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サイバー・ベースボール

作者: 宇野鯨

少し野球の専門用語とか多いのでごめんなさい。

 世界最後の歴史は、あまり華々しいものではなかった。それは各国との関係の摩擦により武力行使に火がついた。後にWW3(第三次世界大戦)と呼ばれるこの全面戦争では、使用した核により、人類の大半が死んだ。


 生き残った人類も、核によって生まれたあらゆる弊害により絶滅。そんな人類の短い短い歴史のアウトロについてだが、なんとか遺産を残そうと、科学者たちはアンドロイドを造り出した。


 いわゆる、人工知能を持った人造人間のことである。


 アンドロイドたちは人類の没後、独自の世界を生み出してきた。とは言っても、ごくわずかに遺された人類の記憶の断片を頼りに、社会を模倣しているに過ぎなかったが。


 だからあまり、アンドロイドたちの社会はあまり潤っているといえば、そうではなかった。そもそも人間とアンドロイドについては、必要としないものがあまりにも多かったからだ。


 食事は日光を浴びれば問題ないし、睡眠は自動情報処理システムが備わっているからまず概念がない。それに会話によるコミュニケーションも、一言で終わってしまうことなんてザラだった。


 繁殖もしなければ、恋もしない。

 血も出なければ、涙も出ない。


 そんなものが本当に遺産と言われれば、頭を抱えてしまうが、当然、頭を抱えるに至る人間的思考も存在しない。あるのは、プログラミングされた「人間らしく生きること」のみ。


 日々、アンドロイドたちはそうやって「人間らしさ」を求めてはいるが、まず遺された遺産がそもそも少ない。不覚にも製作者の出身地や名前、趣味や好みの異性がインプットされていたのが本当に悩ましい。


 そんな中で、人間が居なくなってからカウントされた新西暦が3年となった時、それは革新的な遺産が発見されたのだ。



『野球』である。



 野球とは、9対9のメンバー同士で対戦されるスポーツである。攻撃の表、防御の裏という18回の攻防があるうち、1つの白球を投げて、打って、取ったりして、4つの塁を回ってくれば帰塁となり、点数を取ることができる。そして18回の攻防の末、もっとも点数を取ったチームの勝利となるのだ。


 ちなみに、1人ひとりのポジションにそれぞれ意味があったりして、今の人間的思考とか人的チームワークが究極的に欠損しているアンドロイドたちにとっては絶好の治癒剤でもあり、学習道具でもあった。


 早速アンドロイドたちはその概念をアップデート(うえつける)。すぐさま社会へ生かそうとした。



 ーー社会へ生かそうとした?



 馬鹿だ。こいつらは馬鹿だ。核戦争で滅びた人間が言うのは少しおかしいが、それを除いてみたとしても、やはり馬鹿だ。


 このスポーツ、いわば「勝ち負け」という二分化された世界にしてしまったら、如何に恐ろしい社会が生まれてしまうか。案の定ーーアンドロイドたちの社会は、完全実力主義による世界が生まれてしまった。


「野球」も【機械的野球(サイバー・ベースボール)】へと名を変え、9人のパーティが揃ってしまえばいつでも何処でも試合が申し込めることから、ストリート系のスポーツになってしまった。


 よって、人間たちがしていた芝生や、マウンドは、アスファルトや、マンホールへと姿を変えてしまったのだ。


 そこで流石にこれはダメだと、気づくのが遅すぎるバカの頭領は責任を取って自身の階級を譲る代わりに、その階級の争奪を【サイバー・ベースボール】の全世界優勝者のチームへ分け与える、ということにした。


 いわゆる、責任の全投げ出しである。

 全くもってクズである。


 しかしこんな恥ずかしい去り際を晒してはいたが、その頭領がもたらした成果ももちろん側面としてしっかり存在した。


 アンドロイドにも「野球」の向き不向きは”微粒子レベル”ではあるが存在するため、それにより「強者」「弱者」の概念が生まれ、よって性別というコンテンツに発展した。


 また、自身を「弱者」と認めた者は自らの容姿も「女性らしく」変身するようになり、ドレスを着飾ったり、ホットパンツを履いたりするなど、いわゆる人間らしさにグッと近づいた。


 まあ「強者」でも

「女性らしく」する変人も中にはいたが。


 そして、この変化により「恋愛」の概念が生まれた。もちろん、人間のセクシャルな遺産が見つかったのも1つの理由ではあったが、何より「強者」「弱者」の存在により。


「弱者」は「強者」を憧れの的へと、「強者」は「弱者」を護ってあげようと。

 そういった関係性がいわゆる「恋愛」といった概念を生み出した。


 アンドロイドにインプットされた負の遺産とも言える「ハカセの興味的思考(笑)」もまたプラスに表れ、アンドロイドたちはその体をより人間らしく、肌を黒くさせたり、ぷるぷるのモチモチにしたり、体は逞しくしたり、艶やかにしたりしてまさに人間とも言える瓜二つの存在を生み出すことに成功した。






 ▽

 △






 つまり、この【サイバー・ベースボール】による世界はある意味、大成したといっても過言ではないということだ。さすがに頭領の立ち回りは馬糞そのものだが、そこだけは恩恵の意を表したい。さて、次の87ページについてだがーーー。


 そう、男は淡々と口にするが、何やら気になるものを見つけたのか、表情を一層険しくさせると、急に大きな声を上げた。



「おい!!! レイン!お前また居眠りか!? 我々たるもの学習は怠るべからずだッ!!」



 すると、うたたねから解き放たれたのか、勢いよく俯けた顔を上げると、驚いた様子で先生を見つめた。



「あ、あれ!!? でも人間ってこうやって話が長いと受け流したりしませんか?」



「しないわポンコツ!! お前の去年からの劣等生ぶり!さぞドレスが似合うだろうなッ!」



 と、周囲から笑いが起こった。”ドレスが似合う”とは、俗に言うと、お前は男らしくない。根性なしだ、と言う意味が込められている。


 流石に頭にきたのかレインは挑発的な目で先生を睨むと、机をドンと叩きつけた。



「おい! 撤回しろ」



「なんだと?お前は歴史をもっと学べ。人間はいつだって完璧で、ミスなんて許されないんだ分かるか?だから私たちが存在するというのであって、あのような方達が私たちを生んでくれたのに、お前はよくその恩人たちに”アイツはナマケモノだ”と口に出来るな」



「そんなはずはありませんよ先生。そもそも完璧なはずの人間であれば、なぜ絶滅したのでしょうか?その時点で、間違いなく人間は完璧ではないんじゃないですか?」



 先生の顔がキッと歪んだ。

 刻まれたシワはあくまでプログラミングされたまるで彫刻のようなものに過ぎないが、それでも苦悶の感情を上手く表現できていた。流石だ。



「くっ……屁理屈野郎が。もういい今日の授業はおしまいだ。レイン。お前は打球を”前に飛ばしてから”そんなボヤキを言うんだな」



 そう言うと先生は教室を静かに飛び出した。

 周りからは歓声が上がり、至る所でこれからの予定とかを話し合ったりしていた。

 だが、レインだけは違った。


 今先ほど言われた言葉に対して、不意に図星を突かれたからである。


 ーー俺は、どうして打てないんだろうか。



 頭を掻いているが、特にこの行為は意識していない。無性に腹が立つのは思考回路を回転させたことによるタービンの熱による処理の低速化なのだろう。


 だがレインはそれでも、カーボンで出来た赤髪を掻かずには居られなかったのだった。






 ▽

 △






 外では雨が降り始めていた。

 アンドロイドには防滴、防水加工が施されているため、特に異常なく街中を歩けることには変わりなかったのだが、レインはこの雨模様の景色を見るのがどうも気が滅入るようだった。



 ーーまただ。たぶん自分の参考データだった人間が雨とかが嫌いだったのかな。



 ネオンの光に灯された近未来街。


 そこは確かにアンドロイドたちにより、まるで人間が数百年かかりそうな街並みがいとも簡単に建てられていた。


 しかしどこか心が窄むようなこの気持ちはたぶん、そのオブジェクトたちに全くと言って生気が感じられなかったからである。


 なんというか、もともと生気などないのだが、そう言った話ではなくて、建物本来が放つ雰囲気というか、暖色のレンガですら寒色に見えてしまうことが欠点だと感じた。



「本当に俺は他の皆んなと感覚がだいぶズレてるな。でもなんでか、それで良いんじゃないかとか思ったりするんだよね。まあこの考え方自体も参考データになぞらえた一種の演算結果に過ぎないんだけどね」



 参考データとは。


 人類の遺産によって見つかった少数の人間の情報を基に、アンドロイド個々に配られた人格のことである。


 例えばその参考データにした人間が農夫だった場合、無性に陽気だったり、参考データにした人間が政治家とかだったらやけにリーダーシップを張りたがるような感じである。


 レインに配られた参考データは恐らく、感情豊かな人間だったんじゃないかと思う。


 より心配性で、より疑い深く、より臆病な人間だと。



 ーーだからなのか分からないけど、俺は

【サイバー・ベースボール】の校内代表として選ばれてはいるけど、まだ一度も、試合はもちろん、練習ですら打球が前に飛んだことがないんだよね。



 レインの学校始め、世界中の学校、いわゆる教育機関は人類の歴史よりも先に【サイバー・ベースボール】のルールから教える。


 とは言っても「野球」とあまり変わらない。


 違うところといえば、スタジアムとユニフォームに指定がないから自由度が高い。その分スタジアム内にビルがあっても御構い無しなところくらいか。

 レインはその場に足を止めると、頭上の看板に拳大の円形跡が付いていることを確認した。



「なんか足を引っ張っちゃうし、正直言ってあまり学校には行きたくないんだよね。なんでなのかは分かんないけど」



 そう先ほどから独り言を呟くレイン。するといつもはただの路地裏なのにやけに人通りが多い。


 この先に簡易的なスタジアムがあるからか、だから理由は至って簡単に予想できた。




「試合か?」







 ▽

 △







 今日はこのスタジアムで試合が行われていた。策を越えれば椅子があるが個人的にあまり長居をする訳ではないのでバックネット裏に立った。


 ちなみに、ユニフォームにこそ指定はないが、プレーをするにあたって、プレイヤーのそれぞれは右腕に「赤」か「青」のリングランプが点灯する。


 現在6-3。「赤」の攻撃。

 レインはスコアボードを確認すると、現在が1回裏だということにも気づく。



 ーー1回裏?もうそんなに乱打戦が。



 その時、近くの観客からわっと歓声が上がった。その人の右腕が赤かったため、レインは「赤」側に動きがあったと悟った。

 そして引き戻すようにグラウンドを見つめると2アウトの表示が。



 ーーあれ?アウト?



 外野を見ると捕球を終えてショートへ返球する青色が見えた。だからこそレインは首を傾げた。



「あの、なんで今喜んだんですか?」



 彼は至って素直だ。すると幸いにも懐の深い客なのだろうか、先ほどの「赤」のファンと思われる男はガハハと笑い飛ばした。



「見てみろよ!次のバッターをよ!」



 先ほどは浅めの外野フライだったため、ランナーは進塁できなかったが、塁上に3人。つまりは2アウト満塁ということになる。


 今スコアボードでは6-3。一発が出れば逆転という場面で、レインは恐る恐るネクストバッターサークルから歩み出す巨漢を見つめた。



 ーーなっ。



 そこにはまるで川の上流の岩のような大きい巨躯をした赤色の巨漢が立っていた。


 たぶん近くに行けば自分より頭1つ大きいくらいでつまりは190は有りそうな高さである。しかも横幅もとんでもないもので、レインが両手一杯に手を広げてもギリギリ彼に足りるかどうかの広さでもあった。



「兄ィちゃん。"ジェミニ・オルティス"を見るのは初めてかい?ならいい経験になるはずさ。何故ならアイツは将来のレッド・スナイプスのクリーンナップ候補だからな。しっかりと焦がすように目に焼き付けな」



 ”ジェミニ・オルティス”。レインは即座に自らのデータに上書き保存した。



 ーーすごい。いや……まず、よく歩けるなあの人。



 さて、ジェミニが打席に立った。左打席。黒々とした肌がまるで豹のように投手を睨みつけた。

 広めのオープンスタンスに構えると、小枝のようなバッドを捻るように握る。そして少し腰を屈めると、その時点で要塞が打席にある、と錯覚するほどだった。



 ーーマウンドとバッターって、こんな近かったっけか。。。



 投手がワインドアップに構えた。そして一度右腕のリングライトが後ろに隠れると、次の瞬間強烈な速さで腕が振り下ろされた。



「相手のピッチャーはここまで3失点。そして満塁のピンチを迎えて居るから、このバッターに当たってしまったのは本当に辛いことだろうな。だってよーー」






『ーージェミニの強さは”初球打ち”にあるんだからな』





 ーーーーーッ。


 途端、竜巻が生まれた。


 いや、螺旋を描いていたのはジェミニのバットだ。


 豪快なスイングにより、木製で有りながら見たこともないようなしなりが生まれたのがレインの目でもはっきりと分かった。


 そして瞬きを1つ許す頃にはジェミニは芯ごと折れたバットを投げ捨て、一塁へ歩く姿が見えた。



「一体何がーーー」




 ドンッッッーーーー。

 凄まじい轟音が遠くの外野から聞こえた。


 先ほどジェミニの竜巻のようなスイングに巻き込まれた白球はなんと、その軌道のそばにあったポールの遥か上を通過していた。


 レインはその考えられないような滞空時間の長い長打に口を開けたまま目で追っていた。



「やったぜ!!満塁ホームランだ!!」



 ーーわぁぁぁぁぁぁッ!!!

 歓声が再び木霊した。それと同時に青リングのファンたちは呆然と膝を折っていた。

 6-3というビハインドを諸共せず、ジェミニの勝負強い初球逆転満塁ホームランにより6-7と逆転劇を喫したのである。


 レインはとてもストリートとは思えないプレーを見たことで、あまりの驚きに何故かそのまま真っ直ぐ帰ったのだった。






 ▽

 △






「えっと、【サイバー・ベースボール】の公式戦では野球で使用された実木製バットと、実硬式球を使うのが義務ですが、さすがにストリートでは民間の民たちが危ないということであるモノが発明されました。それは何でしょう、今日は18日だから、男子の18番」



「はい。光学迷彩の応用による、擬似仮想空間式シミュレーションです。これはアンドロイドたちによる相互受信によって成立し、架空空間でのバット、ボールを使役して【サイバー・ベースボール】を再現するというテクノロジーです」



「うん。そうですね。この発明により野球の感覚はそのままに、臨場感もそのままに、民も安全という良きプラス面が生まれたのです」




 今日も憂鬱な学校の始まりだ。レインは昨日見た、あの男の打撃にまだ鳥肌のようなモノが立っていた。



 ーージェミニ・オルティス、か。



 レインはそう噛みしめるように名を呟くと、もう一度脳内(データ)に上書き保存した。


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