか大きく息を吐き、にこやかな笑顔を作る。顔の筋肉のあちこちが強張って、なかなか自然な笑顔にならなかった。

 ようやく気持ちを落ち着けたところで、鍵を外し、扉を開ける。ジョーンが花のような笑顔を浮かべて、立っていた。

 美しく染め上げたピンク・ブロンドの髪を大きく膨らました姿は、ゴージャスそのものだった。

 純白のツーピースに、白い手袋。でも、手には、青い薔薇の花束を持っていた。

 ジョーンはローズと目を合わせると、にっこりと笑いかけた。

「青い薔薇に、ご挨拶に来たわ」

 ローズは慌てて、ジョーンのために道を空けた。

「どうぞ、入ってください」

「はい、これ」

 ジョーンは目を細め、うっとりした表情で、青い薔薇の花束を手渡した。ローズも笑顔で返す。

「まあ、素敵! 青い薔薇の花束なんて、貰ったの、初めてですわぁ」

 ジョーンが愉快そうに、口の端を片方上げた。

「白い薔薇に青いインクを吸わせただけなのよ。作るのは、簡単だったわ」

 ローズは思わず、顔を強張らせた。

 ――作るのは、簡単だった――?

 ジョーンは、ローズの表情の変化に気づかない様子で、ひらりと間近にあったカウチに腰を下ろした。

「むしろ、真っ白い薔薇を見つけるほうが、よほど大変だったわ。少しでも色褪せた部分があると、上手く染まらないから」

 ローズは拳を作り、立ったまま、ジョーンに声をかけた。

「白い薔薇は純粋種、青い薔薇は即席の偽物、とでも言いたいんですか?」

 ジョーンは、わざとらしく目を開いた。

「まあ、感心だこと。それほど頭は悪くないのね」

 ジョーンはローズに敵対心を抱いてやって来た。それは、確実だった。ローズは、遠慮せず、じろりとジョーンを睨み付けた。

「なにしに来たんですか?」

 ――まさか、姉さんに頼まれたわけではないでしょうね?

 ジョーンは、きょろきょろと控え室を見回していた。

「別に。たまたま撮影所の近くに来たものだから。私の大事なドリスを虐めている妹が、どんな様子か、見に来ただけよ」

「そのために、わざわざ青い薔薇を作ってきたってわけ?」

「言ったでしょ。青い薔薇なんてね、作るのは簡単なのよ。すぐにできたわ」

 だんだん怒りが込み上げてきた。

「私を侮辱しているんですか?」

 ジョーンは、驚いたと呆れたを合わせたような顔をしてみせた。

「おやまあ、噂以上に好戦的なのね」

「作るのが簡単だなんて、侮辱じゃないの!」

「あら、プラチナ・ブロンドに染めて、男を一人、知ればいいだけでしょ、青い薔薇なんて」

「なんですって!」

 ここでハッと我に返った。この部屋は、ローズとジョーンの二人きりではない。クロードが、シャワールームに隠れて、一部始終を全て聞いている。

 ローズは喉の下に手を当て、落ち着くよう、小さく息を吐いた。

「すみません、大声を出したりして。確かに、今の時代に青い薔薇を作るには、白い薔薇に青いインクを吸わせるしか、ないですよね」

 ジョーンは明らかに、ドリスの味方として、ここに乗り込んだ。宣戦布告をするつもりなのか、ただ単にローズの怒りを誘うつもりなのか、わからない。

 まんまと罠に嵌ったりなんか断固しない。

 ジョーンが訝しげな顔をしているので、ローズは更に殊勝な表情を浮かべてみせた。

「姉さんを、尊敬しています。早く追いつき、追い越したいとも思っています。でも、汚いやり方をしているような周りの評判は、聞いていて辛いです」

「おやまあ、報道や人の噂は、まったくの嘘だと言いたいの? クロードがあなたたちの仲間になったのは、あなたが色仕掛けで奪ったからじゃなくて」

 ローズは心の中で、舌打ちした。この件には触れて欲しくなかった。

 あくまでルイスを愛していると言えば、クロードは怒るだろう。逆に、実はクロードにぞっこんだ、などと言えば、ジョーンの口から、不義の噂が撒き散らされる。

「私、自分にそんな魅力があるとは、思っていません」

 ジョーンは顎を突き出し、形の良い脚を組んだ。

「クロードがあなたと組む展開になって、ドリスはとても落ち込んでいるわ。落ち込ませるのが、あなたの目的だったのかしら? それとも、ドリスの映画を成立させないためという、もっと大きな理由からかしら?」

「姉さんほどの実力がある女優なら、もっと大物と組めると思うんです。私は、まだ駆け出しです。だから、お兄ちゃまに、いろいろお世話になる必要があったんです」

「クロードより実力のある俳優ね。なるほど、それはいい案だわ」

「そうでしょう?」

 受け答えしながら、嫌な予感がした。するとジョーンは、ローズが真っ青になりそうな言葉を吐いた。

「今度、MGMで作る映画で、私、プロデューサー業を兼業する展開になったの。その映画に、ドリスを主演させます。共演の俳優は、あなたの提案通り、もっと実力と人気を兼ね備えた男優を探すことにするわ」

 ジョーンがプロデューサー……。主役を張るには、いささか歳を取り過ぎた女優が次の道にシフトするには、最高の選択だ。

 映画制作に直で関われて、尚且つ、上層部を動かす力のある人間が、ドリスの側についた。

 ローズは突然、不意を衝いて現れた脅威を前に、なにをすべきかわからずに、混乱していた。


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